正社員の有効求人倍率が1.0を超えた。依然軟調な消費者物価指数の動きとは対照的に、右肩上がり状態が続いている。景気全体や被雇用者の立場においては、悪い話ではない。しかし、この数字の意味にはもう1つの側面がある。全労働人口の40%を占める非正規雇用とそのビジネスへの影響である。ここでは、1950年代にアメリカで生まれ、半世紀をかけて一大市場に上り詰めた人材派遣ビジネスの今後について考えてみたい。 ■派遣市場の現状 一般的なイメージとして、派遣業の利益率は高いと思われがちだ。手数料の高さに比べ、他のサービス業よりもオペレーションフローなどが少ない印象があるためだ。では、実態はどうだろうか。帝国データバンクの発表資料と派遣業が所属する日本派遣事業者協会の資料を確認してみよう。まず、帝国データバンクの資料によると、 「労働者派遣業」の 2017 年上半期(1 月~6月)の倒産件数は 37 件となり、前年同期比12.1%の増加。2 年連続での倒産増となった。負債総額は 37 億 8300 万円となり、前年同期比 30.3%増で、こちらも 2 年連続の増加となった。年ベースでみると、2014 年をピークに件数、負債総額とも減少傾向が続いているなかで、2017 年は増加に転じる可能性が高い。ちなみに、7 月の「労働者派遣業」の倒産は6 件、負債総額は 4 億 7500 万円となったことから、7 月時点での累計は、倒産件数 43 件、負債総額は 42 億 5800 万円となり、残り 5 カ月を残した時点で負債総額では前年を上回った。倒産件数についても、通年では 70 件程度が見込まれる。 とあり、イメージとは異なり、その経営環境は厳しいようだ。一方、日本派遣事業者協会の発表資料では、 派遣社員の実稼働者総数は引き続き増加トレンドにあり、第2四半期の実稼働者総数が第1四半期を上回る結果となった。前年同期比は16四半期連続で100%を超え、第2四半期では4月~6月の各月とも110% 程度を推移し、四半期平均でも111.0%と高い数字になっている。 とある。市場が拡大傾向にある一方で、事業者数が減少傾向。ここから導き出せるのはただ1点、成熟期に突入した業界によく見られるように派遣業界は「大手への集約」へと突き進んでいると言えるだろう。 ■派遣業の収益モデル 市場を構成する事業体の収益モデルはどうだろうか。派遣業における収益は、人材を募集し、登録した人材を派遣先に紹介し、期間中の派遣料金収入または、紹介手数料を得る。これは大手であっても零細であっても同じで、派遣料金と紹介手数料の2つの収益ポイントしか持たない。 一方の原価・コストは、登録している派遣社員の人件費、社会保険料、福利厚生費のほか募集にかかる広告宣伝費、教育研修費や通信交通費などがかかる。そのほとんどが「固定費」であり、「回転率」が事業体の運命を左右する。 売上から原価・コストを除いたその収益性はそれほど高くない。平均的な売上総利益率は20%程度で、大手の一角であるパソナグループの直近の数字を見ると、売上はこの5年間で増収傾向にあるにも関わらず、営業利益率はわずか1.6%に留まっている。 こうした収益モデルを背景にすると、さきほど述べた「大手への集約」の原因がより明確になってくる。それは、近年慢性化しつつある「人材不足」による人材の獲得コスト増によって、体力差のない事業者が淘汰されていると見て誤りはないだろう。 ■派遣業との近い性質のビジネス 成熟期特有の「大手への集約」が進む中、今後、このビジネスはどのように進んでいくのだろうか。一般的に、同質性の高い他業種の動向がヒントになる。対比するための特性は次のような3つが考えられる。 1つは、商品の「加工の不可」だ。派遣業が取り扱うのは人である。当然、何も付け加えることはできない。人=商品という表現には抵抗を感じるが、対価を得る対象は何かと定義すれば、このように表現せざるを得ない。 2つめは、「リピート性」だ。適宜改訂される関連法規下で作り上げるベストな収益運動は、対象期間の変更などがありながらも、断続性を以って、派遣社員を様々な派遣先へと派遣していくことだろう。 3つめは、「非ローカルビジネス」であることだ。先ほど述べたパソナなど大手を中心に海外への展開が進んでいる。人を紹介するビジネスは古今東西で存在し、当然日本独自のものではない。結果、いとも簡単に国の境界線をまたいで、競争することになる。 こうした3点と近いビジネスとして浮かび上がるのが、「中古書籍のリサイクルビジネス」だ。いわゆる中古本である。派遣業と中古書籍、一見すると何の関連性も同質性もないように思えるが、書籍は加工に制限があり、中古ビジネスではそのリピート性が成否を分ける。そして、本は日本独自のものではない。 ■派遣業の今後はどうなるのか 中古書籍ビジネスと比較して、派遣業の今後として少なくとも2つの流れが考えられそうだ。1つはすでに顕在化しているCtoCつまり、個人間取引である。 スマホアプリの「メルカリ」は、スマホ1つで簡単に出品でき、低コスト型のビジネスモデルよる利用者への高い還元によって、事業を拡大し、存在感を大きく伸ばした。結果、中古書籍の雄であるブックオフは2015年以降、売上が約740億円から約810億円と拡大傾向にある一方、営業利益を11億から1.1億と大きく落としている。 こうした中間機能を通さないモデルは人材系にも登場している。間もなく上場するウォンテッドリーのようなSNSを利用したビジネスモデルだ。中古書籍と同様に、強い需要に押され、取引のあり方を引き戻すことは難しいだろう。 そして、もう1つの流れが、大手による海外展開と体力のない企業体の淘汰が進む結果、特定企業もしくは企業群による寡占化、つまり出版業界で起きたような「アマゾン化」が進むのではないか、ということである。 現時点で、決定づけるようなモデルや企業体の登場にまでは至っていないが、今後もビジネスモデルの変遷という観点から注意深く見ていきたい。 【参考記事】 ■新しいビジネスモデルを発想する「6つの視点」(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト) http://financial-note.com/six-view-point-new-business-model/ ■不動産業に見る「ジャパネットたかた式」ビジネスモデル(酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト) http://financial-note.com/japanet-style-in-real-estate-business/ ■【出版不況】書店業界を救う手立てはないのだろうか (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト) http://sharescafe.net/47952603-20160229.html ■【就活で銀行を選ぶな!】 銀行のビジネスモデルが終焉を迎える日 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト) http://sharescafe.net/47617542-20160125.html ■ワタミが劇的な復活を遂げる可能性が低い理由 (酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト) http://sharescafe.net/47314916-20151224.html 酒井威津善 ビジネスモデルアナリスト フィナンシャル・ノート代表 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |