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暴力事件を起こした読売巨人軍の山口俊選手に対する減俸1億円以上の処分が重すぎるとして、日本プロ野球選手会は10月11日、東京都労働委員会へ、不当労働行為の救済申し立てを行った。

■プロ野球選手が労働組合を結成できる理由
「労働委員会」とは、労働組合と使用者間で発生した紛争に対し、その解決を支援するための機関なのであるが、このニュースに違和感を持った方も少なくないかもしれない。

すなわち、プロ野球選手は「個人事業主」であるはずなのだから、労働組合とか労働委員会といったものが登場すること自体がおかしいのではないかということである。

確かに、プロ野球選手が「延長12回まであったから今日は残業手当が付くぞ」と言っているのを聞いたことはないし、怪我をしたプロ野球選手に労災保険が適用されたという前例もない。

では、労働者ではないプロ野球選手が、なぜ労働組合を持ち、球団と団体交渉を行ったり、労働委員会への救済申し立てを行ったりすることができるのだろうか。

その答えは、「労働基準法」と「労働組合法」それぞれにおける、労働者の定義の違いである。

労働基準法第9条においては、労働者を「職業の種類を問わず,事業又は事務所に使用される者で,賃金を支払われる者」と定義している。この定義によると、事業主に雇用されて賃金が支払われていることが、労働者であることの絶対条件となっている。

したがって、プロ野球選手は労働基準法上の労働者には該当しない。だから、試合が延長戦になっても残業代を支払わなくて合法なのだ。

これに対し、労働組合法第3条においては、労働者を「職業の種類を問わず,賃金,給料その他これに準ずる収入によつて生活する者」と定義している。この定義に基づき、「職業の種類を問わず」とされている点と、「賃金ではないが、年俸という賃金に準ずる収入を球団から受け取って生活している」という点を踏まえ、プロ野球選手は労働組合法上の「労働者」であると法的には解されている。

すなわち、労働基準法上の「労働者」より、労働組合法上の「労働者」は、幅が広い概念なのである。

したがって、労働基準法上の「労働者」ではないプロ野球選手も、労働組合法上の「労働者」として、合法的に労働組合を結成し、団体交渉などを行うことが可能なのだ。

■乃木坂46も労働組合を結成できる可能性大
ところで、私は乃木坂46の大ファンであり、ライブや握手会、あるいはメンバーが出演するバラエティ番組を楽しみにしているが、その一方で、彼女たちの体調なども気になっている。

たとえば、私がとくに応援しているメンバーである生駒里奈さんは、9月以降、握手会の欠席や途中リタイアが続いている。

いちファンとしては生駒さんと握手できないのは非常に残念ではあるのだが、たとえば個別握手会は、朝10時から夜20時までの長丁場で、間に休憩を挟むものの、メンバーにとっては体力的に非常に厳しいイベントなので、無理はしないで頂きたいと思っている。

メンバーが握手会を欠席すると非難の声が上がることもあるが、生駒さんに限らず、メンバーはライブ、テレビやラジオの仕事、舞台の仕事、モデルとしての仕事をこなしたり、すき間時間にはブログを更新したりと、非常に忙しい。

また、バラエティ番組においてメンバーはたびたび、「滝に打たれる」「険しい山奥の神社に徒歩で参拝する」「バンジージャンプやスカイダイビングを行う」など、激しいロケにも参加をしている。

メンバーは乃木坂合同会社との業務委託契約で、労働基準法上の労働者ではないのだが、仮にアイドルとしての活動時間を労働時間換算すると、到底1日8時間、週40時間の法定労働時間内にはおさまらないであろうし、心身への負担も決して小さくないであろう。

事務所とメンバーの力関係がどれくらいのものなのかとかは分からないが、事務所とメンバーが対等な立場で仕事量や仕事内容を調整できるよう、乃木坂46にも労働組合があって良いのではないかと私は考えた。

労働組合法3条における「労働者」の定義を振り返ると、「職業の種類を問わず」なので、アイドルも当然、労働組合法上の労働者になることができるし、乃木坂46のメンバーは、事務所とは給料制の契約になっているようなので、業務委託契約であるが、「賃金に準ずる収入」と考えることができる。

したがって、法的な点においては、乃木坂46のメンバーが労働組合の結成をできないという理由は無い。

実際に、芸能界においては「日本俳優連合」という組織が存在する。この「日本俳優連合」は、中小企業等協同組合法という法律に基づいて設立されているもので、労働組合とは若干異なるのであるが、テレビ局や制作者と対等に契約を結びにくい俳優が、適正な契約条件を確保することを目的とした活動を行っている。現在は西田敏行さんが理事長を務めていらっしゃるということだ。

芸能界においてもこのような実績が既にあるわけであるし、乃木坂46に限らず、売れているアイドルは働き過ぎになってしまったり、逆に売れていないアイドルは非常に少ない給料で過酷な状況に置かれていたりするので、「アイドル労働組合」や「日本アイドル連合」のような組織が結成されれば、アイドルの労働条件の維持向上に資するのではないだろうか。

■クラウドワーカーの労働条件向上のための労働組合
ここまでは、プロ野球選手やアイドルなど特殊な立場にある人を例にしてきたが、この考え方は、もう少し一般化することが可能である。

現在、ITの発達により「クラウドソーシング」という形で働く人が増加しており、「クラウドワーカー」と呼ばれている。

クラウドワーカーは、個人事業主という立場になるので、最低賃金や労働時間制限といった、労働基準法の保護を受けることができない。

クラウドワーカーとして働く人の中には、継続的に記事を執筆するとか、ホームページの運用を請け負うとか、税理士事務所の下請けとして継続的に記帳業務を行うといったように、実質的には特定の企業に従属しているような働き方をしている人も珍しくない。

一挙一動について具体的な指示を受けているわけでは無いので、労働基準法上の「労働者」ではないが、特定の企業から賃金に準ずる支払いを受けて生活しているという点では、労働組合法上の労働者には該当する可能性が高いと考えられる。

働き方の多様化にともなう負の側面として、労働基準法上の労働者には該当せず、労働基準法の保護からこぼれ落ちるような働き方が増えていくことが予想される。

クラウドワーカーをはじめ、このような働き方は労働組合法上の労働者に該当する可能性は多分に考えられるので、労働組合を結成して業務の発注元に対して適正な価格での発注を促したり、過酷な納期での発注をやめさせたりするなど、団体交渉を通じて就業環境の改善を目指したい。また、発注者の行為に納得ができない場合は、労働委員会に救済を求めることもできるであろう。

■まとめ
繰り返しになるが、労働組合法上における「労働者」の概念は、労働基準法における「労働者」の概念よりも広く、プロ野球選手、アイドル、クラウドワーカーなども「労働者」になることができる。このことを認識の上、労働組合を通じて、各々の労働条件の確保につなげていくことができれば幸いである。

《参考記事》
■社員への副業許可の参考にしたい、乃木坂46が生駒里奈さんの「ツアー欠席」「舞台優先」を認めた理由 榊 裕葵
http://sharescafe.net/51919390-20170821.html
■独立するなら学びたい、AKB48のキャリアウーマン岩佐美咲の仕事術 榊 裕葵
http://sharescafe.net/47686063-20160201.html
■AKB48選抜総選挙のスピーチからビジネスマンが学ぶべき言葉 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45082578-20150608.html
■有給休暇を取得して、乃木坂46の東京ドームライブに参加したい人へアドバイスしてみた 榊 裕葵
http://sharescafe.net/52046271-20170911.html
■電通の「整備された労働環境」は、なぜ新入社員の自殺を生み出したのか? 榊 裕葵
http://polite-sr.com/blog/dentsu_mondai

榊裕葵 社会保険労務士・CFP

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