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 2017年9月、ANAが新たに導入したエアバスA321neoが日本に到着した。この機材は国内仕様としてANAでは初めて全席に個人モニターを搭載し、約60タイトルのビジオコンテンツやニュースやスポーツ番組を提供している。
新機材到着のニュースは、国内大手航空会社では初めての個人モニター搭載となり、国内航空市場に新たな風を吹き込んだかに見えた。しかし、国内ではスターフライヤーが個人モニターを導入して久しく、ANAはなぜこのタイミングで個人モニターを市場に投入したのか、その理由を探ってみたい。

■国内の市場環境
 まず、最近の大手航空会社の国内業績を見てみると、ANAは2013-2016年度の売上高年平均成長率は、0.47%であり、JALは2.29%と健闘している。一方、国内線の平均単価の年平均成長率に目を向けてみると、ANAは▲0.23%、JALは▲1.94%と両社ともに単価の下落に苦しんでいる。特にJALに至っては、2014年から2016年に国内線77機材に新座席やWifi等を導入し、機内サービスを刷新しているが、その投資結果がこの状態であった。(*各指標は各社決算数値を参考)
国土交通省の「LCCの事業展開の促進(平成29年3月)」によると、LCCが国内市場に参入した2012年あたりから、国内大手航空会社の国内線単価の低下が認められると指摘している。

日本国内の人口が減少に転じ、生産年齢人口が低下していく環境下にありながらも、LCCの成長もあり国内線旅客数は伸び続けており、国内の航空需要は堅調に見える。しかしながら、大手からみる国内の事業環境はLCCの攻勢により手詰まり感があり、単価の下落による売上高や利益低下の懸念も今後予想され得る状況である。

■競合他社の動向と同質化戦略の可能性
 個人モニター導入の先駆けであるスターフライヤーは、JCSI調査にて2016年まで8年連続顧客満足度1位を獲得するなど、非常に高い評価を得ている。そのような状況下で、大手が取りうる戦略がいわゆる同質化戦略である。同質化戦略とは、業界最大手(リーダー)が業界2番手以下の競合(チャレンジャー)に対し、競合が図る差別化施策を模倣することで、その優位性を打ち消す戦略である。業界のチャレンジャーは大手の牙城を切り崩そうと、大手との違いを作ることに試行錯誤を繰り広げるが、大手がその優位な資金をはじめとする圧倒的リソースを生かし、チャレンジャーの差別化や優位性を無効化することが彼らの常套手段である。そう考えると、スターフライヤーの個人モニターに始まる顧客満足度の追及は一定度市場で評価されており、それを模倣することはANAが取る行動として合理的であると考える。ただ、疑念が残るのはなぜこのタイミングかということである。

 そもそも、個人モニターの技術やアイディアは国際線では古くから常識的なサービスとして存在しており、物理的・技術的な観点で導入ができない理由は見つからない。そして、国内線におけるその有効性はスターフライヤーがすでに8年にもわたって顧客満足度1位という結果で証明している。加えて、いくら航空機座席の開発期間が長いとはいえ、通常は2年程度で十分市場に投入することは可能である。そのため、単なる競合に対する同質化戦略ではこれほど遅れたタイミングでの個人モニター導入を説明することはできない。

■個人モニター導入の本当の理由
 このような市場・競争環境から、ANAを突き動かした大きな理由とは、やはり国内線事業に対する危機感ではないだろうか。国内市場の将来性を鑑みた、フルサービスキャリア市場に対する危機感と、LCCの影響による単価の下落。これらに対する打ち手の一つとして、ANAの国内事業部門より、機内サービス向上の一手として個人モニター導入の声が上がることは想像に難くない。

一方で、国内線に個人モニターが必要なのかということについては、議論すべき点である。国内線の飛行時間は1時間~1.5時間程度であり、映画を見るには時間的な不足は否めない。また、飛行機の利用層であれば、携帯・タブレット・PCのいずれかは所持しているはずであり、機内にWifiサービスさえあれば、座席の個人モニターで提供できる映像とは比較にならないほどの選択肢の中から、好みの映像や情報を得ることができる。そう考えると、個人モニターの有効性や効果にどこまで確信を持っているのかはなはだ疑問である。まさか、個人モニターがあることで、機内販売が進むという効果を期待して高額なIFEシステムと座席開発を進めたわけではないであろう。

 今回のANAの個人モニター導入に関わる判断が、市場環境の危機感からくるものだとすれば、その危機感(またはそれに準ずる材料)がない限り大手が新しい手を打つことは難しいということを証明している。それは、顧客サービスの観点で、導入可能であったにもかかわらず、ここまで導入判断を先延ばししたことが物語っている。

■JALの動向
 他方、ANAと国内の双璧をなすJALの動向はどうであろうか。現時点で、JALは国内線への個人モニター導入には言及していないが、このような状況であれば、JALが国内線に個人モニターを導入することは非常にハードルが低くなったと言える。競合であるANAが導入したからという理由だけで、社内の合意を得ることは非常に容易となるはずである。

 JALが新座席を投入するタイミングとして考えられるのは、2019年に導入予定のエアバスA350であろう。A350がエアバスによって国際線を前提に開発されていたことを踏まえると、技術的なハードルは低い。ライバル(ANA)が導入し、新機材の導入チャンスがあり、このようなタイミングで新サービス(本質的な意味で「新」ではないが)を導入しない選択肢がJALにあるとは思えない。国内のフルサービスキャリアによるサービススタンダードは、その効果に疑念を抱く個人モニター搭載時代へと突入していくのではないだろうか。


【参考記事】
■新規事業の推進に経営者のイノベーションリテラシーが必要な理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/51979260-20170831.html
■ANA・LCCのピーチ子会社化でますます進む独占(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50741428-20170228.html
■アメリカン航空に学ぶ「捨てる」勇気(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50552975-20170131.html
■地域航空が国鉄に学ぶべき理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49893178-20161031.html
■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49185987-20160729.html

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