2017年12月、日本航空(以下、「JAL」)は、超音速旅客機を開発するアメリカのブームテクノロジー社とのパートナーシップ関係の締結を発表した。投資金額は10百万ドル(約11億円)で、巡航速度マッハ2.2(時速2,335km)、航続距離8,334kmの超音速機20機の優先発注権を得た。導入予定は2020年代半ば以降の予定であるが、このJALの投資が、航空業界に大きなインパクトをもたらすことになる。 ■これまでの航空業界の関心事項 現在の航空業界では、中・大型機にボーイングとエアバス、主な小型機ではブラジルのエンブラエル、カナダのボンバルディアなどの巡航速度1,000km(マッハ0.81)程度までの機種を中心に商業フライトを運航している。すでにジェット機の技術が確立されてから数十年の間、機材の細かな進歩や燃費や騒音の改善はあるが、到着時間の大きな改善はなく、数十年前とほぼ同様のタイムスケジュールで運行を行っている。(ボーイングのジェット機第一世代の707は、巡航速度1,000kmで1958年に就航している) その中で、航空会社がこれまで重視してきたのは、運行時間(移動時間)をいかに快適に過ごせるかという観点であり、機内座席、IFE、飲食、ソフト面のサービス強化が中心となっている。また、地上ではラウンジなどの付随サービスの充実度合いや、運賃価格、手荷物サービス等が長年の関心事項であった。加えて、ファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスという機内ヒエラルキーを創出し、会員制度によるステータスを付与すること等、目に見えない価値にも多くの資源を投資してきた。 しかし、本来顧客が航空会社に最優先で求める価値とは、「移動」であり、その移動の中でも、「快適な移動」よりはむしろ、「効率的な移動」が求められているはずである。電車を例にとると、ラグジュアリーで食事がつき、席も広い豪華列車(鈍行)で3時間かけて目的地に着く選択肢と、新幹線の普通席で食事もないが1時間で到着する電車と、「移動」を主目的とした顧客はどちらを優先的に選択するであろうか。これまでの航空業界の投資は、顧客が求める本質的な価値の向上ではなく、付随的な価値への投資が競争と差別化の中心であったのである。 ■超音速旅客機がもたらす変化 ブームテクノロジー社によると、開発中のマッハ2.2の超音速旅客機は、ニューヨークからロンドンまでを現行の7時間から、およそ半分の3時間15分で結ぶことができるという。この変化により、これまでは長時間を機内で過ごすしかなかった人々に新たな時間の投資選択肢を与えることになる。この時間感覚の大きな変化により、人々は3時間程のフライト前後に合計で1-2時間も要するセキュリティーチェックや出入国審査、手荷物の受け渡しなどにも大きな不満を抱くようになるであろう。 また、長時間フライトの減少により、機内で食事を求める顧客の減少やラウンジ滞在時間の減少(=ラウンジそのものの価値低下)、IFE等の機内エンターテイメントへの期待も低下すること等が予想される。その他、これまで航空業界が作り上げてきたヒエラルキー制度による一例として、到着時の優先的な手荷物渡しについても、ファーストクラス旅客の荷物が到着するまで、他の荷物を流さず留めておくというような時間的非効率な制度運用等にもメスが入る可能性もある。 超音速旅客機が実現し、顧客の「効率的な移動」に対する意識が高まれば高まるほど、これまでの常識(長時間フライト)をベースに創り上げられてきた付随的サービスの価値が低下していくことになる。これは、従来の航空業界における差別化ポイントを変化させ、航空会社が重視すべき提供価値にも大きな変化を巻き起こすことにつながっていく。 ■JALがもたらす提供価値とは 今回のJALの投資は、限られた自社資源を移動の快適性に投資するのか、効率性に投資するのかという選択の中で、航空会社の本質的価値である「移動の効率性」の向上に投資するという意思の表れであった。しかし、JALにとっての約11億円の投資金額による、ブームテクノロジー社への約1%の出資比率は、それほど大きなリスクを取った上で、大きなリターンを求めたというわけではない。 全ての顧客要望に応え、選択肢を絞らない総花的な戦略は、選択と集中を行う戦略に敗れる例が多々ある中で、これから投資の重きをどこに置いた戦略を描くのか、今回の投資決定がJALと航空業界にとって、本質的に大きな変化の序章となることを期待する。 【参考記事】 ■新規事業の推進に経営者のイノベーションリテラシーが必要な理由(森山祐樹 中小企業診断士) http://sharescafe.net/51979260-20170831.html ■ANA・LCCのピーチ子会社化でますます進む独占(森山祐樹 中小企業診断士) http://sharescafe.net/50741428-20170228.html ■アメリカン航空に学ぶ「捨てる」勇気(森山祐樹 中小企業診断士) http://sharescafe.net/50552975-20170131.html ■地域航空が国鉄に学ぶべき理由(森山祐樹 中小企業診断士) http://sharescafe.net/49893178-20161031.html ■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは(森山祐樹 中小企業診断士) http://sharescafe.net/49185987-20160729.html シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |