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泰明小学校でアルマーニの標準服を採用したことが大きな社会問題となっている。標準服を全部そろえると9万円ほどになるそうだ。

このニュースを知ったとき、私は以前、営業の仕事をしている方から、次のような話を聞いたことを思い出した。

その方は、上司から以下のような指導を受けたということだ。

「君が身に付けているスーツは安物過ぎる。ちゃんとしたブランド物のスーツを着て、お客様に敬意を表しなさい。それから、スマホで時間を見るのもやめて、腕時計をしなさい。」


その方としては、自分は決して高いものを身に付けているわけではないが、清潔感のある服装をしているつもりなので、高いスーツを身に付けなければならないという上司の指導に納得がいかないという表情であった。また、スマートフォンがあるのに、わざわざお金をかけて腕時計を買わなければならないというのも納得がいかないようであった。

今回は、会社が社員の服装に対して、どこまで強制をすることができ、また、どこまでの費用負担を求められるのかということを検証していきたい。

■会社が社員にスーツの着用を命じること自体は合法
まず、会社が社員に対してスーツの着用を義務付けること自体は合法である。

会社は社員の安全の確保や事業の円滑な運営のため、社員の服装に対して一定の制限をしたり、合理的な範囲でルールを定めたりすることが可能と考えられているからである。

たとえば、工場内で働く社員にヘルメットや作業服を着用させることや、ホテルで接客をする社員に茶髪や金髪を禁じるのは会社の合理的な人事権の範囲であることは明白であろう。

それと同様、営業職の社員にスーツの着用を命じることも、一般的には合理的な人事権の範囲であると考えられている。

■スーツ代を社員本人に負担させることも合法
ただし、ここで考えておかなければならないのは、「スーツ代は本人負担か会社負担か」という論点である。

先ほど出てきた工場内で働く社員のヘルメットや作業服は通常は会社が経費で購入して本人に貸与するが、営業職の社員がスーツを買った領収書を持って来たら経費精算するという会社はほとんど聞いたことがない。

その違いは何であろうか。

この点、ポイントは「汎用性があるか」ということである。

工場で使うヘルメットや作業服は、業務上必要となるものであり、かつ、業務内でしか使うことができない物であるので、原則的には会社が負担すべきものである。法的には就業規則や労働契約で定めれば社員に負担させることも不可能では無いが、かつて存在した派遣のグッドウィル社が派遣スタッフに作業着やヘルメットなどを半強制的に購入させていたことが社会的批判を浴びたように、明らかに業務でしか使わないような物を社員の個人負担で購入させることは、実務上は行うべきではないと私は考える。

これに対し、スーツは、仕事で着用するに限らず、冠婚葬祭やデートなど日常生活でも使い回しができるので、スーツ着用が義務化されている会社でも、法的には原則として会社がスーツ代を負担する必要は無いと考えられているし、社会通念上も本人負担で問題はないとされている。

■アルマーニのスーツを着用義務化なら会社負担
それでは、会社が特定のブランドのスーツや、一定の価格以上のスーツを社員に着用することを命じた場合であっても、社員はそれに従う必要があるのだろうか。また、その場合は、どんなに高価なスーツであっても社員は自己負担をしなければならないのだろうか。

まず、特定のブランドのスーツの着用が義務付けられた場合について考えてみよう。

たとえば、自社がアパレル業界や小売業界の会社であり、アルマーニ社が主要な取引先であるような場合に、社員にアルマーニのスーツの着用を義務付けるというようなケースが考えられる。

この場合、ビジネス上の必要性を勘案して、社員の服装の好みに関わらず、業務上でアルマーニのスーツを着用してもらうのを義務化すること自体は合理性があると考えられる。

しかしながら、社員に自腹でアルマーニのスーツを購入させることには問題がある。

というのも、前述したよう、仕事で必要なスーツを、社員に自腹で購入させることが法的にも社会的にも許容されている背景は、社員がそのスーツをプライベートでも使い回すことができるからという理由であった。極端な色柄やデザインのスーツでなければ、自分の好みを踏まえて、好きなブランドや価格帯の中からスーツを選ぶことができるからこその自腹である。

これに反し、社員が自分の好みを考慮する余地も無く、会社からアルマーニのスーツの着用を一方的に義務付けられるのならば、もはやアルマーニのスーツは会社指定の制服に準ずるものと考えられる。

会社の制服に準ずるものであるならば、会社が費用負担するのが筋であるという結論になる。

確かに、就業規則や労働契約で定めれば、業務で用いる備品等を社員の自己負担にさせることが許されるということを前述したが、「アルマーニのスーツ」のように、あまりにも金額の大きなもの(1着20万円~50万円程度)を自己負担させるとなると、民法の一般原則である「公序良俗」に反するものとして、仮に裁判等になった場合は、法的には無効とされるであろう。

■アルマーニに限らず高額スーツの着用を命じる場合は会社負担
次に、冒頭で私が相談を受けた話にもつながるが、「アルマーニ」というように具体的にブランドを指定しなければ、会社が社員に対して一定の価格帯以上のスーツの着用を命じることが許されるのかといことである。

この場合に関しても、現時点では明確な判例や通達などは存在しないが、やはり、社員には様々な家庭の事情があるし、社員それぞれが衣服にどれくらいお金をかけたいかという価値観が尊重されるべきなので、スーツの値段まで会社が決めるというのは、社員の自己決定権に対する過度の侵害ということになる。

「会社は業務上の必要性があればスーツの着用を命じることまではできるが、奇抜な柄やデザインは別として、どのようなスーツを着るかは社員の裁量の範囲である」というのが社会通念上の着地点であろう。

会社のブランドイメージなどの戦略的な理由で、どうしても社員全員に10万円以上のスーツを着用させたいのであれば、会社がスーツ代を負担する必要がある。

■場合によってはパワハラや損害賠償の問題も
冒頭の私が聞いた話においては、確かに上司からのアドバイスとして、「お客様の信頼を得るためにもう少し高いスーツを身に付けてみてはどうか」と部下に助言をすることは不合理ではないし、上司としても、自分の経験から部下の成績を伸ばすために親身のアドバイスをしたつもりだったのかもしれない。

その提案に基づいて、部下が自由意志で高いスーツを着用することにしたならば、何の問題も無い。

しかし、部下への言い方によっては、問題になる可能性がある。上司が「明日は必ず10万円以上のスーツを着て出社してこい」などと命じた場合は、パワハラに該当するし、部下がやむを得ずスーツを購入した場合は、上司および会社には損害賠償の責任が発生すると考えられる。

同様に腕時計の話にしても、確かにビジネスの場において、スマートフォンで時間を見るのを好ましいと思わない顧客は存在するので、「腕時計を着用しなさい」ということ自体は合理的な業務命令であると考えられる。また、あまりにもカジュアルな腕時計を禁止することも合理的な業務命令であろう。

しかし、たとえば「当社で働くからにはロレックスかオメガのような時計をしてきないさい」というように、腕時計のブランドや価格帯まで上司や会社が命じるようなことがあれば、いきすぎた業務命令ということになると考えられる。

■まとめ
会社が社員に対して服装を指示することには、社会通念上許される範囲内で可能である。

しかし、それが一方的な価値観の押し付けや、社員に過大な負担を強いるようなものである場合は、公序良俗に反して無効であり、場合によってはパワハラに該当したり、損害賠償を命じられるものであることに気を付けて頂きたい。

【参考記事】
■働く人が労災保険で損をしないために気をつけるべき”3つのウソ” (榊裕葵 社会保険労務士)
http://sharescafe.net/41626385-20141030.html
■賃金未払い「はれのひ」の従業員が受けられる3つの救済策 (榊裕葵 社会保険労務士)
http://sharescafe.net/52790155-20180115.html
■学生が国民年金の保険料を払うのは損か?得か? (榊裕葵 社会保険労務士)
http://sharescafe.net/35068125-20131122.html
■「非常に強い台風」が接近していても会社に行くのはサラリーマンの鏡か? (榊裕葵 社会保険労務士)
http://sharescafe.net/49408703-20160829.html
■働き方改革第一弾として、ホワイトカラーが今すぐ無くせる5つの残業 (榊裕葵 社会保険労務士)
http://sharescafe.net/50496544-20170123.html

榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP

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