成長はA社


経済学の初心者向けに、貿易のメリットについて教えてみました。厳密性よりもわかりやすさを優先していますので、細部が不正確な場合があります。事情ご賢察いただければ幸いです。

■日本は機械類を輸出し、農産物等を輸入すべき
アダムスミスが説いた分業のメリットは、国際分業(貿易)にも当てはまります。貿易に関しては、比較優位に立つ商品を互いに輸出することで両国にメリットがある、というリカードの「比較生産費説」が有名です。

日本は技術集約型の製品づくりが得意ですが、土地が狭いので、農産物を作るのは苦手です。豪州(オーストラリア)は反対に、土地が広いので農産物を作るのは得意ですが、機械類を作るのが不得意なのです。そこで、日本は大量の機械類を作って豪州に輸出し、豪州は大量の農作物を作って日本に輸出する「国際分業」が双方のメリットだという事になるわけです。

■取り柄がない相手とでも分業するメリットはある
では、何を作っても日本より苦手な国とは貿易しないのでしょうか。そんな事はありません。そこで出てくるのが「比較優位」という言葉です。これは、「まだマシな」という意味です。

社長が経営もタイプも得意だとして、秘書は何もせずに社長が両方やるかというと、そうではなく、秘書がまだマシなタイプを担当する事によって社長が経営に集中できる、といったイメージですね。

筆者が、料理も皿洗いも不得意な隣人と分業するとして、その場合の数値例を考えてみましょう。筆者は1時間で3皿料理を作り、1時間で3枚の皿を洗います。隣人は2時間で料理を2皿作り、1時間で2枚の皿を洗います。2人合計で5時間働いて5皿の料理を作って食べて片付けているわけです。

今、両者が分業をするとすれば、筆者が2時間で6皿の料理を作り、隣人が3時間で6枚の皿を洗うことになります。筆者も隣人も、労働時間は分業前と変わっていないのに、2人合計で食べる料理が5皿から6皿に増えています。これは、料理も皿洗いも苦手な隣人が「まだマシな」皿洗いに専念して、全く苦手な料理をせずに済んだからです。2人の分業で比較優位を活かしたのです。

問題は、増えた1枚分の料理をどう分配するか、という事ですね。様々な交渉が考えられますが、どちらかが一方的に得をするような分配案だと、交渉が決裂して分業が成り立たなくなる可能性がありますので、お互いが「自分が0.9皿、相手が0.1皿」あたりから交渉を始めるのでしょうね。

■日本は自動車を、中国は洋服を輸出
さて、日本と中国では、だいぶ技術力の差が縮まっているので自信はありませんが、本稿では、何を作っても日本の方が得意である、という事にしておきましょう。そうなると、日本が本当に得意な自動車等を輸出して、中国が「まだマシな」洋服を日本に輸出する事になります。

自動車生産には高い技術力が必要で、日本が圧倒的に有利ですが、洋服の生産はそれほど技術を必要とするわけではないので、労働力を大量に集めてくれば作れます。そこで、労働力の豊富な中国で洋服を作って日本に輸出することにしたのです。

さて、日本の方が中国より洋服づくりも得意なら、なぜ日本は中国から洋服を買うのでしょうか。それは、現在の為替レートで換算すると、中国の洋服の方が日本の洋服よりも安いからです。

料理と皿洗いは、分業のメリットの分配方法を交渉しなければならないのですが、国際分業の場合には、為替レートが変動することで、自動的に日本が自動車を輸出し、中国が洋服を輸入するように神の見えざる手が導いているのです。

以上のように、経済学的には国際分業にメリットがあります。是非、推進すべきだ、というのが基本的な考え方です。

■政治的には様々な困難あり
自由貿易が経済学者に強く支持されているにもかかわらず、各国はそれぞれに国内産業を保護しています。その主な手段は関税であり、輸入数量制限なども場合によっては行われていますが。その理由の一つは、「経済学者が考えているほど世の中は単純ではないから」です(笑)。

主流派の経済学者は、失業の問題を深刻だと考えていません。失業者は、遠からず別の仕事を見つけるだろうから、失業者のことは気にしなくて良い、と考えているのです。しかし現実には、日本が農産物の自由化を断行したとすれば、多くの農家は作物が売れずに失業します。彼らに「豪州へ行って農業をやるか、都会へ行って自動車産業で働くか、選べ」といっても無理でしょう。理論的には可能でも、政治的に無理だ、という意味です。

そうなると、農業関係者は貿易自由化に反対します。貿易自由化によって農業関係者の受ける被害は、消費者が受ける恩恵(諸外国の農産物が安く買える)よりも小さいはずです。そもそも保護が必要だという事は生産性が低く、今でもそれほど儲かっていないのでしょうから、廃業しても損失は少ないはずなのです。

それなのに、損失が少数の農業関係者だけに集中するため、彼らは真剣に反対します。理屈で割り切れない「働く生きがいを奪うな」「先祖代々の農地を大事にするのだ」といった反対感情も強いのでしょう。人間は、100円儲かった嬉しさより100円損した悔しさの方を強く感じる、という研究もあるようですし。ちなみにこれは、経済学と心理学がコラボして出来た「行動経済学」という新しいジャンルの研究です。

一方で、多数の消費者は、農産物が少しくらい安く買えるからと言って、それほど強い関心は持ちません。一人一人の消費者にとっては、少額のメリットだからです。

選挙の際には、農業関係者は農産物自由化推進派議員には絶対に投票しないでしょうが、消費者の多くは、他に関心事項があるでしょうから、各議員が農産物自由化推進派であったか否かも覚えていないでしょう。そうだとすれば、議員としては農産物の輸入自由化に反対するインセンティブを持つはずです。

日本の場合には、一票の格差という問題もあります。高度成長期以降、農村部から都市部へと人口が移動しました。したがって、戦後の人口分布を用いて定められた選挙区の区割りを変更する必要があるのですが、農村部選出の議員が強く反対するので、人口移動のわりに区割りの変更が小幅にとどまり、結果として農村部の有権者の方が少ない有権者で議員を選出できる「一票の格差」が生じているわけです。それも、日本の議員の中に自由貿易反対派が多い一因となっているのです。

■農業関係者へのバラマキは必要だが、割増退職金の発想で
私見ですが、政治的に農業関係者の力が強いのであれば、貿易自由化のために「バラマキ」政策を行う事も有力な選択肢でしょう。しかし、その場合のバラマキ方には注意が必要です。

生産性の低い農家を生き延びさせるための補助金ではなく、彼らに離農を促すような補助金を支払うべきです。「高齢の農業従事者が引退したら、年金を2倍払うから、老後の生活の心配をせずに引退してほしい」といった具合にです。それによって非効率な農家の土地を効率的な大規模農家に貸し出してもらえば、日本の農業の生産性が少しは向上するでしょうから、輸入自由化後も生き残る農家が出てくるかも知れません。

■途上国には幼稚産業保護のインセンティブあり
料理の分業に際し、料理が苦手な方が皿洗いを分担するわけですが、彼(女)も将来は分業を解消して自炊をする可能性があるわけで、料理を練習する機会を放棄するのは決断が必要でしょう。

それと同様なことは、途上国の幼稚産業の保護に関しても言えるはずです。たとえば途上国が日本から自動車を輸入して日本に農産物を輸出するとすれば、その国は未来永劫自動車を作る事が出来なくなってしまうでしょう。農産物のように技術進歩の余地が少ない産業に自国が特化して、自動車やコンピューターなどの技術進歩の余地が大きな産業を将来にわたって放棄してしまう事には抵抗を感じる途上国の政府も多いでしょう。

幼稚産業の保護は、経済学者の間では、あまり好まれない考え方のようですが、途上国の政治家としては重要な事だと思われます。日本も高度成長期には、幼稚産業を保護していましたので、途上国政府の気持ちは筆者にもよく理解できるのです。

今回は、以上です。

【参考記事】
■『一番わかりやすい経済学入門』(塚崎公義 大学教授)
https://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12340883038.html
■とってもやさしい経済学 (塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12221168188.html
■経済学の初心者に「アダム・スミス」を教えてみた
http://sharescafe.net/52949231-20180213.html
■少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代へ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49220219-20160809.html
■老後の生活は1億円必用だが、普通のサラリーマンは何とかなる (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49185650-20160728.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授

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