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過去のセクシャルハラスメント被害を告発する#MeTooのムーブメントが、昨秋から世界的に展開されています。日本でも、有名ブロガーのはあちゅうさんが、以前に勤務していた頃の上司のハラスメントを告発するなど、同様の動きが広がりつつあります。(バズフィード・ニュース2017年12月17日付)

はあちゅうさんの例では、元上司が、本も何冊か出版している広告業界で著名な岸勇希氏という人物であったこともあり、注目を浴びました。結局、岸氏は経営していた会社から辞任を余儀なくされます。

今年に入って、元NHKの登坂淳一アナウンサーの過去のセクハラが週刊誌で報道され、内定していたフジテレビの新番組のキャスターを突然、辞退することになりました。(週刊文春2018年2月21日号)

これまで、セクハラに対する対応が「甘い」と言われてきた日本社会ですが、こうした例をみると潮目が変わってきたようにも思えます。では、岸氏や登坂氏のようなセクハラの加害者は、今後、以前のように第一線で活躍できるのでしょうか?できるとしたら、どういった方法があるのでしょうか?

こうした問題提起をするのは、登坂氏らの例を見ると、ことが判明した時点で適切な対応をしていれば、ここまで事態がこじれることには至らなかったのでは?という思いがぬぐえないからです。

なお、セクハラは男性から女性のものだけではなく、女性から男性に行われるもの、また同性同士のものもあります。ここでは、大半を占める男性から女性に対するものを前提に論じます。

■度重なるセクハラに対し左遷で対処したNHK
登坂氏の例を見てみましょう。
登坂氏サイドからは、「事実と異なる」とコメントしたものの、取材に応じていないため、まずは「週刊文春」の報道を前提に考えていきます。

登坂氏は、30代半ばという若さで東京本局の定時ニュース担当に抜擢され、「麿」の愛称で人気を集めました。しかし、2010年に札幌放送局に異動後、大阪、鹿児島と地方を異動し、本局に復帰することはありませんでした。結局、今年になってNHKを退職し、芸能事務所に所属してNHK以外に活動の場を移すことになります。

文春の記事によると、NHK在任中、登坂氏にはセクハラのうわさが絶えなかったとのこと。特に大きな問題となったのは、2011年のNHK札幌放送局に、北海道の地方局の契約アナウンサー田中さん(記事中仮名)に行ったものです。飲み会の席で、身体を触ったりキスを強いたとのこと。田中さんから地方局経由でNHKに報告され、幹部を激怒させたと言います。当時のアナウンス副部長からも登坂氏は口頭で厳重注意を受けたと報じられました。

しかし、その後に異動した大阪放送局でも、酒席で女性スタッフにベタベタしているシーンが何度も目撃され、行動を改めた形跡は見られませんでした。登坂氏が高い人気を誇りながら、本局に復帰せず、地方局を転々としたのは、こうしたセクハラのためであったとNHK幹部が語ったと報じられています。NHKでの最後の赴任地の鹿児島では、担当番組なしで閑職に追いやられた状況だったそうです。

■処分によって本人の反省が促されていない
地方局の異動が懲罰的意味合いであったにもかかわらず、セクハラを繰り返すなど、当の登坂氏には事態の重さがよく認識されていなかったように思えます。

キャスター就任の話があったフジテレビには、「セクハラ問題で処分を受けた事実はない」と話していたそうです。また、セクハラが問題となった当時、登坂氏本人は局内幹部に対して「大変申し訳ないことをした」と謝罪をしたそうですが、被害を受けた田中さんに対しては謝罪していないとのこと。(彼女に謝罪したのはアナウンス部副部長だったと報じられています。)

それが本当だとすると、ハラスメントに対する反省の念は、的はずれであるように思えます。「申し訳ないことをした」のは会社に対してであって、田中さんに対してではないとでも言うのでしょうか。うがった見方をすると、自らの社内での評価だけを気にしているようにも見えます。

■ストレスが性暴力を引き起こす
セクシャルハラスメントは、なぜ起こるのでしょうか?

厚生労働省は、「企業の雇用管理」と「女性労働者に対する意識」の二つの側面から分析しています。いわく、企業が男性中心の発想から抜け出せず、女性労働者の活用や能力発揮を考えていない状態が、男性労働者の意識や認識や行動に影響を与え、セクハラの起こりやすい職場環境になっていると言います。

意識面においては、女性労働者を対等なパートナーとして見ていないことに加え、性的な関心や欲求の対象として見ていることがあげられます。(厚生労働省 ポジティブ・アクション情報サイトより)

一方、最近では、男性による性暴力は、性欲ではなく、男性側のストレスによるものという研究も発表されています。(ここで「性暴力」は、痴漢や強制わいせつ、セクハラを包含します)

性暴力である痴漢の再犯防止に取り組む榎本クリニック・精神保健福祉部長の斉藤章佳氏によると、痴漢は、加害者にとっては、スポーツや趣味と同様、ストレスから免れ心を安定させる行動なのだと言います。

「性欲を発散するだけなら方法はいくらでもあるのに、性暴力を介してそれを遂げようとするのは、『相手を自分の思い通りにしたい』という支配欲がベースになっているから。そして、彼らにとって痴漢行為はストレスへのコーピング(対処行動)なんです。」(「男が痴漢になる理由」ハフィントンポスト 2017年10月21日)


セクシャルハラスメントと痴漢行為の定義は異なります。前者は、職場という環境で行われるもので、男女雇用均等法が適用されます。後者は、環境によらず、刑法や行政ごとの迷惑防止条例が適用されます。しかし、相手を低く見て支配することで、ストレスに対処しようとする加害者側の心理は共通であるように思います。

さらに斉藤氏は、「追い込まれて自暴自棄になったときに、自分より弱い存在を支配したり、押さえつけたりすることで優越感を感じ自分自身を取り戻す。」と指摘しています。つまり、過度なストレスを感じた時に、潜在的に抱いている男尊女卑の意識が発動して、自分より弱者である女性への性暴力につながるのです。

登坂氏も、人気アナウンサーという人が羨むような状況の裏に、常時注目されていることや、仕事上のストレスがあったのではないかと推測されます。元電通の岸氏も、クリエイターとして、常に高い成果を求められるストレスにさらされており、それが周囲の女性へのハラスメントという形で噴出してしまったのではないでしょうか。

■加害者の行動変容に伴う痛みを支える必要性
加害者側が高いストレスを抱えていることが、性暴力を行う言い訳になってよいわけではありません。セクハラ行為や痴漢は、相手の人格を損なうほど大きな影響を与えるからです。したがって、被害者に対し謝罪を示さず、反省の色が見られない現状の登坂氏が新番組に登板できないのは当然です。

では、もし彼がキャスターとして再起できるとしたら、どんな条件が必要でしょうか?もちろん、二度とセクハラを起こさないことは当然のことです。加えて、自らの過去に対し、真摯に反省の念を示すことが求められます。視聴者が納得するには、相応の時間もかかるでしょう。

ではどうしたら、行動を改めることができるのでしょうか?前述の斉藤氏によると、痴漢の加害者に対しては、その行為を一方的に非難しても、痴漢をやめる望ましい行動変容には至らないと言います。性暴力の重大性を認識すると同時に、自分自身の認知の歪みや、適切なストレス対処ができないことに原因があると気づいてもらう必要があります。

しかし、自らの性差別的意識やストレスに向き合うのは、簡単なことではありません。行動を変えていく過程には痛みが伴うからです。榎本クリニックでの「再犯防止プログラム」では、加害者の認識は改まるのに一進一退を重ねるため、プログラム終了までに最低でも3年はかかるとのことでした。同時に、行動変容に伴う痛みを支えることを重視していると言います。

登坂氏の例では、度重なる地方局の異動は、NHKとしては懲罰的意味を込めていたかもしれません。そのうちに、反省して行動が改まると期待していたかもしれません。しかし、自分ひとりで行動を改めることは難しかったようです。

懲罰というのは、罪を犯した人を社会的に葬り去ることが目的ではなく、当事者としての反省を促し、再起に向けたきっかけとなるべきと考えます。

だとすると、懲戒処分だけではなく、セクハラを起こしてしまった加害者が自らに向き合い行動を変える過程で生じる痛みを支える環境づくりが、今後の課題ではないでしょうか。それは、決して加害者を甘やかすのではなく、真の意味で性暴力を解決していくことになると思うのです。

【参考記事】
■オスカルという生き方。~ベルサイユのばらが半世紀経っても新しい理由~http://sharescafe.net/50575761-20170203.html
■英国首相選ではなぜ「子供を持つ母親」が不戦敗したのか?
http://sharescafe.net/49083976-20160715.html
■「逃げ恥」に学ぶ、呪いの人間関係から脱却するヒント。
http://sharescafe.net/51163822-20170428.html
■「女性活躍推進法」は女性を追いつめる両刃の剣?
http://sharescafe.net/48120829-20160322.html
■営業部長 吉良奈津子」はなぜスタートダッシュに失敗したか?
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