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■「永遠徒労」の神話にみる思い 
新卒ならずとも中高年、定年退職の再就職者にとって、結果が見えない活動が続くのはつらいものだ。

ここで、「シジフォスの神話」を思い出す。この神話は、とてつもない絶望感と虚脱感を抱かせる話である。ギリシャ神の怒りを買ったシジフォスは、冥界に堕とされて大岩を山頂へと押し上げていく作業を命じられる。頂上近くまでやっとの思いで押し上げて行くと、頂きの一歩手前で大岩は転げ落ちていく。大岩もろとも落ちたシジフォスは再び大岩を押し転がしていかなければならない。苦労して頂上手前まで来るとまたも岩は落ちていく。この作業を毎日毎日、幾月も幾年もただ果てしなく繰り返していくのだ。

新しい世界に出ていくことに希望を抱く人がいる中、一方で社会に出るとは、こういうこと(「シジフォスの神話」)なのかと暗澹とした思いになる人もいるだろう。1つは、仮に就職できたとしても、延々と同じ繰り返しの日々が続いていく。もう1つは、いつまでも職に就けず不採用の繰り返しでなおさら、「永遠徒労」の思いを抱いてしまう。

■目の前のことにモチベーションを持つ心理
ある行動経済学者は人間の心理行動で「シジフォスの神話」を取り上げている。人は自分の行なった仕事(例えば箱の組立て)をその場で破棄されていくと、途端に労働意欲を失うという。同じ単純作業でも、管理者が付き添って完成した成果物(箱)を作業者本人の眼の前に陳列していくのと、完成したそばから本人の眼の前で成果物を壊していくのとでは、直後の完成品の数量が格段に違うという実験結果を報告している。また、破壊しないまでも本人の成果物を評価もせずに無視して、1つ出来上がるごとに本人の見えないところにさっさと仕舞ってしまうのも、目の前で破壊するのと同様にモチべーションの低下を大きく招くという結果が出ている。

せっかく作ったものを眼の前で破棄されたり無視されたりしたら、心理学実験するまでもなく誰でもやる気をなくしてしまうことはわかる。これと同じようなことが日々、社会や会社内の仕事でも起こっている。「ここが駄目だ」と言ってその場で突き返してくれれば、確かにその時はショックだが、無言の破棄や無視より本人は納得できて前に進めるものなのだ。 人は、目の前のことがらや現在置かれている立場に最も関心を持つ。時にそれがバイアスとなって判断を誤ることもあるが、逆に言えば、目の前のことや現在の立場を重要視することで人のモチベーションは大きく変わる。

不毛な残業が続く構造と精神の苦痛
今、政府で「働き方改革」の政策が進められているが、その中で労働時間の短縮は重要事項の1つとなっている。確かにモチベーションなき長時間労働、インセンティブなき残業などは可能なかぎり排除していくべきだ。繁忙期の残業時間の制限も必要である。やみくもに労働時間短縮がいいとも言えないが、法令やガイドラインだけでは解決できない重要な要素もある。

「シジフォス」のように、ひたすらダメ出しで延々と作業時間を潰すような労働があったなら、それは上司や会社のやり方に問題があるだろう。そのために不毛な残業時間が続くなら、これをもって残業時間を短縮しようなどと言っても意味がない。そのやり方では、会社の業績も効率も上がらないばかりか、社員が精神的に病んだり、過労自殺にもつながりかねない。冥界に堕とされたシジフォスは、もはや自らの死によって苦役からのがれることはできないが、人間は精神の苦痛から死を選ばざるを得ないことは今までもあったし、これからもありうる。

■再就職で面接までたどり着けない理由
こういう状況にあっても、若くて将来があれば希望のほうが大きい。だが中高年ともなれば、次に就く仕事内容や残業時間うんぬんで悩む以前に再就職そのものがかなり厳しい。何十通履歴書を送っても、面接までたどり着けないこともある。新卒と違って、中高年は大企業や有名企業を目指しているわけでもなく、給与や職種など2段階、3段階、あげくは許容できる最低段階まで希望ランクを落としても面接まで行けない。書類選考なしで面接させてもらえれば、自分の経験やテクニック、面接官との交渉で何とか採用にこぎつけられるという自信もあろう。営業職や役職についていた人なら特にそうだ。その営業力や地位があれば、「商談」なみに事は運ぶはずだと思う。哀しいかな、それは企業の名という看板があったればこそ、とやがて気付くだろう。これは中高年だけでなく、30~40代の転職にも言えるかもしれない。
 
■結果が来ないほうが徒労感は最大となる
再就職活動をしていて、応募結果が来ないのは珍しくない。小さな会社だからということでもない。従業員が数百人の会社でもそういうことがある。応募して不採用通知を受け取るだけでも自己の人格を否定されたように思えてしまうものだ。一片の書類だけで人間性の審査までできるはずはないと思いつつも、自分は人間性に欠陥があるのかと一時的に卑下し落ち込む。それが応募先から何の反応もないと、次第に不信感と腹立たしさを感じるようになる。せめて通知が来て不採用を知るなら、自分に何かが不足していたからと諦めもするが、何の通知すらよこさないというのはどういうことか、ここで応募者の心は怒りに変わっていく。

通知もなく何週間もほったらかされたら、「ここは落ちた」と割り切って早く気持ちを切り替え、次の募集を探した方が賢明である。仮に不採用を覚悟の上で、通知が未だ来ない応募先に電話で問い合わせてみたところで、先方もいろいろと取ってつけた理由で不採用を告げるのが関の山なのだ。

現在は個人情報保護の扱いから、不採用者の応募書類は求人側で責任破棄することをあらかじめ募集要項に記載してある。だからといって合否の結果を通知しなくていいというわけではない。「何日以内に通知がない場合はお問い合わせを」というならましなほうで、「通知がない場合はご縁がなかったものとしてください」などと、一方的な別れ話のようなものもある。現に、合否にかかわらず「書類受取後(もしくは面接後)何日以内に結果通知」と記載してあるものもある。応募する側も不採用通知を受け取りたくないのはむろんのこと、仮に不採用であっても結果がわかれば気持ちも新たになるものなのだ。それよりも、結果が来ない行動は徒労感が大きく、急速にモチベーションが落ちていく。こういうことが続くと、つくづく「シジフォスと同じだ」と思ってしまうわけだ。

■結末を信じて行動するしかない
募集要項では、結果を通知してこない会社に限って「人を大切にする会社」などとある。募集して自分の会社に縁のないと決まった人(不採用者)は無視して放っておく、そのような会社が人(社員)を大切に扱うとは思えない。「家族的で明るい職場です」とか、業務以外のことをアピールするより、応募者一人ひとりにきちんと対応することを考えるべきである。

今まさに、若き人も中高年も求職活動中の人にとっては、つらい時期が果てもなく続くような気がするかもしれない。シジフォスは、永遠に岩を運び上げて行く。頂上から何度も転げ落とされても。でも、あれは神話の世界である。人間の世界ではいつかは結末がある。良い結末を信じて、今は耐えて行動を続けるしかない。

【参考記事】
■サラリーマン現役引退後の働き方はどこまでバラ色か (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
https://www.tfics.jp/
■鑑定番組に見る骨董収集家と投資家のこころ (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)http://sharescafe.net/52864156-20180130.html
■今さら聞けない退職金 「今」もらうか、「後」でもらうか (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/52674052-20171226.html
■ノーベル経済学者に学ぶ年金のもらい方 (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/52512579-20171126.html
■転職貧乏で老後を枯れさせないために個人型DCを勧める理由(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/49061150-20160714.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

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