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先日、東京医科大学の入試で大学側による点数操作が行われ、結果として女子の受験生と4浪以上の男子の受験生が不利になっていたと報じられました(参照 「東京医大、06年から得点操作…調査委が報告書」 読売オンライン 2018/08/07)。

公正であるべき入試において長期間にわたって不正が行われてきたことは、驚きと怒りをもって受け止められました。私も心から怒りを覚えましたが、同時になぜ長年「不正」が続いてきたのか、大きな疑問が湧きました。

■入試の点数操作は「必要悪」?
今回の点数操作事件は、東京医科大学の入学試験で文部科学省官僚が自分の子供を不正に合格させた事件の内部調査で判明しました。8月7日に発表された同事件の調査報告書によると、少なくとも2006年度入試から10年以上にわたり、3浪以内の男子学生に加点の操作を行ってきたと報じられています(参照 同上)。

背景には女性医師は出産・育児で離職や短時間勤務になりやすいこと、緊急手術が多く勤務体系が不規則な診療科では、出産や子育てを経験する女性医師は男性医師ほど働けないという厳しい現実があったと言われます。「いわば必要悪。暗黙の了解だった」と大学関係者が語っているそうです(参照 「東京医大、女子受験生を一律減点…合格者数抑制」 読売新聞 2018/08/02)。

この件について当然ながら東京医科大は多くの批判を浴びることになりました。本件に関する大学側の内部調査委員会でも「女性差別以外の何ものでもない」「受験生に対する背信行為」と強い口調で批判しています。女性医師が離職せざるをえない激務が続く医療現場の改善が本筋であるという指摘も多く見られます。

一方で、結果的に女性医師を減らし男性を優遇することに、一定の理解を示す意見も根強く見られます。女性医師の支援情報を提供するWEBサイト「Joy.net」の緊急調査によると、「東京医科大が入試において、女子を一律減点していること」について、「理解できる」と回答した人が18.4%、「ある程度は理解できる」が46.6%。合計で65%もの医師が一定の理解を示しています(参照 「速報:東京医大女子を一律減点問題、医師はこう考える」 「Joy.net」 2018/08/03発表 有効回答数103件)。

■女性の就業率は男性と比べて低い
ここで、女性医師の離職・休職の実態を確認してみましょう。

2017年の調査によると女性医師の就業率は医師登録後、徐々に低下し、12年目で最低値の73.4%に達します。3割近くが医療現場を離れるわけです。同時期の男性医師の就業率は89.9%です。

女性医師の離職理由の上位2つは「出産」「子育て」で女性医師の方が離職する傾向は高いと言えます(参照 平成29年度女性医師キャリア支援モデル普及推進事業に関する評価会議 資料 厚生労働省)。このデータを見る限り女性医師より男性医師を優遇することは理に適っているように思えます。

■「データに基づく」合理的判断も問題を引きおこす
データに基づく判断は、一見合理的に見えますが、本当にそうなのでしょうか? 実は、中長期的にはかえって医師の頭数を逼迫させることにつながりかねません。

上述の女性医師の離職・休職率のデータを知った人は「やはり女性は、男性と比べてすぐに辞めるんだ」というイメージを持つでしょう。そうすると女性に対し、すぐに辞めることを前提とした期待値で対応をするようになります。短期的な業務しか与えず、長年の経験によるスキルアップが必要なものは付与しなくなる可能性が高まります。

一方で当の女性側は、それをどう受け止めるでしょうか。意欲のある女性であればあるほど、あまり自分が期待されていないことを感じ取った結果、やりがいを求めて転職してしまうリスクが高まります。その組織に残ったとしても、相手の期待レベルに合わせてモチベーションを下げてしまうことになりかねません。

このように侮蔑的な意図からではなく、過去のデータに基づいた判断から結果的に生じる差別を「統計的差別」と言います。データの裏付けがあるので一見すると正しい、論理的で合理的な判断に見えます。しかし統計からは個人の思いや意欲は見えません。その結果意欲ある女性まで追いやってしまい、中長期的には医師不足に拍車を掛けてしまうのです。

■「差別」が温存されるメカニズム
東京医科大学の入試で女子学生を排除する方法は、長い目で見てかえって医師数の問題に拍車を掛けかねないことは、少し考えればわかるはずです。しかし長年、入試の点数操作が改まることはありませんでした。なぜそのようなことが起きてしまうのでしょうか?

内部調査によると、一連の入試に関する不正行為は当時の理事長であった臼井正彦氏と、当時学長であった鈴木衞氏の指示によって行われたと報告しています。本来執務を監督すべき理事会も、同大学卒業者が多くを占めている閉鎖的体質であったことから機能不全を起こし、トップの独断専行を許してしまったと結論付けています。

この不正が「大学ぐるみ」であったかという点については、現時点での調査では断定していません。ただトップが直接入試現場で点数操作の作業を行ったとは考え難く、複数の大学内部の人間を巻き込んで行われたと考えるのが妥当でしょう。

臼井氏や鈴木氏が不正を指示したのは、自らの私腹を肥やためだったのでしょうか? その理由も否めませんが、調査報告書を読むと、私利私欲のためというよりは、「大学のために行った」と主張している印象を受けます。例えば、文科省官僚の子息に加点したのは「国のブランディング事業対象校に指名されるため」であり、女子学生に不利な点数操作を行ったのは「大学病院の働き手を確保するため」といった具合です。さらに入試不正全般については、大学の大きな財源であるOBからの寄付金獲得が目的だったと述べています。

この「大学のため」という大義名分が、指示したトップのみならず、大学関係者が広く関与することになった理由ではないでしょうか。

入試の点数調整という方法に「不正ではないか」と疑問を持つ人もいたはずです。実際、鈴木前理事長は当初は葛藤を覚えたと内部調査では報告されています。そうした疑問や葛藤の感覚を鈍らせたのが「大学のため」という大義名分です。そしてその歪んだ大義名分を正当化する便利な言葉が「必要悪」です。

■組織劣化のバロメーター「必要悪」
「『必要悪』という言葉が出てきたら要注意だ」と指摘している人がいます。元厚生労働省事務次官で、現在は民間企業のアドバイザーや大学の理事等を務める村木厚子氏です。

村木氏は「郵便不正事件」で検察庁特捜から逮捕され、後に冤罪が判明しました。彼女の裁判の過程では検察庁側で証拠品の改ざん等の不正が行われていたことが判明し、その後の刑事司法制度改革につながりました。また村木氏がかつて所属していた国の行政機関でも、書類改ざんなど想像もしないような事態が判明しています。村木氏は内外から組織の不正を目の当たりにしてきた人物です。

村木氏の著書「日本型組織の病を考える」では、問題を起こした組織の特徴として建前と本音の乖離を上げています。「その建前では無理」と堂々と論じて乖離を解消すればよいところを、そうはしません。その乖離を維持したままこっそりと本音だけを活かそうとした結果ルール違反に至ってしまうというのです。

さらに「必要悪」について以下のように述べています。

自分たちが(世間一般の常識と)ずれた状況に陥っていないかどうかを点検するのに、いい言葉があります。「必要悪」という言葉です。冷静に見れば「悪」なのに、「これは仕方なかった」とか「このためにはこうする必要があった」など、自分達の行為を正当化しようとするときに使われやすいこの言葉や考え方が出てきたら、要注意です。
日本型組織の病を考える 2018 村木厚子 角川新書


村木氏の指摘について解釈を広げると、組織の中で「必要悪」という言葉が使われるようになっていたら、それはその組織のガバナンスが劣化しているサインです。この言葉を聞いたら「本音と建前が極端に乖離していないか?」「その乖離を長年、放置していないか?」とチェックする必要があります。

そして「必要悪」という言葉は決して東京医科大学だけで使われていた言葉ではありません。私たちも自分自身の建前と本音との葛藤を解消するために安易に口にする言葉です。つまり東京医科大の問題は特殊な出来事ではなく、どんな組織でも容易に起こりうることなのです。

■必要なのは「必要悪」をそのままにしない仕組み
本音と建前の乖離に向き合うのは時間も手間もかかります。差し迫った問題でなければ、そのまま先送りにしたくなるのは人間として自然な心情です。したがって問題を先送りできない仕組みを作ることが、「必要悪」をそのままにしない答えと言えると思います。

東京医科大の改革は端緒に就いたばかりです。今後、どういった具体的な施策を打ち出していくのか、自分自身の問題として注目したいと思います。

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朝生容子 キャリア・コンサルタント・産業カウンセラー

【プロフィール】
キャリア・コンサルタント/産業カウンセラー。25年間の会社員生活を経て独立。個人からの相談業務ほか、組織へのコンサルティングに従事。個人・組織、双方の視点を踏まえたアドバイスを行っています。

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