0927_森山祐樹

信州(長野県)に小諸市という地方自治体がある。長野五輪時に開通した旧長野新幹線(現北陸新幹線)の停車駅は小諸市の近隣の佐久市に設置された。その影響により小諸市では人口減少が進んだ。ピーク時、長野五輪直後の2000年に4万6千人あった人口は現在では4万2千人。2045年には3万人程度まで減少することが予想されている。典型的な地方都市だ。人口の減少と郊外の大型店の進出に合わせ、駅前の商業エリアは活気を失い、多くの商業施設が閉店・撤退した。

本稿では人・企業誘致の施策のみによらず、近年のインバウンドに頼る観光でもなく、高地トレーニングに活路を見出した、小諸市の競争戦略に焦点を当ててみたい。

■高地トレーニングへの活路
平成26年、国土交通政策研究所の政策課題勉強会では、全国の約半分が消滅可能性都市であるとされた。これが全国の地方自治体に大きな影響を与え、人口獲得競争や企業誘致が全国各地で繰り広げられている。

小諸市では標高2,000mの高峰高原を中心に、高地トレーニング用の林道や総合運動場の400m全天候型トラックを整備した。また、2018年9月には、高峰高原のアサマ2000パーク内に水流を自動調節して泳ぎ続けられる流水プールも設置した。
 
国内で2,000m級の高地トレーニングが行える地域は極めて限られる。全国で高地トレーニングに指定されているナショナルトレーニングセンターは、山形県の蔵王と岐阜県の飛騨御嶽高原の2つのみだ。そのため陸上や水泳といった高地トレーニングを必要とする一流のアスリート達は海外遠征に向かう。しかし海外遠征は費用が多大な上、移動や時差による体への負担が大きい。そこで高地トレーニングを海外で行っている選手からは、国内での高地トレーニングを求める声が存在していた。そこに目を付けたのが小諸市である。

前述の通り近隣の佐久市に北陸新幹線の停車駅を譲ったとはいえ、新幹線の佐久平駅や高速道路の関越道から続く長野道の利用により、東京から小諸市へのアクセスは良好だ。海外はもちろん、既存のナショナルトレーニングセンターがある山形県や岐阜県よりも高い利便性を備えている。

このアクセスの良さと適切な高地を兼ね備えた場所は関東近郊には見当たらず、優位性が高い。東京オリンピックに向け、国内選手のトレーニングのみならず、海外のナショナルチームの事前合宿も想定し、すでにドイツやアメリカの視察も受け入れている。

■地方自治体の競争戦略の必要性
地方自治体の戦略には、単に同規模の他自治体にならって作成されたものや、自らの強み弱みを安易に定義し、本当にそれが競争優位性につながっているのか疑問を抱くケースもある。「我々の強みは、このきれいな水と空気」と声高々に謳ったとしても、緑あふれる山々に囲まれた日本では、多くの地域にきれいな水と空気は存在する。自ら強みと認識している特徴が競争優位性に本当に寄与しているか疑う必要がある。

地方自治体がそれぞれの強み弱みを論じる際には、競合となる全ての自治体と競争をしても勝てる確信があるものを選択して投資すべきだ。

地方自治体の職員からリスクがある大胆な戦略を期待するのは難しい。また、トップが変更するたびに公約が変わるため、必然的に方向性はトップダウンの流れとなる。しかし、そのトップダウンの方向性に対する戦略にも、企業経営と同様に、競争の概念と戦略のための新しい考え方(例:「ポジショニングアプローチ」や「ゲーム理論」)を取り入れる必要がある。

他の事例と横並びの施策やベストプラクティスの模倣ではなく、自治体や首長が主体的に目指す目標に向かい、競合を見定めた上で、目標に辿り着く戦略ストーリーを論理的に構築する。地方自治体の競争戦略も、そんな時代に差し掛かっているのではないだろうか。五輪というビッグイベントを迎える日本において、開催都市の東京に近い高地に活路を見出した小諸市の戦略は、その好例になるだろう。

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森山祐樹 中小企業診断士

【プロフィール】
優れた戦略を追い求め、戦略に秘められたトレードオフによる競争優位性を解き明かす中小企業診断士。ベンチャー企業の戦略構築支援を中心に活動を行う。

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