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失業率を見ても企業収益を見ても、景気は絶好調です。しかしそれが実感できていない人が多いようです。今回はその理由について考えてみましょう。

■景気は絶好調
「景気」という統計はありませんが、経済政策の目的は「インフレと失業の無い経済を作る事」だと考えて良いでしょうから、その観点から現在の日本経済を見ると、ほとんど理想的な姿となっています。

失業率は極めて低い水準で推移しています。高度成長期よりは高いですが、それは当時と事情が異なるからです。当時は工場の製造ラインで働く仕事が多かったのですが、今は「パソコンのできる人を募集」といった仕事も多いですから、雇用のミスマッチが生じやすいです。また「親の介護をしながら働きたい」といった労働者も、当時は少なかったでしょうが今は大勢います。

インフレ率は、日銀が目標とする2%には達していませんが、マイナス圏を脱してプラスとなっていますから、デフレは脱却したと言って良いでしょう。デフレでさえなければ、2%に拘る必要はありません。「どちらかと言えば1%より2%の方が良いかも知れない」といった程度の話でしょう。

企業の利益も史上最高水準です。海外子会社からの配当が貢献している部分は国内景気とは関係ありませんが、それを除いても高水準である事には違いありません。日銀短観などを見ても、企業は人員も設備も足りないと感じていて、設備投資にも積極的です。

鉱工業生産指数が伸び悩んでいるため、景気動向指数は今ひとつですが、経済に占める製造業のウエイトは従来より遥かに小さいので、気にする必要は無いでしょう。そもそも労働力不足で鉱工業生産が伸ばせない、といった事情もあるわけですから。今後は労働力不足に対応した省力化投資が進んで、鉱工業生産が伸ばせるようになると期待しましょう。

■デフレマインドが景況感を悪化させている
バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済は「良い事があっても長続きせず、再び悲惨な目に遭う」という経験を何度もしました。そこで「今は良いけれども、どうせ遠からず悪い事が起きるのだろうから明るい気分になれないし消費や投資を増やす気にもなれない」という企業や個人が大勢いるわけです。

そうしたマインドの事を「デフレマインド」と呼ぶ人が多いようなので、本稿もそれに倣います。デフレというのは物価の持続的下落の事ですが、それとは異なる意味の言葉だ、という事ですね。

本来であれば「今の景気はどうですか」と聞かれたら「どうせ長続きはしないだろうが、とりあえず今の瞬間の景気は絶好調だ」と答えるのが正しいのですが、専門家でない人々にとっては今の景気と近未来の景気予想を分けて考える事は難しいのかも知れません。

昨今は米中貿易戦争(あるいは冷戦)の影響等で世界経済が大幅に減速しそうといった報道も多くなされていますし、消費増税が景気の腰を折る懸念を持っている人も多いでしょう。そうした近未来に対する具体的な不安も「現在の景気」を判断する上でマイナスに作用している可能性は否定できません。

■賃金が上がらないから景気が実感できないという面も大きい
景気の絶好調が実感できない理由の一つとして、賃金が上がっていない事も重要でしょう。賃金が上がれば景気の好調を実感できるのでしょうが、正社員の給料があまり上がっていないので、彼らが景気を実感できていないのでしょう。

非正規労働者の時給は労働力需給の逼迫を反映して徐々に上がって来ましたが、サラリーマンの給料が上がっていません。これは、サラリーマンが終身雇用の年功序列なので、給料を上げなくても辞めてしまう可能性が小さい事によるものでしょう。企業としては、サラリーマンの給料を引き上げる必要性を感じにくいのです。

バブルの頃までは、企業は従業員の共同体だったので、利益が出れば従業員に報いるのが当然という雰囲気がありました。しかし最近では「企業は株主の金儲けの道具」だと考える経営者も多いですから、利益が出れば賃上げではなく配当に回してしまう企業が多い、という事もひとつの重要な理由となっているようです。

■雇用者数は大幅に増えているが……
今次景気拡大では、雇用者数が大幅に増加しているので、「景気が拡大しなければ失業者だったはずの人物が、景気拡大のおかげで仕事にありついた」という事例は多いと思われます。

しかし、そうだとしても、労働者個人の立場で考えれば「景気が良いから仕事にありつけた」と捉える人は少ないでしょう。「自分は運が良かったから」「仕事探しを頑張ったから」「自分には実力があるから」などと考える人が多いはずです。自分の実力を過大評価している人が多いでしょうから、最後が一番多いかも知れませんが(笑)。

定年後に仕事にありついたサラリーマンも同様でしょう。この場合には、現役時代より給料が大幅に減ってしまうので、「状況が悪化した」と考えてしまうかも知れませんね。景気が悪ければ定年後の引退を余儀なくされていたはずだ、などとは考えないでしょうから。

■世の中には悲観論が溢れている
世の中には悲観論が溢れており、毎日それに接していると楽観的な物の見方ができにくくなってしまう事も影響しているようです。

儲かっている企業は、黙っています。儲かっていると言うと労働組合が賃上げを要求するからです。一方で、儲かっていない企業は「苦しいからボーナスは払えない」「政府に支援をお願いしたい」などと大きな声を出します。

経済評論家も、悲観的な事を言いたがります。「こんな問題点があり、こんなリスクもある」という方が話が面白いですし賢そうに見えるからです。

マスコミも、悲観的な話が好きです。その方が視聴率が上がったり読者が増えたりするからでしょう。

したがって私たちが普段接している情報は、現実よりも暗いものが多いのです。その事をしっかり認識しておかないと、景気の回復が実感できないだけではなく様々な事を正しく理解する事ができなくなってしまいます。

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塚崎公義 久留米大学商学部教授

【プロフィール】
日本興業銀行(現みずほ銀行)にて、主に経済関連の調査に従事した後、久留米大学に転職。趣味は、難しい事を平易に解説する文章を書く事。SCOL、Facebook、ブログ等への執筆のほか、著書も多数。

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