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長距離の国際線では当然の機内サービスである個人モニターが、遂に日本の国内線にも展開されることになる。2019年にJALでは初となるエアバスA350が国内線に導入され、この機体には遂に個人モニターが搭載される。

ANAの国内線においても同様の動きが出てきている。これまでA321neoにのみ個人モニターが搭載されていたが、路線は限られていた。今後はJALと同じく2019年に大型機に順次搭載される見込みで、日本の空に新しいサービススタンダードが築かれることとなる。

このような中で、大手航空会社による国内線の個人モニター配備に隠された2社の戦略を解き明かしてみたい。

■短距離線個人モニターの動向
日本の国内市場においては、スターフライヤーが大手に先駆けて初号機の2006年から国内線で個人モニターを導入している。日本の国内線のフライト時間は、多くの路線が1~1.5時間であり、長距離路線であっても3時間程度が上限の市場である。そのため、個人モニターで提供できるコンテンツには、一般的な国際線で提供される2時間程度の映画は不向きである。国内路線において提供できるコンテンツには、離発着時のモニター利用ができない時間も存在し、時間的な制限を考慮しなければならない。

一方、欧米における短距離路線(2~3時間程度)の傾向としては、個人モニターは配備せず、機内Wi-Fiを整備することで、個々人の端末で利用してもらう流れが主流である。特に欧米では短距離路線はすでにLCCが多くのシェアを占めているため、機体の軽量化、コスト低減、整備性の簡素化等の理由により、日本とは傾向が異なる。

■大手2社の戦略とは
対する大手の戦略はどうか。JALは2017年から、ANAは2018年より国内路線の機内Wi-Fi無料化を開始している。個人モニターについては、2017年にANAが先行してエアバスのA321neoに導入している。その後、JALがエアバスA350の導入に合わせ、2019年に個人モニターを導入開始(ボーイング787にも搭載予定)、ANAも2019年下期以降にボーイング777、787型機に順次展開することを発表している。

しかし、前述の通りこれらのサービスは、日本の国内市場においては何ら新しいものではなく、スターフライヤーの模倣・追随であるという感が否めない。そもそも国際線では数十年前から一般的であった機能を国内に導入することが、新しい挑戦であるはずがない。

このようなサービスの展開は、市場でチャレンジャーが尖った商品・サービスを展開する際に、リーダー企業が行う典型的な同質化戦略である。チャレンジャーの商品・サービスを模倣し、チャレンジャーの特徴を打ち消すことで、大手に優位なポイントで競争する状況をつくるという常套手段だ。

■短距離路線での個人モニターの必要性
しかし、日本の国内市場では、スターフライヤーが個人モニターを導入して久しい。もしスターフライヤーの個人モニターに対する同質化戦略を国内大手2社がとるのであれば、タイミングとしては合理的な説明が困難である。国内の市場において、個人モニターの影響が本当にあるのであれば、大手2社は2019年より早期に対策を打っていたはずである。

つまり、これまで国内線の機能向上を追求してこなかったのは、個人モニターがなくとも大手2社の収益性は何ら大きな影響を受けないという証明であろう。今回、大手2社の個人モニター導入による収益性の向上が特段見込めるものではないことがわかる。

そう考えると、携帯をはじめとする個人端末がこれだけ普及している時代において、短距離路線で映画1本も見ることができない国内線の個人モニターは本当に必要なのか? 甚だ疑問である。ここには、一歩先を行くサービスや、顧客のストレスフリーを実現する名目ではなく、他の目的があるように思えてならない。

大手2社が今回の機内サービスの向上を謳う裏には、公にできない諸般の事情が垣間見えている。例えば、客室乗務員による機内のセーフティーインストラクション(緊急時の対応についての指導)を個人モニターで行うことによるコスト削減。あるいは、これまでセーフティーインストラクションを映していたオーバーヘッドモニターが、見えない座席が発生してきた事情がある。国際線を想定して開発された機材のオプションにはない、個性豊かなシートの導入と、欲張り過ぎた搭載座席数が背景にある。

このような技術的、コスト的事情や、国内の小規模航空会社に対する同質化戦略などではなく、トレードオフを明確にした差別化戦略が大手2社から生み出される日は来るのだろうか。例えばアメリカのサウスウェスト航空のように、いまだに長距離国際線はやらない、座席指定はしない、ハブアンドスポークはやらない等。日本の航空史を常に開拓し続けてきた大手2社に、成熟した自身と国内市場において、新たな戦略的な輝きを放つ姿が見られることを期待したい。


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森山祐樹 中小企業診断士

【プロフィール】
優れた戦略を追い求め、戦略に秘められたトレードオフによる競争優位性を解き明かす中小企業診断士。ベンチャー企業の戦略構築支援を中心に活動を行う。

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