0606_塚崎公義

秋に消費税の増税が迫っていますが、運悪くこのタイミングで国内の景気に対する懸念が急速に高まって来ました。先が見えないならば「とりあえず1年増税を延期して様子を見て、大丈夫そうなら1年後に増税する」べきだと思います。

■増税を焦る必要は無い
筆者は財政が破綻する事は無く、増税を焦る必要は無いと考えています。最近たびたび話題にのぼるMMT(ModernMonetaryTheory、現代金融理論)ほど能天気ではないので、財政赤字は小さい方が良いと思いますが「財政赤字は絶対に放置できない」とも思いません。財政赤字を放置するリスクと緊縮財政を採用するリスクを慎重に比較して、リスクの小さい方を選ぶべきだと考えています。

■1年待つリスクは、ほとんどゼロ
増税額は年間数兆円ですから、増税を1年待っても待たなくても、1年後の政府の借金額は数兆円しか違いません。すでに1100兆円もの借金を抱えている政府にとって、これは誤差の範囲です。

「この数兆円のせいで、インフレの懸念が増したり、日本政府に対する投資家の信頼が揺らいだりする可能性がある」と主張する事は「海の水を一口飲んだら海の水が減る」というのと同様に、正しいけれども特段の意味は無いですよね(笑)。

一方で、今の段階で増税を強行する場合には少なからずリスクが伴います。国内景気だけを見ても、すでに景気が後退しているとの見方もあるほどですし、海外を見渡すと米中関係が急激に悪化しつつあり、先が見通せない状況だからです。

1年待って、その時に景気が後退していたら「あの時に1年待って良かった」という事になるだけです。そうではなく、様々な懸念が杞憂であった事が1年後に明確になったならば、その時に改めて増税を決めれば良いのです。

■国内の景気への弱気論が広がりつつある
年明け以降の経済指標が、昨年までのものとは様変わりして悪化しています。1ヶ月分だけ悪いのであれば「統計の振れだろう」と思うとしても、数ヶ月続けて悪い数字が出ると「景気が後退しはじめたのではないか」と考える人が増えてきます。

今の段階では、景気が後退を始めたのか、始めるのか、あるいは一時的な不振を乗り越えて回復を続けるのか、専門家の間で見方が分かれています。しかし景気楽観派である筆者自身も「景気は回復を続ける」と言い切る自信が次第に弱まってきている状況です。

そうした時に増税するのはリスクです。すでに景気が後退しているならば、景気の悪化を加速してしまいます。懸命に持ちこたえている景気の腰を折ってしまうとすれば、それも非常にマズイ事です。

今の段階で「景気は後退しておらず、増税しても景気は後退しない」と言い切れる専門家は多くないでしょう。「1年様子を見て、景気が回復を続けていたらその時に改めて増税を検討する」のが正しいと思います。

■米中対立が急激に深刻化しつつある
米中の貿易戦争は、覇権を懸けた米中冷戦の様相を深めつつあります。米国は「肉を切らせて骨を断つ」覚悟を固めているようですし、中国も対抗せざるを得ないでしょうから、どこまでエスカレートするのか、予断を許しません。

米国企業が中国から工場を他国に移すのであれば、日本経済にとってそれほど弊害は無いのかも知れません。しかし他国の工場が完成する前に中国から逃げ出すような事になると大変です。

そうでなくても、世界中の企業が「何が起きるかわからないから、とりあえず設備投資はせずに様子を見よう」と考えるようになったら、世界の景気が悪くなり、日本の景気も当然悪くなるでしょう。

そうしたリスクがある時の増税は危険です。やはり「1年待って様子を見て、日本の景気が回復を続けていたらその時に改めて増税を検討する」というのが正しいのだと思います。

■本来は10年待つべきだが……
じつは筆者は、緊縮財政は10年待ってから大胆に実行すべきだ、と考えています。しかし、それでは緊縮財政派との妥協を図る事は困難でしょう。

今の時点で重要な事は、緊縮財政派との妥協点として「1年待って様子を見よう」という合意をする事だと思い、本稿では「1年待て」との主張をしているわけです。

せっかくですから10年待つべきだと考える理由についても、以下に記しておく事にしましょう。

それは、10年経つと少子高齢化による労働力不足が深刻化し「増税で景気が悪化しても失業者が増えないから、気楽に増税できる」時代になるからです。

それだけではありません。もしかすると、労働力不足で賃金が上がってインフレになり、インフレを抑制するために「増税で景気をわざと悪化させる」時代になるかも知れません。そうなれば、増税が財政再建とインフレ抑制の一石二鳥というわけですね。

通常ならばインフレ抑制は金融政策の仕事ですが、10年後の日本では財政政策の仕事になるでしょう。理由の第一は「金融引き締めで金利が上がると政府の利払いが増えてしまうから」というものです。

今ひとつは、労働力不足を原因とする賃金インフレは徐々に進行するため「増税が実施される頃には次の景気後退が始まっている」というリスクが小さいからです。

今だと、景気循環が原因でインフレになる場合には、遠からず景気が後退する可能性がありますから、財政でインフレを抑える事は危険です。増税には時間がかかるので、実施された頃にはすでに景気が悪化している、といったリスクがあるからです。しかし、10年後のインフレには、そうしたリスクが小さいのです。

「10年待て」との主張は、緊縮財政派には相手にしてもらえないでしょうが、上記を読んだ読者の中に、少しでも賛同して下さる方がいれば、幸いです。

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塚崎公義 久留米大学商学部教授

【プロフィール】
1981年、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に経済関連の調査に従事した後、2005年に久留米大学に転職。趣味は、難しい事を平易に解説する文章を書く事。SCOL、Facebook、ブログ等への執筆のほか、著書も多数。

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