0614_武内俊介

2019年5月、クラウド会計大手のマネーフォワードが提供する企業向け会計ソフト「MoneyForwardクラウド」の料金体系が刷新された。

会計ソフトと聞くと多くの人には馴染みが無いかもしれないが、大きな変更点は、会計ソフトとしての機能に加えて請求書や経費など会計処理にまつわる各種の機能をユーザーが必要に応じて選択する形式から、各製品群をセットにしてワンパッケージで提供するようになったことだ。要するにバラ売りをやめたということになる。

元から複数の機能を利用していたユーザーにとっては値下げとなるが、会計ソフトとしての機能だけを利用していたユーザーには実質値上げとなる。これは従来に無かった大きな変更となるためSNS上では多くのユーザーから不満の声も聞かれた。

しかし、筆者はこの変更がクラウド会計にとって大きな転換点になると見ている。既存のソフトをクラウド化することでただ利便性が上がるにとどまらずに、業務フローや処理プロセスを大きく変え新たな付加価値が生まれる。これがクラウド化がもたらすインパクトだ。

■本格的な普及の境目にあるクラウド会計
クラウド会計とは、パソコンへのインストールが不要でブラウザ上で使用できる会計ソフトをいう。イメージとしては従来のメールソフトに対するGmailと同じだ。主にこうしたクラウドサービスはSaaS(Software as a Serviceの略)と呼ばれるが、2018年は日本における「SaaS元年」といわれたほど、ビジネスで利用されるソフトウェアのクラウド、SaaSへの移行が進んでいる。クラウド会計もSaaSの1つであるが、その普及に向けてはまだ道半ばだ。

クラウドシステムを企業が選択する理由としては、保守不要であること、インストール不要でどこでも利用できること、システムの拡張性が高いことなどが上げられる。クラウド会計もこれらの特徴を備えている。

かつてのマイクロソフト・オフィスのように、インストールが必要なソフトであれば特定のパソコンでしか利用できないが、クラウドであればユーザーIDでログインさえすればどのパソコンからでもアクセスできる。一方で、会計のプロフェッショナル向けに機能を進化させてきた従来からあるインストール型の会計ソフトと比較すると、入力時の画面遷移や処理スピード、出力帳票やレポートなどが劣る部分もあるため、インストール型の使用継続を選択する企業も多い。

これまでは個人事業主や中小法人をメインターゲットしていたクラウド会計だが、東証マザーズに上場した企業や上場準備中の企業の一部でも使われるようになってきている。とはいえ、従来のインストール型の会計ソフトと比べるとまだメジャーであるとはいえない。MM総研の調査によると、クラウド会計のシェアは300人未満の中小法人でわずかに14.5%である。

これをマーケティングの分野でジェフリー・ムーアが提唱した「キャズム理論」(※)に当てはめてみると、まさに現時点が新しいもの好きな購買層であるアーリーアダプターから、その層に次いで新しいものを受容するアーリーマジョリティに移行できるかどうかの境目(溝=キャズム)にあることが分かる。つまりクラウド会計ソフトは本格的に普及するかどうかの過渡期であるといえる。

※キャズム理論
エベレット・M・ロジャースが、1962年に提唱した新商品や新サービスの市場浸透に関する理論である「イノベーター理論」を前提に、ハイテク産業においては商品の購入層がイノベーター(2.5%)を経てアーリーアダプター(13.5%)からアーリーマジョリティ(34.0%)に移行するには、容易に超えられない大きな溝(キャズム)が存在することを提唱したもの。シェアが16%(イノベーターとアーリーアダプターを足した割合)を超えるかどうかが、製品が成長期に入ったかどうかの1つの指標とされる。

■従来型と全く異なるクラウド会計の性質
企業会計では複式簿記といってすべての取引を仕訳という形式で入力する必要がある。そのため、経理部や会計事務所のスタッフは独自のショートカットキーなどを駆使して素早く正確に入力することが求められてきた。入力だけでなく細かい設定を含めて、インストール型の会計ソフトは高度な専門ツールとして進化してきた。複式簿記の知識が無ければ入力することもできず、独自の操作を覚えなければ一人前になることもできない職人の世界である。

一方クラウド会計は常にブラウザ上で処理を行うため、インストール型に比べると処理スピードはやや遅く、短時間で大量の処理を行うには不向きだ。ユーザーIDを付与すれば誰でも見ることができるため、仕様もプロ向けよりは初心者向けに寄っている。この部分が従来の会計ソフトを使ってきた層からすると満足できない部分であり、クラウド会計が主流になっていない大きな要因だと考えられる。

しかし、クラウド会計は従来型の会計ソフトとは処理方法が大きく違う。入力データの大半は通帳やクレジットカード、EC(イーコマース)などからデータの自動連携を行い、キーボードを叩いて1件ずつ仕訳伝票を入力していく作業は大幅に少ない。

これは同社が提供するマネーフォワードME他、家計簿アプリの仕組みと同じだ。重要になるのは素早く正確に入力できるスキルではなく、複数のシステムをスムーズに接続するための全体の設計と、それらを自動登録処理できる条件設定を行うための知識である。従来のインストール型とクラウド会計とでは、求められるスキルが全く異なるのだ。

先ほど例に挙げたGmailは、デスクトップPCとノートPC、スマホにタブレットと複数の端末から同じ情報に即座にアクセスできる。この利便性は、インストールした端末でしか使えなかった従来のメールソフトとは、似て非なるものであることは説明するまでも無い。そしてクラウド会計もまた、異なる端末、複数の社員、出先からアクセスできるという面だけをとっても、働き方が多様化した現在、クラウド化のメリットは際立つ。

そして、従来型の会計ソフトの延長線上にある使い方で「処理スピードが遅い」「欲しい機能が充実していない」という批判をされているようでは、本格的に普及することは難しい。クラウド会計を使いこなすためには、従来の会計ソフトという枠組みにこだわらずに、請求や支払、給与計算などの会計に関わるデータをいかにスムーズに取り込んで処理することができるか、という部分が最も重要だ。

従来型の会計ソフトは、紙で作成・集計していた仕訳伝票を、コンピューターで処理することによって大幅に効率化させた。クラウド会計はそこから更に一歩進み、データの取り込みや自動処理に磨きをかけ、手動での入力を極力少なくする方向に進化しようとしている。

これまでは作業として数字を入力することが目的化してしまいがちだった経理の現場が、処理の自動化によってデータの活用や分析などに時間を割くことができるようになるのだ。

■普及のカギは「従来型会計ソフトの代替」からの脱却
筆者はクラウド会計がキャズムを超えるためには「従来型の会計ソフトの代替手段」からいかに脱却するかが重要であると考えている。クラウド会計は入力するためのソフトではなく、売り上げや仕入れなどのデータを会計という形式に整理・集約する箱としてとらえるのが正しい認識である。

そのためには、請求書、支払管理、経費精算、給与計算等のデータが会計ソフトにスムーズに集約され、銀行やクレジットカードなどの外部データも取り込み、データの入力の手間を極力排除した状態にしなければならない。

マネーフォワードと並ぶクラウド会計大手のfreeeは、当初より請求書や支払管理を内包した商品を提供してきた。MoneyForwardクラウドも、会計以外の商品もワンパッケージにした料金体系に変更することで、クラウド会計にデータを集約するための全体設計が容易になる。例えば、これまでExcelで請求書を作成していた企業も、パッケージに含まれるのであればMoneyForwardクラウドで請求書を発行するようになるだろう。

人手不足により中小企業が経理職を確保することは、これからますます困難になる。その解決策として、クラウド会計をフル活用することは1つの選択肢だ。クラウド会計にはまだ機能として不足している部分は多いものの、経理が手動で入力しない、という処理方法が広く認知されたとき、クラウド会計はキャズムを超えてもっと多くの企業で利用されるはずだ。

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武内俊介 税理士

【プロフィール】
税理士・業務設計士、リベロ・コンサルティング代表。金融の企画部門、会計事務所、ベンチャーの管理部門を経て現職。徹底した現場ヒアリングにこだわり、CRMの構築から会計データへの連携・活用までの一気通貫した業務とシステムの設計を提供している。

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