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MMT(Modern Monetary Theory、現代金融理論)と言われる新理論が米国を中心に話題となっています。財政赤字は気にしなくて良い、というものですが、積極財政論者の筆者が見ても、さすがに危険だと思います。今回は、その理由をご説明します。

■財政赤字は気にしなくて良い、という新理論
MMTを大胆に一言で説明すれば、「政府がどれだけ借金しても、日銀に紙幣を印刷すれば返済できるのだから、財政赤字や借金の事を気にする必要は無い。ただ、財政赤字が膨らむとインフレになりかねないので、その場合には増税してインフレを抑制する事が必要だ」というものです。

「日本では、あれほど財政赤字が大きいのに、何も問題が起きていないではないか」というのが彼らの論拠の一つとなっているようです。

伝統的な経済学の教えと大きく異なっているため、主流派経済学からは強い批判を受けていますが、逆に言えば大御所たちが本気で批判しなければならないほど話題になっている、という事ですね。

ちなみに筆者は積極財政論者ですので、MMTにはある程度共感していますし、それほど「トンデモ理論」だとも思っていませんが、「やはりさすがに能天気すぎて危険だ」とは思います。

■緊縮財政でインフレを抑えるのは容易ではない
政府が緊縮財政を採用していれば、民間人は預金を引き出して納税しますから、人々がインフレになりそうだと思っても引き出す預金がそれほど多くなく、インフレが加速しにくいのです。

しかし、財政赤字が膨らむとインフレになりやすくなります。政府が借金で財政支出をすると、代金を受け取った民間人が預金をします。民間人が預金を持っていると、「インフレになりそうだ」という時に預金を引き出して物を買い急ぎしますから、インフレが加速しかねません。

問題は、「政府の財政赤字が10%増えたらインフレ率が1%高まる」といった関係には無い、という事です。インフレは地震のようなもので、静かにエネルギーが蓄積していき、ある時突然に巨大なエネルギーとして解放されかねないのです。

財政赤字が膨らむと民間人の貯金が増えていきますが、インフレ懸念がなければ彼らはそのまま預金しておくでしょう。そして、石油ショックのような事件を契機として、一斉に預金を引き出して買い急ぎをするわけです。

そうなってから急いで増税しても、間に合いません。そもそも増税は国会の議論が必要ですし、国会を通過しても「今日決めて明日から増税」というわけにも行きませんから。

こうした観点から筆者は、MMTには賛成していません。しかし、だからと言って「財政再建が最重要だから増税すべきだ」とも考えていません。

財政赤字を放置してインフレを招くリスクと緊縮財政で景気悪化を招くリスクを比較して、リスクの小さい方を選ぶべきだ、と考えているわけです。

その意味では、今の日本でMMTを採用しようという人とはたまたま同じ意見ですし、MMTを強く批判しようとも思っていません。局面が変われば、当然筆者の意見は変化し得ますが。

■米国のMMTにはインフレ体質だから反対
しかし、米国のMMTには局面にかかわらず反対です。理由は二つあります。第一は、米国の方が日本よりインフレになりやすい経済体質だからです。

日本人は遺伝子的に不安を感じやすいそうですから、インフレになると「老後のための蓄えが目減りしてしまったから、倹約しなければ」と考える傾向があるのでしょう。

一方で米国人は、将来不安をあまり感じないようです。まあ、わざわざ大西洋を渡って先住民族と戦いながら一攫千金を夢見た人々ですから(笑)。そこで、「インフレなら、値上がりする前に買い急ぎをしなければ」と考える傾向があるのでしょう。

米国人の金融資産がインフレで目減りしにくい事も影響しているかも知れません。金融資産の内訳として株式などのインフレに強いものが多いため、インフレが来ても老後資金が目減りしにくく、気楽に買い急ぎできる、というわけですね。

■米国のMMTには基軸通貨だから反対
今ひとつは、米国の通貨が基軸通貨だという事です。米国がMMTを採用してインフレになり、厳しい金融引き締めが行われたりすると、世界経済に甚大な悪影響が生じかねないのです。

日本が仮にMMTを採用して失敗しても、他国への迷惑はそれほどかかりませんが、米国はそうではないのです。

たとえばMMTの米国経済へのメリットが100、米国経済にとってのリスクが50、米国以外の経済にとってのリスクが100だったとします。米国ファースト政策を採るとすれば、MMTは採用されるでしょう。

しかし世界経済の事を考えれば、リスクの方が大きいのでMMTは採用されるべきではありません。

したがって、筆者は世界経済を心配して米国にはMMTを採用して欲しくありません。もちろん、日本経済を心配するなら、米国のMMTには絶対反対です。

しかし、筆者は米国の選挙権を持っていませんし、米国の政策に関与する手立てがありません。米国が米国ファーストの政策を採らない事を祈るばかりです。

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塚崎公義 久留米大学商学部教授

【プロフィール】
日本興業銀行(現みずほ銀行)にて、主に経済関連の調査に従事した後、久留米大学に転職。趣味は、難しい事を平易に解説する文章を書く事。SCOL、Facebook、ブログ等への執筆のほか、著書も多数。

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