1214_野口俊晴

今年、厚生労働省が年金の財政検証を発表した。これは5年に一度、将来の公的年金について、将来も制度を持続できるか検証するものだ。この財政検証をもとにシミュレーションしてみると、あることが見えてくる。

仮に65歳時点で貯蓄ゼロでも75歳以降は生活が安泰ということだ。逆に言うと現役時代は貯蓄しなくてもいいことになる。

■75歳まで働いて年金を繰り下げれば心配ないか
次に掲げるのは、財政検証のオプションプランのうちの1つだ。
(1)定年退職後に75歳まで働く。(2)75歳まで年金を繰り下げる。

(1)及び(2)のプラン通りに生活した場合、65歳から受給する場合に比べて年金受給額は繰り下げ効果で2倍近くになる。二倍になるのはこの場合、「年間」の受給額であって「生涯」の受給額ではないことに注意されたい(拙稿「年金は75歳まで働くと2倍に増える」関連記事参照)。

このプランで老後を基本生活費の平均額で暮らしていけば、数字上は資産が増えていく。例えば100歳寿命時にはなんと3000~4000万円ほどのお金が残ることになる。嘘のように思われるかもしれないが、平均支出額をそのままにして年金収入が倍近くになるのだから「年金2000万円不足」をカバーしてなお、お金が余るのは計算しなくてもわかる。

では定年までに貯蓄ができなくても、本当に老後は心配ないということだろうか? 

■人生は老後だけ考えればいいのか
上記の検証にはいくつかの前提がある。1つは、外的要因・個人的要因が今のままで続くこと。2つ目に、制度・財政が政策通りにいくこと。3つ目は、国民すべてが平均的年金額を受給できること。

これらの前提が1つでも適わない場合は、定年時に貯蓄ゼロでは思い通りの生活はできなくなる。特に3つ目については国民が皆、平均的な給与と退職金を得られることを意味する。これは厚生年金額が現役時代の報酬をもとに算出されるからだ。さらに消費生活も平均的レベルで過ごすことになる。

言うまでもなく人は皆、平均的レベルで暮らしているわけではない。平均以下の人も多数いる。それに人生は老後だけを考えればいいわけではない。現役期間も同様に大切である。65歳までに年間収支が赤字になる、つまり支出が収入を上回る年が一度でもあったら、老後どころか現役生活そのものが危うい。

一般の家計は限られた収入の中、多額の貯蓄は難しい。そんな状況でも引退時に資産を残す工夫をする、それが本当のゆとりにつながるのではないだろうか。

それに75歳から安泰といっても、定年後から75歳までは給与が何割か下がる。この間は年金なしでやっていくことになる。 そう考えると、「引退時に貯蓄ゼロでも安心」ではなく「引退時に資産があった方が安心」だとした方がいい。

ただし、そこにも盲点がある。想定寿命と不安心理の問題である。

■資産額の大小ではなく資産が減っていくことに不安
想定寿命については、仮に100歳までの寿命を想定した資産があったとしても、それより長く生きる可能性がある。100歳を超えて生きた場合、実際の寿命まで取り崩すためのお金が足りなくなる。

では、長生きを見込んで長めの寿命設定をしておけばいいのだろうか。しかし、それでも容易に解決できないことがある。人間の不安心理である。

例えば富裕層の人にも資産への不安があることはよく聞く。その理由として、不安の対象が資産の額ではなく、資産の減少であるとすれば納得がいく。保有しているものが減っていく、その事実が不安心理に大きく影響してくる。寿命が減って、かつ資産が減っていくとなると、そのマイナスの相乗効果は測り知れないだろう。

富裕層の人でさえ不安なのだから、一般的なの所得の人はなおさらである。その不安を克服できる老後の対策を考えた方がいい。

■貯蓄ゼロで良しとせず現役のうちから対策を
そこで検証プランの趣旨となっている(1)定年後も長く働く、(2)年金は遅くもらって多くもらう、を前提として現在の境遇の中でお金を減らさない対策を挙げてみる。

(A) 給与収入を増加させる
当たり前のことだが、収入を増やすには給与を増やせばいい。確かに理屈はそうだが、勤め人にとってはそう簡単なことではない。それでも現役時代の給与が将来につながるという意識付けは常に大切だ。収入が増えれば貯蓄できるのはもちろん、現在の収入は将来の年金受給額に反映するからだ。

収入増加のためには今の境遇でスキルを向上させ、60歳台以降75歳でも給与があまり下がらない働き方を目指す。自分の得意分野を伸ばし、専門的な経験を重ねる。それが定年後も一定レベルの給与を見込めることにつながる。

(B) 現役中に老後資金を作る
これは、今の生活でさらに積立額を追加するということではない。勤務している会社が確定拠出年金(DC)を導入していればそれを最大限利用し、現在の積立額を効率よく運用する。現状の加入者でも元本保証型に偏った運用が多いと言われており、もったいない話だ。

例えば月額3万円の積立拠出をしている場合、ほとんど運用しない(0.1%)のに対して3.5%で複利運用すると、35年間で積立額はほぼ2倍の2400万円ほどになる。

この金額は税を考慮していないので、DCなど税優遇制度を利用すれば、その差額はもっと大きくなる。ただし運用がうまくいかない場合もあり、ポートフォリオ運用などで効率的にリスク回避したい。

(C) 固定収入を得る
他に老後に一定の収入を得るには、不動産賃貸収入がある。これには空室や賃料下落等のリスクがあり敬遠する向きもあるだろう。だが、それを言えば資産運用だって価格下落等のリスクがある。大事なのはリスクを正しく認識して、適切に対処することだ。

それ以前に不動産賃貸経営で二の足を踏む人は多い。それは本人が住宅ローンを組んでいると、居住用と投資用の二重ローンとなるからだ。複数のローン返済は、ライフプランではタブーと言われるかもしれない。

しかし、賃貸収入額と投資ローン返済額が相殺されている期間は収支がならされ、赤字にならずにすむ。それに初期投資額(頭金)は、本人の属性によるが住宅ローンより少額ですむこともある。そのうえ完済後は、不動産を保有している限り賃料が入り続けるので老後の収入は安定してくる。

ただ物件の投資評価については地域格差もあり、まだ金融資産ほど万人向きでないところもある。それでも今後、老後の固定収入を得るのに1つの有効な対策となり得る。

■現役時代から生き方の差が出てくる
以上は常識的なことばかりと思われるかもしれない。要は現役のうちから早めに対策を取ることが大切だと言える。資産を作る体質を現役時代から培っておけば、定年後もそれほど生活レベルを落とさずに暮らしていける。何より年金や給与の金額に捉われず、老後は自分にあった働き方ができる(あるいは働かない選択肢も出てくる)。

「貯蓄ゼロ」に対して対策を取るか取らないかでは、将来の資産額にかなり差が出る。何より生き方の差も出てくるのではないだろうか。

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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

【プロフィール】
個別の金融資産の推奨・販売をしないアドバイザリー型のFP。個人のリタイアメントプランを実現するための運用設計およびトータルなライフプランの提案。ほかに働き方、お金に関するアドバイスの提供。

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