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年末年始は多くの芸能人が活躍する季節ですが、筆者は複雑な思いで芸能人を見ていました。芸能人の移籍を自由化すると、芸能界が衰退しかねないという心配があるからです。

■公取が芸能界の移籍制限に厳しい姿勢
「人気タレントが所属する芸能事務所から独立すると、メディアから干される。メディアが芸能事務所に忖度するか芸能事務所がメディアに圧力をかけるか、どちらかだ」と言われているようです。

筆者は芸能界に詳しくないのですが、以下では仮に本当にそうした慣習が存在しているのだとすれば、という仮定に立って論じてゆく事とします。

これに対しては、公正取引委員会が厳しい姿勢を見せているようです。芸能事務所等が「わが社から独立したタレントを、メディアに出さないでくれ」と圧力をかけた事例があり、それを問題視しているようです。

タレントには、契約期間が終了すれば移籍したり独立したりする自由があるのは当然で、仮にそれを不当に制約するとすれば、それが問題視される事は当然でしょう。多くのファンたちも、タレントの自由を縛る芸能界の風習があると感じ、それに違和感を持っているようです。

筆者も、タレントの独立を認めるべきだ、という結論に異議を唱えるつもりはありません。ただ、本当にそれで大丈夫なのかという心配はしています。「弱者の保護が弱者を困らせる」という場合も少なくないからです。

たとえば女性の深夜労働を禁止すると「それなら男性を雇おう」という企業が増えて、女性の多くが失業してしまうかも知れません。同様に「移籍を自由化するなら、タレントを養成しない」という事務所が増える可能性があるからです。

■タレントの養成費用を返金させるだけでは足りないはず
日本の企業は、費用を出して社員を留学させる場合があります。終身雇用制ですから「原則として社員は定年まで会社で働き、その間に留学で得た知識等を業務に生かし、会社の業績に貢献するだろう」と考えているわけです。

企業の中には「帰国後数年以内に退職した場合には、留学費用を返還する」という誓約書を書かせている所もあるようです。留学する方も「企業に費用を負担してもらって留学して、帰国後直ちに転職するような場合には、留学費用を返還するというのは自然だし仕方ない事だ」と考えるはずです。

したがって、芸能界にも同様の誓約書が存在する事は自然ですし、それを禁止する必要は無いでしょう。「私を訓練し、メディアに売り込んでいただいた費用は、デビュー後一定期間内に独立する際には返済します」という契約は、問題ないと思います。

問題は、芸能界と一般企業では企業のコスト構造が大きく異なる事です。

■芸能界は大勢を養成して少数で稼ぐビジネスモデル
一般企業は留学帰りの社員がそれぞれに会社に貢献するのが原則ですが、芸能界はそうではありません。

たとえば百人のタレント候補を1人あたり1千万円(全体で10億円)かけて養成(訓練し、メディアに売り込む等)し、99人は売れずに芸能界を去り、1人がヒットして11億円の利益を芸能事務所にもたらす、というビジネスモデルになっているはずです。

そんな時に、ヒットしたタレントが「1千万円を事務所に返すから独立したい」と言い出したら、芸能事務所は困ってしまうでしょう。

「そんな事なら、今後はタレント候補は養成しない」と考える事務所も多くなるでしょう。他の事務所が養成して売れたタレントを引き抜いてくれば良いからです。「2千万円払うから、うちに来てね。1千万円は今の事務所に渡して、残りの1千万円は君の小遣いだ」というわけです。

複数の事務所が引き抜こうとして競争するので、引き抜き費用は上がっていくでしょうが、そのほとんどはタレントの小遣いになり、養成した事務所には入らないでしょう。

そうなると、タレント志望者を養成して売り出す事務所は皆無になるでしょうから、新しいタレントが供給されなくなり、芸能界は高齢化して行きかねません。

場合によっては「1千万円の費用を払ってくれれば養成してあげる」という事務所も出て来るでしょうが、来るのは金持ちの子だけでしょう。100分の99の確率で1000万円損するような賭けをするのは、庶民には到底無理ですから。

そうなると、将来の芸能界は「高齢タレントと、金持ちの子供たち」だけの世界になってしまいます。それはそれで、芸能界のファンとしては悲しいものがあるでしょう。

■インターネットに期待できるか
幸いな事に、誰でも自分の歌等を動画にしてインターネットにアップする事ができる時代となっています。したがって、貧しい人でも歌等が上手ならばネットで人気が高まり、レコード会社の目に止まるかも知れません。

あるいは誰かが才能を見つけて「君に1千万円投資しよう」と言ってくれるかも知れません。もっともその際には、投資の条件が公正取引委員会の怒りを買わない内容である事が必要です。たとえば「どのような活動をするのかは自由だが、今後の芸能活動を通じて得られるすべての収入の半分を投資家に渡す事」といったものでしょうか。

その際、タレントが投資家の事務所に所属していないとすると、投資家がタレントの所得をどのように把握するのか、等の問題はありそうです。これも将来の技術進歩が解決してくれると良いのですが。

今ひとつ、クラウドファンディングのような仕組みが活用できるかも知れません。インターネットで人気が出た「タレントの卵」が、1千人から1万円ずつ調達するのです。1万円の出資者は、そのタレントが将来開花した場合には、開催するコンサートのチケットや発売するレコード等をすべて受け取れる、といった条件でいかがでしょうか。

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塚崎公義 久留米大学商学部教授

【プロフィール】
1981年、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に経済関連の調査に従事した後、2005年に久留米大学に転職。趣味は、難しい事を平易に解説する文章を書く事。SCOL、Facebook、ブログ等への執筆のほか、著書も多数。

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