2022年4月、富士通はジョブ型雇用の対象を全従業員の90%に拡大すると発表した。富士通はすでに2020年4月、管理職にジョブ型雇用を導入しており、それを本格的に導入したことになる。 ジョブ型雇用とは、仕事(ポジション)をベースにその職務に合った人を採用し報酬はその職務のレベルに応じて決める、世界で主流の雇用方法である。 対するメンバーシップ雇用とは、職務を限定せずに採用しさまざまな仕事を経験させ、報酬は担当職務ではなくその人の職務遂行能力に対して支払う日本独特の雇用である。企業側の裁量で職務が決められることから、就職ではなく就社と呼ばれるものだ。 日本は「解雇要件が厳しい」「転職市場が成熟していない」ので難しいといわれるが、ジョブ型雇用はそもそも雇用の入口である新卒一括採用を大きく変えるものだ。卒業後に採用することは変わらなくても、従来型の新卒一括採用が消え、必然的に新しい形になっていく。 すでに始まっているジョブ型雇用で新卒一括採用はどう変わっていくのか。キャリアコンサルタントの立場から考えてみたい。 ■病院では長らくジョブ型雇用 改めて、ジョブ型雇用とは何か。 実は日本でも長年ジョブ型雇用をしている職場がある。それは病院だ。国家資格が必要な職務が多い特殊性を横におくと、病院はジョブ型雇用を簡単にイメージしやすい。 病院の求人にはたとえ新卒であっても「医師なのか、看護師なのか、臨床検査技師なのか、受付なのか」という職務が明記されており、求職者は入職後の仕事が分かったうえで応募する。そのため入職後に「医師として応募したのに受付のポジションに配属になった」ということはないし、病院側の裁量であちこちに異動して受付や看護師やレントゲン技師を幅広く経験しているジェネラリストという人もいない。 賃金は職務内容によって決められているため「同じ時期に入職した同期なのに、なぜ医師の給与が高いのか」と他の職務の従業員が文句を言うこともない、専門職の集まりである。 国家資格が必要な職務の人は、大学で専門を選ぶまたは専門学校へ進学しなければならない ため、高校卒業の時点ですでに将来の職業を決めている。キャリア形成は受動的ではなく、個々人が自律的に考えて作っているといえよう。 以上はあくまで病院の話で特殊なため、ややおおざっぱな比喩かもしれないが、これを一般的な企業にあてはめたのがジョブ型雇用だ。 ■ジョブ型雇用なら年収3000万円超えも ジョブ型雇用では先に席(ポジション)があり、そのポジションに職務がひもづいている。その職務内容の難易度により賃金が決められる。求人は、その職務を明示して出す。 その職務内で上のポジションが空席になった時、そのポジションの職務が果たせると評価されれば昇進するので賃金は上がるが、空席がなかったり、そのポジションに選ばれなかったりすれば他に転職するしかない。 従業員は必然的に市場での価値を意識し、「市場で競争力のあるスキル・経験を積もう」と考えるので、自律的にキャリアを構築することになる。とはいえ、後述するようにデメリットもある。 ジョブ型雇用は富士通の他にもNEC・NTTコミュニケーションズ・日立製作所・ソニー・KDDIなどの企業が部分的に取り入れたり移行を加速させたりしている。 NECは新卒・中途問わず優秀な人材に対して職務に応じた報酬を設定する仕組みを2021年4月入社から導入した。例えば、学生も応募できるデータサイエンティストは、担当で年収450万~600万円、主任で680万~800万円になる。 NTTコミュニケーションズが2019年7月に専門職を対象に導入した「アドバンスド・スペシャリスト制度」は、一般社員とは別の制度で、年収3000万円超えもありうる。 ソニーは2015年にジョブグレード制を導入して賃金の年功的要素を完全になくしており、2019年春入社から新入社員にも職務等級を評価して給与に反映させる。従って同期入社でも1年目から年収に差がつく。 ■ジョブ型雇用の導入が始まった4つの背景 ジョブ型雇用の導入が始まった背景は主に4つある。 1つめは、固定費の増大だ。日本型雇用の特徴である終身雇用や年功序列では、少子高齢化で内需が減り利益が増えないなか、年を経るごとに人件費すなわち固定費が増大するため、企業はこの仕組みを続けることができなくなった。 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、勤続年数が長くなるほど賃金が高くなっている。しかし、2019年の賃金カーブの伸びは、経済発展していた1976年との比較ではもちろん、バブル崩壊後の1995年と比較しても上昇角度が小さくなっている。 2つめはテクノロジーの進歩だ。IT関係の高度人材が必要な場合、需要が高いので高賃金になるが、このようなスキルを持っているのは若手が多く、従来の年功序列が残った賃金体系では採用することができない。「新卒一括採用」でも同様で、入社時の賃金は例えば高卒・大卒でそれぞれが一律だった。これではIT関係の高度人材は、賃金を職務内容の難易度で決めている他社にとられてしまう。 3つめは異動・転勤が企業側の裁量で自由に決められる方式が、若者には受け入れがたくなってきたことだ。入社時の所属が自分で決められないことは俗に「配属ガチャ」と呼ばれモチベーションに強く影響し、年功序列の名残りで中高年の賃金が実際の職務内容の難易度とバランスがとれていないことにも気づいている。個人の価値観も多様になり、「滅私奉公」を前提とした制度は機能しなくなっている。 共働きが増え、親の介護・子育てなどの事情で、ライフプランに大きく影響してしまう転居を伴う転勤を受け入れがたい人もいる。東京海上日動火災保険は2026年度までに、本人の同意がない転居を伴う転勤をなくす方針を決めた。共働きの増加に対応し、優秀な人材の確保と定着を図るためだ。 4つめに、世界展開している企業の場合は特に、グローバリゼーションも無視できない。ジョブ型雇用が世界の主流のため、海外の現地従業員を日本の本社に異動させたり、日本人従業員が現地へ駐在したりする際、特殊な日本型雇用は現地従業員のモチベーションひいてはパフォーマンスに影響を及ぼす。 2020年7月に経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」で日立製作所が発表した資料によれば、ジョブ型雇用への変更の理由として次のものが挙げられている。 従業員が国内に16万人、グローバル連結で30万人おり、海外は大部分がジョブ型の適用であること。グローバルでの事業成長・日本と日本以外の人材のOne Teamでの事業推進を経営課題としていること。グローバルで高度スキル人材の獲得競争が激化していること。これを見れば、グローバリゼーションが大きく影響していることが分かる。 ■ジョブ型雇用で「新卒一括採用」が一変する ジョブ型雇用の導入は、現従業員だけに影響するわけではない。従業員の入り口である新卒一括採用も従来のものではなくなっていく。そしてこの変化が一番大きな変化であると言える。 まずは採用基準が変わる。 従来の新卒一括採用では、一部の理系学生を除き面接でコミュニケーション力・学習能力を、グループワークで協調性やリーダーシップといった汎用的なスキルを重点的に見られた。面接で聞かれることは、俗に「ガクチカ」と呼ばれる学生時代に力をいれたことについてで、仕事とは直接関係のない専門ゼミ・アルバイト・サークル活動などであった。今後は、職務と関連する専門や、学生時代のインターンシップでの成果が問われる。 ジョブ型雇用での採用基準は職務要件にどれだけ合っているかが問われるため、専門知識が必要だ。従来のように人事部の担当者が採用を決定するのは限界があり、採用の決定は、求人を出しているポジションの上司が専門的な見地から判断をすることになる。 職務要件に合う人材を獲得するためには、従来の3月卒業の新卒だけではなく幅広く募集する必要がある。外国人・留学した人・第二新卒も対象に通年採用の割合は増える。現在は政府が発表している3月卒業の就活ルールと併行して企業は通年採用にも人手をさくことになる。 中途採用も同じだ。多様な人材を採用しやすくするため、雇用の流動化を促進するために政府も動いている。厚生労働省の雇用動向調査によると、従業員規模が大きいほど中途採用割合は低い。雇用改革制度の一環として「労働政策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)」が改正され、大企業に対して2021年の4月から中途採用比率の公表が義務化された。 新人研修も変化するだろう。新卒だけをまとめて入社後最初の数か月、一律にマナーから手取り足取り教える研修は、さまざまなバックグラウンドを持って入社した社員にはあてはまらない。研修は、個々の社員のスキル・経験に合わせた専門的なものになっていく。 富士通は教育投資を4割増やし、社員の学び直し(リスキリング)を推し進める。会社の学びのポータルサイトである「FLX(Fujitsu Learning EXperience)」には教材が9000以上あり、社員自らがスキルを選んで学ぶことができる。メルカリは社員の博士課程進学を支援する制度「mercari R4D PhD Support Program」を開始すると発表し話題になった。 では、従来のようなジェネラリストを育成するための採用は全くなくなるかというとそうではない。将来経営に携わる幹部候補生に限り、採用時あるいは20~30代の時期に選抜され、複数の部署を経験させることになるだろう。 富士通にはグローバルに活躍するリーダーのための選抜・研修プログラム「GKI(Global Knowledge Institute)」があり、選抜・育成を行っている。このように、今後は従来の日本企業のように社員全員が役員を目指すかのように同じシステムで育成されるのではなく、幹部候補生は別に選抜・育成されるようになるだろう。 ■インターンシップが採用活動に直結 ジョブ型雇用が導入されると学生・学校にも変化をもたらす。 大学、短期大学、高等専門学校では単位認定されるインターンシップ制度があり7割以上の大学に導入されている。 2022年6月13日には文科省・厚労省・経産省による「インターンシップを始めとする学生のキャリア形成支援に係る基本的考え方」が改正された。これにより、以前はインターンシップで得た学生の情報を広報や採用で使用することを禁止されていたが、2024年度以降の卒業・修了予定者の就職・採用活動では、採用活動開始後に活用可能になる。 インターンシップを取り入れる企業も、参加する学生も増加するだろう。 中学生・高校生へのキャリア教育の重要性も高まる。学生にとっては、仕事の需要が高いIT関連の学部はすでに人気だが、新卒が一律の給与ではなくなることから、この傾向はますます顕著になる。 人材不足のため、プログラミングは2020年度に小学校で必修科目になり、2021年度に中学校では拡充され、2022年度から高校で情報Iが新設されて必修科目になった。今後IT関連の潜在労働力は増えていく。 ■今後の課題 ジョブ型雇用にはもちろん課題もある。 企業にとっては、従来の日本型雇用には「人材マネジメントがしやすい」というメリットがあった。ポジションが空いた場合、企業のカルチャーをすでに持っているジェネラリストを、人事の裁量で転勤を命じて補充できた。ジョブ型雇用では、そのポジションの職務要件に合う人材を社内または社外から募集し、社内あるいは労働市場から他社と競争して獲得することになる。労働市場からの獲得にはコストがかかる。 優秀な人材を労働市場から獲得するということは、企業文化のうち何を残すのかも課題だ。自社から他社へ転職する社員も増えるので、引き留めるために、社員が成長できる環境を作る必要がある。優秀な人に戻ってもらうため、アクセンチュア・楽天など、一度退職した社員に再び入社してもらう制度を作った企業もある。 新卒の学生にとっては、従来は「就職」というより「就社」して、人事により配属された部署でゼロから仕事を覚えてスキルをつけることができた。ジョブ型雇用では職務要件が決まっているため、早期に自律的に将来の職業について考えることになる。大学の専門課程も将来の職業をにらんで選択する必要がある。 新卒に対して急に専門職での求人をされても困る、という問題もある。KDDIは、新卒社員から一律の初任給制度を撤廃し、ジョブ型雇用を推進しているが、新卒採用については職務を限定しないOPENコースと、限定したWILLコースに分けた採用をしている。NTTコミュニケーションズも、事業によりそれぞれ総合エントリーと専門エントリー、オープンコースとWILLコース、と合格した配属やポストを約束したコースをもうけてソフトランディングを試みている。 採用・雇用の多様性はすすんでおり、政府も企業も対応を始めている。従来は、労働者のキャリアは、企業の人事命令による配属先で努力するという、どちらかというと受け身で形成されていたが、今後は自律的にキャリアを考え行動することになる。 自律的というと大変なようだが、従来のようにいわゆる新卒カードを使える時に就職(実際には就社)した企業が一生を決めてしまうこともなくなり、キャリアの可能性が広がる。 海外の先進国のように、大学での専門が職業に直結するようになるかもしれず、就職活動の時点で突然仕事のことを考えるやり方ではなく、中学校・高校での早い段階でのキャリア教育も重要になるだろう。 【関連記事】 ■リファレンスチェックとは?誰に何を頼んだらいい?エージェントや応募企業から言われたら。外資系転職の経験談 https://fuku5.com/archives/1856 ■転職活動で聞かれる「現在の年収」はどうやって計算すればいい? https://fuku5.com/archives/9257 ■「45歳定年」でも生き延びる独学キャリアアップ術 (東福まりこ 転職カウンセラー) 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