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読まれる文章を書く。

これは情報発信をする上で最も重要なテクニックです。現在は個人でも企業でも、ブログやSNS、オウンドメディア、noteなど多数の手段があります。動画や写真による情報発信もすでに多数活用されていますが、やはり基本は文章です。

筆者は士業や専門家に執筆指導をしてすでに7年経っていますが、伝わる文章の書き方、読まれる文章の書き方、その答えは東大受験をテーマにした漫画・ドラゴン桜に載っています。

※記事中の画像引用・三田紀房『ドラゴン桜』5巻(44回~46回)、講談社、2004/10/22

FPである筆者は以前、東洋経済で住宅ローンに関する記事を書きました。

この記事は幸い多数の読者に読まれてアクセスランキング一位になりましたが、記事の中には大量の「ツッコミ」があります。以下はその一部です。

>住宅購入で多くの人が勘違いしていることに「短期間で返済することが正しい」というものがある。
>グラフにしてみたときには「なんだかおかしい」と感じる人も少なくないかもしれない。
>「うちは収入が高いから大丈夫」と考えて短期間でローンを組むとどうなるか。
>多くの人が勘違いしているが、お金を借りられること、そしてゆっくり返していい状況は借り手の権利であり利益、つまりメリットだ。

どれも筆者の意見ではなく、記事を読んだ読者の頭に浮かぶであろう考えをあらかじめ織り込んでいます。その上でこれらのツッコミ、疑問、批判に対して「自分はこう考えている」という回答を書いています。

読後に疑問や不満が残らないように、先回りして読者のツッコミを挙げて回答しているわけです。ツッコミと回答は言いかえれば読者とのコミュニケーション、キャッチボールです。

■説得力はコミュニケーションから生れる
以前、自分が運営するメディアの書き手から、中嶋さんの記事は妙な説得力がある、どんな書き方をしているのか?と問われて回答に詰まったことがあります。分かりやすく書いてるつもりだけど、妙な説得力ってなんだ?と自分が何をやっているか自覚してなかったわけです。

それからしばらくしてドラゴン桜を読んでいると、五巻から登場する国語教師・芥山の授業で行われた小論文のテストで「電車で優先席は設けることの是非を論じなさい」というテーマが取り上げられていました。自分はこのテストの説明で「説得力はコミュニケーションから生れる」ことに気づきます。

作中で生徒が書いた回答は要約すると以下の通りです。

「優先席は必要ない。優先席があれば自分が席を譲らなくても良いと考える人もいるかもしれない。優先席がなければ皆が自然と譲り合うようになる。皆が思いやりを持って譲り合う社会になるべき」

さほど間違っているようには見えませんが「0点に近い」「まだそのレベルか」「子供の作文」と酷評されます。そして一番の問題点が「客観的ではない」という指摘です。

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問題の指示は、あなたの意見や理想の状況を書けという問いではなく「論じなさい」です。様々な意見や理不尽な現実がある中でどうすればいいのか、どうあるべきなのか、「客観的」に考える。それが「論じる」です。

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客観的とは、ファクト・データ・ロジックなど、誰が見ても変化の無い事実をベースに論じる事です。誤解の無いように説明しておくと、これは唯一の正解があるという意味ではありません。例えば経済学者のような専門家でも消費税は賛否があるように、論じる際に重要な事は、まずは答えよりも客観的な事実に基づいていることです。

従って結論は優先席が必要でも不要でもどっちでもいいわけです。重要なことは結論を導くまでのロジックや根拠の示し方、つまり「いかに客観的に論じるか?」です。意見や感想、思っている事をなんとなく書くだけならSNSやブログに書く日記と同じです。専門家の情報発信として何の価値もありません。

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先に紹介した東洋経済の記事で伝えたいことは「住宅ローンは繰り上げ返済をせず手元にお金を残した方が良い、なぜなら損得より手元にお金を残すこと、企業経営で言う『資金繰り』が重要だから」という内容です。

自分はこれが正しいと思っているわけですから、この主張の正しさを補強するために大量の異論・反論を記事の中であらかじめ自分自身にぶつけて、それに対して客観的な事実に基づいて回答をしています。これが結果的に説得力を上げて読者を納得させることに成功した理由です。

ドラゴン桜でも「反論を用意すると客観的になりやすい」と説明されている通り、一方的に説明するだけではロジックに穴が出来てしまいます。

■池上彰さんもキャッチボールで理解度を上げている。
東洋経済の記事はドラゴン桜を読んでコミュニケーションが重要であると気づく前に書いたものです。どうすればより読者に理解して貰えるだろう? 分かりやすくなるだろう? と無意識にやっていたことです。後になって読み返して、こんなにたくさんキャッチボールをしていたのかと自分で驚いたほどです。

無意識に書いてた俺スゲー!と自慢をしたいわけではなく、執筆指導をしていると、このように「無意識を意識」することは多々あります。

これは記事を書く上で非常に重要な事です。無くて七癖という諺どおり、知らぬ間に執筆でクセが出ることは必ずあります。それを自分で理解・認識して意識化する、そして悪いクセを出さず文章をコントロールできるようになる、これが書き手として最終的な到達地点です。

記事を書きながら「この部分は異論・反論が出るだろう、じゃあもう少し丁寧に説明しておこうか」と考える……これは書き手として当然の発想です。ただ、そこでムキになって過剰に細かく説明するのではなく、異論・反論を織り込んでそれに答える形にすることで、読みやすさや理解度は大きく変わります。

つまり一方的に説明や主張をするのではなく……

主張・説明→(読者から想定される)反論・批判・疑問→回答

……と、こんな形にすれば良いわけです。一直線に進むのではなく、「三歩進んで二歩さがる」、そんなイメージです。分かりやすい文章はこれを繰り返すだけです。

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池上彰さんの決め台詞で流行語にもなった「良い質問ですね」という言葉があるように、「説明→質問→回答」という流れは分かりやすい説明として鉄板の流れです。

池上さんの場合は「池上解説」ですから、教える要素が強めで論じる形にはあまりなっていません。これは番組の目的が論じる事ではないからです。池上さんが受けるのは反論や批判ではなくあくまで質問です。

ただ、一方的に話すのではなく質問やツッコミに回答する形で視聴者の理解度を深めながら進めていくスタイルは、キャッチボールをする、三歩進んで二歩下がる、という記事の書き方と全く同じです。

■専門家の記事が編集者に嫌われる理由
キャッチボールやコミュニケーションと真逆の手法が、一方的に専門知識をただ正確に解説して終わりという書き方です。これは専門家が陥りがち、というより必ずやってしまうダメな書き方の典型です。分かりにくい、難解、つまらないと烙印を押されてしまいます。要するに専門家の文章は編集者に嫌われています。

なにより一番の問題は、専門知識の披露は同業他者でも出来て、ググればすでにネットにあるため、「わざわざあなたが書く必要はあるの?」ということになります。

読者はつまらない&分かりにくい記事を読む義理はありません。つまりコミュニケーションで読みやすくする書き方は専門家にとって読者を引き付ける必須のテクニックと言えるわけです。

正確に解説して何が悪いのか?と思った方もいるかもしれませんが、正確さは最低限の条件、編集者が求めるのは正確でなおかつ面白い記事(読まれる記事)です。難しい事を書いたらいけないという意味でもありません。むしろ専門家は難しい事を書くべきです。難しい事を分かりやすく、面白く書くことに専門家の存在意義があります。

ちなみに前の段落冒頭の「正確に解説して何が悪いのか?」の箇所もキャッチボールです。コミュニケーションは1本調子になりがちな文章にリズムを作る事も可能です。

どんな記事を書けば良いのか混乱してしまう人も居るかもしれませんが、少なくとも専門家に求められている事は一方的な専門知識の解説ではないわけです。

■論じる意味を考える
論じるという面倒な事をやるべき理由も考える必要があります。ドラゴン桜では小論文の問題を解説するページで、優先席の是非が重要なのではない、優先席の是非を論じる事を通じてその裏にある本質的な問題を考えることが本来の目的、と説明されています。

東洋経済で書いた住宅ローンの記事も、繰り上げ返済の解説だけが目的ではありません。「繰り上げ返済はお得である」という思い込みを壊して、個々のライフプランに合わせて返済を考えるべき、従来家計で考慮されなかった「資金繰り」の重要性を読者に伝えたい、これが本来の目的です。

論じる意味が空っぽであれば、どんなに専門知識を解説した所で、読者にとっては「だから何?」とスルーされるだけです。

■読むことは書くこと、そして考えること。
このような書くテクニックは、実は思考術でもあります。

ドラゴン桜では優先席の課題に先立って、国語教師の芥山が生徒を町に連れ出します。そこで英語や中国語、韓国語で書かれた駅の標識を見せて、なぜこのような標識があるのか? と問いかけます。生徒がそりゃ日本に来る外国人が増えたからにきまってるじゃんと答えると、ではなぜ外国人が増えたのか? と更に問いかけます。

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なぜなぜってそんなのどうでも良いと生徒が答えると、「だからあなたはバカなのだ!」と指摘されてしまいます。

駅の標識のように、表に現れる現象は誰でも目に入ります。ニュースを見れば何が起きてるかも分かります。今ならコロナウイルスが原因で様々な問題が起きている事は小学生でも知っています。

ただ、そこからさらに深掘りしてなぜ? と考える事がキャッチボールのスタートです。ドラゴン桜で正しく読む事は著者とのキャッチボールである、と説明されている通り、専門家は深く読み込むことで表面的な出来事の裏にある意味や意義を読み取り、それを多くの一般読者に伝える責任があります。そして、そのために必要なことが、国語教師の芥山が言うように、「常になぜという『疑問』を持つこと」です。

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表に出てきた問題はあくまで「結果」です。なぜ?という疑問・問いかけはその結果が起きた「原因」を考えることです。これを理解していない人は、「表に出てきた結果」を「原因」と勘違いして浅い議論しかできません。

■キャッチボールは二人で行うが、書き手がリードする。
すでに書いたように文章を書くことも読者とのキャッチボールです。キャッチボールは読み手と書き手、どちらが行うべきなのか?と混乱するかもしれませんが、いうまでもなくキャッチボールは二人でやるものですから、読み手と書き手の両者が行うもの、という答えになります。

ただし、能動的な読者ならば自らキャッチボールをして書き手の意図を読み取ってくれるかもしれませんが、ほとんどの読者はそうではありません。したがって書き手は読者がキャッチボールを出来るように、サポートをする必要があります。それが筆者が東洋経済で書いたようなツッコミ=読者の感じた疑問、異論、批判を文中に取り込むことです。

ある意味で「自作自演」ですが、専門家知識の無い読者は必ずしも深く読み込むことはできません。そうであればキャッチボールを見せる事で読者が疑似的にキャッチボールをしているように感じさせる、つまり一方的な説明ではなく、TVで池上解説を見せるように行ったり来たりのやり取りを読ませて分かりやすくすれば良いわけです。

■「論じる」ことは簡単に見えて難しい。
論じる、そして論じる意味を考える……簡単だと思った人は実践してみて下さい。かなり難しいと思います。自分は各種の専門家や士業、大学教授等に執筆指導をして来ましたが、これが最初から出来ている人はほぼゼロでした。

そんな難しい事は真似できないと思った人は認識として正しいと思います。この話は執筆指導の中でも最後に学ぶ応用編です。いきなり実践はまず無理です。なぜならこれはただの文章テクニックではなく、考えながら、書きながら考えを深めていく思考術でもあるからです。

このような文章の書き方は、専門家が書きがちと指摘した専門知識の一方的な解説と全く違う事は分かって頂けると思います。

※執筆にあたってドラゴン桜・五巻の画像は以下のページより借りました。休校になった子供向けに向けて家でも楽しく学べるように、モチベーションを維持出来るようにと1巻から11巻まで無料公開されたとの事です(3/31までの予定)。読まれる文章を学びたい人にとっては、大袈裟ではなく五巻だけで100万円分の価値があります。画像のおかげでこの記事をより分かりやすく書けましたので、作者の三田紀房さん、『ドラゴン桜』編集チーム、講談社に感謝します。

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