■それは日銀によるサプライズから始まった。 住宅ローンに大きな変化が訪れている。 きっかけは日銀が金融緩和を縮小し、長期金利の許容幅を0.25%から0.5%へと引き上げて事実上の利上げをした事によるものだ。金融の世界で「サプライズ」と呼ばれる、予想と異なる大きな変化に株式市場や為替市場も大きく反応している。 金利の変化が日常生活で一番大きく影響を与えるものは住宅ローンだ。特に金利上昇により変動金利は大丈夫なのか? 金利が上がるのではないか?と多くの人が心配している。 筆者はつい数日前、以下のようにTwitterに書き込んだ所(筆者にしては)イイネ・リツイートが多数ついた。記事を全部読むのが面倒な人はこれが要約だと思って貰って間違いない。 『長期金利の上昇は住宅ローンの変動金利には関係ありません。 関係あるのは「いつか変動金利が上がったら固定金利に借り換えよう」と考えている人の資金プラン。金利上昇リスク、借り換えが出来ないリスク、変動金利が上がる時は固定金利はとっくの昔に上がってるリスク、変動金利のリスクはこの3つ。』 ウェブや書籍で情報を集めている人ならば、住宅ローンの変動金利は長期金利と直接関係ない、変動金利は短期金利に連動する、変動金利は半年に一回見直される、返済額は5年に一回見直される、どんなに金利が上がっても返済額の上昇は一回で125%まで、といった基本的な事はすでに知っていると思うので説明は省く(不明な場合はググって下さい)。 多くの人にとって重要なことは、こういったググれば出てくるウィキペディア的な知識ではないはずだ。 すでに借りている人ならば、今後変動金利はどうなるのか? 固定金利に借り換えすべきなのか? するとしたらいつがいいのか? これから借りる人ならば、変動金利と 全期間固定金利のどちらが良いのか?という選択だろう。 住宅ローンの金利選択は、長年半数以上の人が変動金利で借りているのが実態で、2022年4月の調査では73.9%が変動金利で借りている。そう、変動金利でローンを組んでいる人は圧倒的な多数派ということになる。(住宅ローン利用者の実態調査 住宅金融支援機構 国際・調査部 2022/06/28)。 変動金利の動向を心配している人へのアドバイスはツイートの通りだが、もう少し丁寧な説明も必要だろう。 筆者は「損得よりリスクと資金繰りが重要」という視点から住宅購入を検討している人にアドバイスを提供している。固定と変動はどちらがお得ですか?という質問には「変動金利と固定金利の違いは損得の違いではなくリスクの違い」とずっと説明してきた。これは今後も変わらない。 筆者はFPとして共働きの夫婦向けに住宅購入のアドバイスを提供し、住宅ローンに関する書籍を日経BPから出している。 保険を売らず、住宅ローンの仲介や紹介もせず、金融機関や不動産会社の仕事はセミナー・広告等も含めて全て断り、有料相談のみを提供している……そんなFPの立場から変動金利と借り換えについて客観的なアドバイスを書いてみたい。 ■三つのリスクは相互につながっている。 変動金利には以下のような三つのリスクがあると説明したが、それぞれが独立したリスクではなく相互に強く影響している。 ・金利上昇リスク ・借り換えが出来ないリスク ・変動金利が上がる時は固定金利はとっくの昔に上がってるリスク、 「金利が上がったら固定金利に借り換えれば良い」 これは変動金利で借りている人の多くが考えている事だろう。しかし、金利上昇リスクに借り換えで対応することは二つの点で問題がある。 一つは借り換えが出来ない場合があること、もう一つは借り換えのタイミングが極めて難しいこと……と、残り二つのリスクが金利変動リスクと直接的にかかわる。 まずは借り換えが出来ないリスク、これは新規にローンを組めないケースと基本的には同じだ。 病気で団信の審査が通らない、収入が少なくて借りられない=借り換えならばローン残高に対して収入が下がっている、クレジットカードや奨学金等の延滞で信用情報に傷がついている、といったケースだ。 借り換えであっても借り換え先の金融機関期間にとっては新しい貸し出しで、他行で借りていたことは全く関係ない。住宅購入時に健康で収入に問題が無くても、借り換えの際に問題があれば断られることは当然ある。 信用情報に傷がつくケースはうっかりミス等も有り得る。必ず借り換えが出来る前提でいることは間違いだ。 ■借り換えのタイミングは株の売買と同じ。 借り換えのタイミングも非常に難しい。固定金利が先に上がる性質が加わることでなおさら難しくなる。 例えば0.3%の変動金利でローンを組んだ人が、「今の固定金利は低い銀行でも1.3%くらいか。じゃあそれを目安に1.3%まで上がったら固定金利に借り換えよう」と考えるとどうなるか。 変動金利が1.3%に上がる頃は、固定金利はそれより1%以上高くなっていてもおかしくない。筆者は借り換え戦略を考えている人に、固定金利へと切り替えるタイミングの難しさについて、以下のように説明する。 「株は買う時より売る時の方が難しいと言われているように、借り換えも同じです。損をしたらいつか買値に戻るまで待とうと思うものだし、大儲けした場合ももっと値上がりするかもしれないと思ってしまう。特に固定金利への借り換えは損を確定させる行為なので非常に難しいんです。支払い額は確実に増えますから」 例で挙げたように、変動金利が1.3%に上がったとしてもそれで金利が止まるわけではない。その後さらに上がるかもしれないし下がるかもしれない。損をした株の売却を「損切り」と呼び、損切りが出来ず(いつか値上がりすると思って)ずっと持ち続けることを「塩漬け」と呼ぶ。 こんな言葉があるくらい損切りは難しく、塩漬けも珍しくない。株の損切りを変動金利のローンに置き換えると固定金利への借り換えとなる。なぜなら金利変動リスクがその時点で無くなり、なおかつ金利が上昇=返済額の増加を意味するからだ。 ■借り換えのストレスは極めて大きい 現在、変動金利は全く上がっておらず、少なくとも短期的に上がる気配もほぼゼロといって良い。しかし0.25%から0.5%へと日銀が長期金利の上昇をわずかに容認をしただけで「実質利上げ」と大騒ぎになり、日銀は利上げではないと火消しに躍起になっている。 住宅ローンの比較サービスを提供する「モゲチェック」は借り換えを検討するユーザーのアクセスが殺到し、サーバーが一時的にダウンしたと報じられている。変動金利でローンを組んでいる人の中にはパニックに陥っている人もいるかもしれない。 可能性が報じられただけでここまで騒ぎになることを考えると、もし実際に変動金利が上がったらどれだけの大騒動になるか? それがほんのわずかな上昇であっても、冷静に対応できる人ばかりとは到底思えない。現に「長期金利が上がっても変動金利に影響はないと聞いてホッとした」というSNSの書き込みを筆者は多数見かけた。 筆者は借り換え戦略を考えている相談者に「借り換えのタイミングは変動金利の上昇ではなく固定金利の上昇を見るべき、なぜなら『逃げ先』である固定金利が先に上がるから。変動金利が上昇してから借り換えるのは手遅れかもしれない」と説明している。予防的に早めの借り換えをするべきという話だ。 とはいえ、これは理屈の上で正しくても実際にやれる人はごく少数だろう。現在の状況を見ても分かるように、固定金利だけが先に上がって変動金利に変化はない。金利上昇の懸念は杞憂に終わる可能性も高く、慌てて借り換えをすれば大損する可能性もある。 こんな状況で確実に数百万円も支払いが増加する借り換えの意思決定をしなくてはいけない、と考えればその難しさとストレスは極めて大きい。それがどれくらい大きいかは現在のプチパニックを見れば分かってもらえるだろう。 ■変動金利は資産運用である。住宅購入も資産運用である。 筆者はFPとして資産運用のアドバイスも行っているが、変動金利は借り手が金利変動リスクを負って、その対価として支払い額を減らす、つまりリスクを取ってリターンを得る仕組みで、これは資産運用の側面が非常に強い。金利が上がらなければ固定と変動では支払い総額が数百万円も違うケースは珍しくない。それ相応のリスクがあるのは当然、という説明になる。 冒頭で「変動金利と固定金利の違いは損得の違いではなくリスクの違い」と書いた。何を当たり前の事を偉そうに、と思った人もいるかもしれない。ただ、変動金利に資産運用的な側面があり、そのリスクとリスクを扱う難しさを考えれば、この言葉に込めた意味も理解してもらえるのではないかと思う。 変動金利のリスクに今になって慌てている人は、こういったリスクを認識しないままローンを組んでいた事になる。銀行も不動産会社もそんな話はしてくれなかったと腹を立てるかも知れないが、そしてそれは当然の苛立ちではあるものの、残念ながら投資と同じく住宅購入もローンの選択も自己責任だ。 筆者は住宅購入を検討している人に対して、家を買う事は不動産投資である、なぜなら不動産を取得してそこからメリットを得ることは不動産投資と同じだから、そして投資には必ずリスクがある、と説明している。 マイホームの購入と不動産投資の違いは自分が住むか人に貸すかだけだ。低金利や減税で自宅として買うメリットは多数あるが本質は全く同じと言っていい。 変動金利を検討している相談者には、不動産投資のリスクに金利変動リスクまで背負うのは「もしかしたらやり過ぎかもしれないですね」と伝えることもある。 ■住宅ローンは金額をコントロール出来ない。 住宅購入も変動金利も投資である、という視点で考えると、最も重要かつ深刻なリスクは「金額をコントロールできない」ことだと分かる。 株式投資ならいくら投資をするか金額を自由に決められる。途中でヤバいと思ったらいつでもやめられる。しかし住宅ではそれが出来ない。一度ローンを組めば売却や買い替えをしない限り、家に投じた金額を変更することも、放り出すことも出来ない。 これから購入する人は予算を変更出来るが、実際は「この場所にこのくらいの広さの家を買いたい」と決めれば金額はある程度決まってしまう。不動産が市場で売買されている以上は相場を無視出来ない。 予算を大幅に減らそうとすれば購入プランはゼロから考え直すハメになる。筆者の相談経験からさらに言ってしまうと、収入と仕事とプライベートのバランスから決めた住宅購入のプランは、ライフプランとも密接にかかわることからおいそれと変更もできない。 ■資産運用の視点で住宅を考えるとどうなるか? 資産運用では「配分」でリターンのほとんどが決まるという考え方がある。これをアセットアロケーション・資産配分と呼ぶ。資産運用のリターンを決める要素は、選択・タイミング・配分と三つあるが、株であればどの会社の株を買うか、いつ売買をするかよりも、資産に占める株の割合がリターンをほぼ決めてしまう。 株の保有割合が資産全体の1%で残り99%が貯金ならば、どんなに株価が乱高下しても保有資産に与える影響はゼロに近いが、資産が100%株ならばわずかな株価の上下で資産総額が乱高下するからだ。 そしてアセットアロケーションで、リターンはもちろんリスクまで決まる。資産運用はアセットアロケーションで決まる、と言っても過言ではない。 この考え方を住宅購入と住宅ローンに当てはめるとどうなるか。 住宅購入については売却しない限り途中で逃げられず、一部売却といった細かなリスク調整が出来ず、金額が大きく保有資産の大半が不動産になってしまう。大家と入居者が同一人物で空室リスクが無いことを除けば、住宅購入のリスクは不動産投資のリスクそのものであると分かる。 変動金利のローンも、家を売却しない限り途中で逃げられない、半分に減らすといった細かなリスク調整がやりにくい、借り換え出来ないリスクがある、固定金利に借り換えると金利が上がる、金額が大きく金利上昇時の影響が極端に大きい、とハイリスクハイリターンであることが分かる。 つまりリスクコントロールの要であるアセットアロケーションが、住宅や変動金利ではほぼ何もできない。 変動金利だけじゃなくて住宅購入のリスクまで含んでるじゃないか、と思ったかもしれないが、二つのリスクが重なると、リスクがより大きくなると説明した通りだ。 ■変動金利は「損得」で考えても答えは出ない。 借り換えや金利の選択で迷うことは何らおかしくないが、大抵のケースで抜けている視点が、繰り返し説明した「リスク」だ。 変動金利が低い理由はリスクの裏返し、リスクとリターンはセットという視点からスタートすれば、変動金利に関する悩みは資産運用で発生する悩みと同じだとわかる。 株式投資は将来を予想して当たるか外れるかにお金を賭けるゲームではなく、将来がどうなるか「分からない事」を前提に、可能な範囲でリスクをとってリターンを追及する行為である。 >今後変動金利はどうなるのか? 固定金利に借り換えすべきなのか? するとしたらいつがいいのか? 冒頭に書いたこれらの疑問も、そして固定金利の推移も、将来どうなるかは分からず、「分からないこと」を前提に判断する必要がある。 答えがわからない状態で判断をするにはリスクを見ればいい。株式投資で損切り=値下がりした銘柄の売却を行えば、利益を得る可能性を失うが、同時にそれ以上損をする可能性も消える。つまり損失が確定してリスクが消える。 変動金利が今後、いつどれくらい上がるかは分からなくても、固定金利に借り換えた際の支払い額は金利から簡単に計算できる(もちろん借り換えが出来ればの話)。 おそらく執筆時点の固定金利で計算しても、こんなに支払い額が増えたらたまったもんじゃないという人がほとんどだと思うが、それは基準を置く場所が間違っている。株で大儲けすることを前提にライフプランを考える人がいないように、変動金利による少ない返済額はあくまでリスクをとった恩恵、リスクの裏返しであり、それが35年先まで必ず続く前提の方に無理がある。 変動金利や借り換えについて、何か画期的な知識やノウハウを期待してこの記事を読んだ人には申し訳ないが、そういうものは無いです、なぜならそれは「絶対に儲かる投資術」と同じだから、という説明になる。 そして、もしこの記事が変動金利の否定と捉えられたなら、それは筆者の文章力に問題があっただけという事も書き添えておく。変動金利と固定金利はハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンの関係にある。貯金と株に優劣がなく性質が違うだけ、ただリスクとリターンが異なるだけ、という関係と同じだ。 変動金利に関する判断材料は筆者なりにすべて提示したつもりだ。最後の判断はお任せします、と伝えてこの記事を終えたい。 *本稿では現金払いで買えるほど貯金が極端に多いケースなど、特殊な事例は除外した。一つとして同じ不動産が無いように、個々のライフプランは全てケースバイケースであることも書き添えておきたい。 【関連記事】 ■漫画「ドラゴン桜」の国語教師に学ぶ、読まれる文章の書き方。(中嶋よしふみ SCOL編集長) https://sharescafe.net/59893646-20221108.html ■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか? 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