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【連載】相続専門税理士 古尾谷裕昭が解説する知っておきたい相続の知識[vol.6]
相続税対策として贈与は有効な手段の一つです。相続時と贈与時のそれぞれに税金がかかりますので、トータルでかかる税金をいかに低く抑えるかがこれまでも考えられてきました。

しかし、その前提となるルールが令和5年度の税制改正で変更となります。贈与の2つの選択肢である暦年贈与と相続時精算課税制度に大きな変更があったのです。

この変更により、人によってはこれまでの最善の選択肢が変わる可能性が出てきます。一体、どちらの課税方式で贈与を行った方が節税につながるのでしょうか? 税理士の立場から、ケース別に解説をしていきたいと思います。

■贈与における2つの選択肢
そもそも、贈与には2つの選択肢があります。

一つは比較的知られている暦年贈与。贈与税の基礎控除を利用した方法です。

贈与税には基礎控除が設けられており、受贈者(贈与をもらう人)1人あたり、毎年110万円までが非課税となります。暦年贈与を上手く使って贈与していけば、少しずつ相続財産を減らしていくことができ、相続税対策として有効です。

もう一つの選択肢が、相続時精算課税制度です。

相続時精算課税を選択した場合、2,500万円までの贈与は贈与税が課税されません。しかし、贈与した人が亡くなった場合は、相続時精算課税制度を利用して贈与した財産を、全て相続財産に足し戻して、相続税を計算することになります。

これまで相続時精算課税は「贈与税の支払いを相続時に先送りしているに過ぎず、財産が相続税の基礎控除以下の場合にしか節税効果がない」といわれてきました。

それぞれの制度と変更点についての詳しい解説は、以前執筆した下記の記事を読んでもらえればと思いますが、これまではどちらかというと暦年贈与の方が使い勝手が良かったといえます。
(参考:定番の相続税対策「暦年贈与」の効果が今後は薄まる理由(古尾谷裕昭 税理士)2,500万まで贈与が非課税になる「相続時精算課税制度」税制改正で使い勝手が向上 (古尾谷裕昭 税理士)

■税制改正で一概に暦年贈与の方が有利とは言えなくなる
これまでは相続時精算課税制度を利用して贈与した財産は、贈与した人が亡くなった際に全て相続財産に足し戻す必要がありました。

しかし今回の税制改正により、相続時精算課税制度にも暦年贈与と同等の基礎控除が創設されました。基礎控除110万円以下の贈与は持ち戻されないことになり、相続税の基礎控除を超えて財産のあるケースであっても相続税の節税効果を持つことになります。

また、暦年贈与にも今回の税制改正によって増税となる変更が加えられます。

現行では、相続開始前3年以内の暦年贈与分については、亡くなったときの財産に戻され、相続税の課税対象になりました。相続税負担を軽くするための、亡くなる直前の駆け込み贈与を防止するための規定です。

このいわゆる「持ち戻し期間」が、今回の税制改正で7年に延長されることになったのです。つまり、亡くなる前7年の贈与が相続財産に加算されることになり、結果的に相続税の増税となります。

これらの変更により、一概に暦年贈与の方が有利とは言えなくなりました。

■結局どちらの選択肢が有利なのか? ケーススタディ
では、結局どちらの選択肢が有利なのでしょうか? たとえば亡くなった時点で2億円の財産があるAさん(配偶者なし・子2人)について、ケース別に考えていきたいと思います。

(1)贈与の総額が相続税の基礎控除以下の場合
基礎控除額と同額の110万円を10年間贈与した後に相続を迎えた場合、暦年贈与は相続発生前7年分の770万円を持ち戻しますが、相続時精算課税制度は持ち戻す額はありません。つまり、基礎控除額以下での贈与であれば確実に相続時精算課税制度の方が節税効果が高いことになります。

【税負担額】相続時精算課税制度 < 暦年課税

(2)贈与税の基礎控除を超えた贈与の場合
では、贈与税の基礎控除を超えて贈与した場合はどうなるでしょうか。

相続時精算課税制度では、2,500万円を超えて贈与した場合、超えた金額に対して一律20%の贈与税がかかります。この贈与税額は相続税額から控除することができ、相続税額の方が少ない場合は還付されます。

よって、たとえば年間400万円を10年間贈与した場合、10年間の税負担総額は相続時精算課税制度の場合4,210万円、暦年課税の場合は4,250.5万円となり、暦年課税の方がわずかにですが税負担が大きい結果となりました。

【税負担額】相続時精算課税制度 < 暦年課税

(3)贈与税の基礎控除を超えて長期間贈与する場合
10年間の贈与の場合、あまり差がないように感じますが、10年を超えて長期間贈与をする場合にはもっと違った結果になってきます。

長期間贈与をする場合には、暦年課税における持ち戻されない金額が増えることになりますので、暦年課税の贈与は相続財産を減らし相続税の圧縮効果があるのです。

たとえばAさんが年間400万円を13年間贈与した場合、相続税と贈与税の負担総額は相続時精算課税制度が4,471万円、暦年贈与が4,351万円となり、暦年課税が有利となります。

相続時精算課税制度の場合、基礎控除を超えて贈与した場合持ち戻す額が贈与年数の増加と比例して増えますが、暦年課税の場合、相続開始前7年を超えた贈与は持ち戻す必要が全くないため、相続財産を減少させる効果が出てくるのです。

【税負担額】相続時精算課税制度 > 暦年課税

■今後取るべき対応策は
ここまで解説してきたことから、

・贈与額が贈与税の基礎控除以下の場合は相続時精算課税が有利
・贈与税の基礎控除を超えて長期間贈与するのであれば、暦年課税による贈与にした方が有利

といえます。富裕層であり、贈与者が若い場合には、暦年課税にて贈与する方が節税効果が高いということになります。

暦年課税で贈与し続けてきた贈与者が老齢化した場合には、相続時精算課税制度に切り替えて贈与することで、相続開始前7年以内の贈与であっても基礎控除分を持ち戻さなくてすみます。時期を見計らって相続時精算課税制度を選択するという方法も選択肢の一つと言えるでしょう。

また、暦年課税において持ち戻す財産は、相続又は遺贈により財産を取得した人に対しての贈与財産であり、相続人であっても相続のときに財産を取得しないと明らかな人や、養子縁組をしていない孫や嫁、代襲相続人ではない孫のような人への贈与は持ち戻す必要がありません。

持ち戻しがないならば暦年課税での贈与の方が有利となりますので、孫への相続時精算課税制度の適用には注意してください。

通常、基礎控除110万円以内の贈与にて節税効果を狙うパターンが多いと思われますので、相続時精算課税制度を利用して暦年課税による持ち戻し7年を回避した方が有利になると予想されますが、相続時精算課税制度は一度選択すると二度と暦年課税に戻ることはできません。

相続税のシミュレーションをした上で、また、今後税制が変わることもあり得ることを考慮しつつ決定をする必要がありますので、贈与の際には税理士を始めとする専門家に相談した方がよいでしょう。

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古尾谷裕昭 税理士 ベンチャーサポート相続税理士法人代表税理士

【プロフィール】
1975年生まれ、東京都浅草出身。2017年にベンチャーサポート相続税理士法人設立。相続専門の司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社・保険販売代理店・金融商品仲介業者からなるベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を代表税理士として率いている。10万人のチャンネル登録者数のYouTube『相続専門税理士チャンネル』を運営。

URL https://vs-group.jp/sozokuzei/supportcenter/

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