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2023年3月7日、イギリスの公共放送局であるBBCで「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」と題された番組が放送された。ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏による性加害を元所属タレントが告発する衝撃的な内容だ。

この放送から端を発した告発騒動で、元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏が4月12日に会見、ジャニーズ事務所はこれを受けて4月13日に各社の取材へ回答する。そして5月14日の夜、現社長である藤島ジュリーK氏(以下景子氏)による1分程度の謝罪動画と、各種の質問に答える文面を公式サイトに掲載した(以下公式コメント)。

公式コメントはすでに多数のメディアが報じているが主要な箇所だけをざっくりとまとめると以下の通りだ。

・デリケートな問題なので対応が遅れた
・BBCで報じられた内容は事実確認をする
・喜多川氏の性加害は誰も知らなかった、自分も知らなかった
・第三者委員会の設置はヒヤリングによる負担を考慮して行わない

公式コメントでは告発者の発言を否定せず、「事務所の存続さえ問われる、極めて深刻な問題だと受け止めました」と書く一方で、事実関係に関して認めるでも否定するでもなく、ほぼゼロ回答だ。

これだけの騒ぎになりながら告発騒動はテレビでは全くと言って良いほど扱われず、忖度という言葉がSNSでは飛び交った。デビューや仕事の見返りに性加害を行い、口封じをしていたという話が事実であれば、テレビ局によるジャニーズ事務所の重用も性加害を成立させる一因になっていた可能性すらあるにも関わらずだ。

今回の騒動は芸能ネタ、あるいは喜多川氏個人の起こしたトラブルやスキャンダルとして認識されているが、芸能界でも屈指の大手であるジャニーズ事務所で起きた「企業の不祥事」として考えると全く異なる側面が見えてくる。

ビジネス系のウェブメディア編集長として、あくまで企業不祥事の視点から考えてみたい。

■ジャニーズ事務所の法人としての責任は?
順を追って解説していこう。

第一に、今回の性加害疑惑は、喜多川氏が亡くなっているため、個人の責任を問うことは出来ない。

起訴は出来ても被疑者が死亡しているため不起訴処分となる(参照・捜査について 検察庁公式サイトより)

だから誰も罪に問われない、ということで話が終わるかというとそれほど単純ではない。法人としての責任、組織的な犯罪の関与については十分に疑われる。

創業者であり、組織の代表者でもある故喜多川氏が所属タレントに対して性加害を行っていたとすれば、それは明らかに組織的な犯罪であり、役員の責任も問われる可能性がある。

例えば社員や役員がプライベートで交通事故を起こして誰かを怪我をさせてしまった……この状況で企業が責任を問われる可能性はほとんど無い。しかしこれが業務中の出来事ならばどうか。

その会社が運送会社で運転が業務そのものであれば、安全運転について適切なルールが作られていたか、過労状態では無かったか、無茶なスケジュールで交通違反をさせる圧力がなかったか、といった点で当然ながら企業の責任が問われる。企業の責任=経営を任せられている役員の責任となる。

芸能事務所であれば所属タレントとのコミュニケーションはマネジメントの一環であり、業務そのものだ。その中で発生した出来事であれば、業務中の事件となる。到底、個人的なトラブルや犯罪とはいえない。

告発でもあるように、本当に性加害の受け入れがデビューやメディア露出に直結していたのであれば、極めて深刻かつ悪質な犯罪となる。業務中の事件どころか業務内容と直結していた事件であれば、法人として責任が問われないことは考えられない。

時折話題となる、企業のリクルーターによる大学生へのセクハラが近いだろうか。これを社長が何十年も続けていたら? 採用してあげるからと学生の弱みにつけ込んでいたら? それが大企業で行われていたら? 「社長が個人的にやっただけ」「会社は無関係」で済まない事は誰でも分かるだろう。

■取締役会を開いていなかったジャニーズ事務所
第二に、取締役会がまともに開かれていなかった。

ジャニー喜多川氏と姉のメリー喜多川氏の二人であらゆる事を決定していたと公式コメントにある。組織として適切な意思決定の場が設けられていなかったとすれば、それによって問題が発生した場合、取締役の責任はさらに重くなる。

もし役員会が適切に開催されていれば今回の問題は防げた可能性もある。公式コメントで自ら名ばかりの取締役だったと語る景子氏は経営のプロとして取締役の職務を全く果たしておらず、その責任は極めて重い。

■「知らなかったこと」が罪になる。
第三に、現社長の景子氏は性加害について知らなかったと主張している。以下、公式コメントの原文だ。

『ジャニー喜多川氏の性加害を事務所、またジュリー社長は知らなかったのか?
知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした。』

事実関係は不明としているにもかかわらず、「性加害が本当であれば」などの但し書きもなくシンプルに知らないとある。

文面の疑問についてはいったん横に置くとして、自ら知らないではすまないとあるが、これは道義的責任といった気分の話ではない。組織内で起きた問題に対して役員が知らなかったのであれば、むしろそれ自体が問題ということになる。

役員には他の役員や社長(代表取締役)を監視する義務がある。これを監視義務という。

見知らぬところで行われた性加害が監視義務に含まれるかは断言出来ないが、監視義務の範囲は取締役会に上程された(議題に上がった)事に限られず、法的に求められる範囲は決して狭くない(参照・取締役の責任-監視義務違反 弁護士法人朝日中央綜合法律事務所)。

当然、監視義務は景子氏に限らず性加害が行われた時点の役員すべてに求められる。

■過去何度も報じられた性加害疑惑
第四に、喜多川氏の性加害疑惑は過去に何度も報じられている。

筆者は「そういった変な噂がある」程度の認識だったが、今回のBBCの報道をきっかけに過去に何度も報じられていると知って腰を抜かした。

1960年代から雑誌や書籍で何度も話題になり、1999年には週刊文春の報じた内容が大きな騒動に発展し、国会でも話題になったほどだ。そして喜多川氏は週刊文春の内容について名誉毀損であると民事訴訟をおこしたが、2003年に高裁で敗訴が確定している。

景子氏は2003年の文春報道の高裁敗訴について、公式コメントで以下のように回答している。

『当時の裁判を担当した弁護士、裁判に関わった役員へのヒアリングによるとその時点でもジャニー本人は自らの加害を強く否定していたこともあり、結局メリー及び同弁護士から、ジャニーに対して「誤解されるようなことはしないように」と厳重注意をするにとどまったようです。』

事務所を揺るがしかねないトラブルであるにも関わらず、ヒヤリングによると、ようです、と他人事のように書いている。伝聞調であることから、自ら確認をしていないのだろう。取締役としての責任を果たしているとはいえず、ここでも取締役会を開いていない弊害が現れている。

仮に筆者がジャニーズ事務所の取締役だったとしたら、創業者が性加害報道の裁判で負け、取締役会すら開かれない……このような状況で経営責任を追及されたらたまったものでは無いと即刻辞める。まともなリスク感覚があればそのように行動するはずだが、他の役員も含めて経営責任の重さをどう考えていたのか?

公式コメントにあるように、喜多川氏が自ら裁判に訴えた事や本人の弁だけを根拠に性加害を無いものとして対処してきたとすれば、それは深刻なガバナンスの崩壊を意味する。未成年のタレントを多数預かる事務所としては考えられない対応だ。

役員だった景子氏が知らないわけが無いじゃないか、といった指摘も多数出ているが、メールや電話録音等の客観的な証拠が出てこない限り確認のしようが無い。現状では知っていたかどうかよりも、知らなかったこと自体が取締役として重大な責任を負っている、そしてそれは道義的責任ではなく前述の通り取締役に課せられた監視義務の責任において、と繰り返し指摘しておく。

■第三者委員会の代わりにやることは?
今回の公式コメントに先だって4月13日にはNHKや共同通信の取材に対して以下のように回答している。

「経営陣、従業員による聖域なきコンプライアンス順守の徹底、偏りのない中立的な専門家の協力を得てのガバナンス体制の強化等への取り組みを、引き続き全社一丸となって進めてまいる所存です」

不祥事を起こした企業が「偏りの無い中立的な専門家の協力」を得てガバナンスを強化する、通常これは第三者委員会による調査を意味する。それにも関わらず第三者委員会による調査は行わないという。ただ、第三者委員会は万能というわけでもなく、形ばかりの調査と批判されることもある。

公式コメントには代わりにやることとして以下のようにある。

『既に告発された方、また今後あらたな相談をご希望される方のために、外部のカウンセラーや有識者、弁護士や医師の指導のもと、相談をお受けする外部窓口を月内に設置致します。相談者の秘匿性を守り、客観的にお話をお聞きするため、外部の専門家の協力を得る予定です』

このやり方が果たして第三者委員会よりも客観的で中立性を確保できるのか、極めて疑問であると指摘しておく。

公式コメントで景子氏は性加害の事実関係については極めて慎重に避けているものの、名ばかり取締役とか、取締役会を開いていなかったとか、喜多川氏の行為について積極的に確認や対応をしていない事など、経営責任を厳しく追及されかねない事案についてあまりに軽率に回答をしている。

ある意味で率直とも言えるが、これらの文面から読み取れる事は、経営責任を果たしていないとかそれ以前の話として、そもそも取締役が求められる経営責任がどういうものか理解しているのか?という根本的な疑問だ。

医療機器やカメラで有名なオリンパスは過去の損失隠しが発覚して、2019年に旧経営陣が合計で594億円の損害賠償責任を負う事になった。役員報酬が高いと批判されることは度々あるが、それは責任の重さの裏返しでもある。

■テレビ局の過剰で異常な忖度。
第五に、メディアによる過剰で異常な忖度がある。

喜多川氏がもしデビューやメディア露出のチャンスをエサに性加害を強要し、なおかつ口を塞いでいたのであれば、この問題は芸能界全体に関わる。特にテレビ局は少なくとも道義的責任を負うことになる。テレビ出演は芸能活動においても最も影響が大きい。ジャニーズ事務所のタレントを重宝してきたテレビ局が、性加害を成立させる一因となっていた可能性すらある。

そして、これも知らなかったでは済まない問題となる。すでに書いたように性加害の疑惑は繰り返し報じられ、高裁では民事とはいえジャニーズ事務所が敗訴しているからだ。

ジャニーズ事務所が弱小事務所ならば、被害を受けたタレントはその時点で退所していたに違いない。しかしテレビ出演のキャスティングに強い影響力を持つ事務所だからこそ多くの被害が生まれた、となればどうか。テレビ局は過去に疑惑が話題になったとき、そして高裁で負けたときになぜもっとジャニーズ事務所に対して慎重な判断をしなかったのか?と考えれば道義的責任では済まない。

実際、カウアン・オカモト氏の会見ではNHKの記者がこの問題がメディアで大きく報じられていたら入所していたか?と質問をして、15歳の未成年で入所していたので親が入所させなかっただろうと回答している。

筆者は普段、執筆はもちろんSNSの書き込み程度でも「忖度」という言葉を使うことはまずない。なぜなら事実かどうか確認できないからだ。

しかし今回の騒動をほぼ無視していた状況はもちろん、過去に所属タレントが不祥事を起こした際に「稲垣メンバー」とか「山口メンバー」と容疑者というワードを避けたり、SMAP解散騒動では当時フジテレビで放送されていたSMAP×SMAPで異様な謝罪映像を流したり、退所したメンバーのテレビ出演が途絶えたりと、過剰な事務所寄りのスタンスは今改めて振り返って見るとその異様さは際立つ。

状況証拠として忖度があると判断するには十分過ぎる。

吉本興業の闇営業騒動の際に筆者は「これが小さい事務所で起きた問題なら所属タレントは誰一人テレビ出演が出来なくなるのではないか? 大手なら黙認するのか? コンプライアンスは相手によって出したり引っ込めたりするようなものなのか? 公共の電波で商売をしているテレビ局として考えられない」と指摘した。この話はジャニーズ事務所への忖度にそのまま当てはまる。

■「ジャニーズ後」について。
つい先日、報道の自由度ランキングで日本は68位であまりに低過ぎると話題になった。

政府の圧力により政府の説明責任を追求できていない状況だという。それでも政府与党への批判がゼロということはまったくない。しかしテレビ局によるジャニーズ事務所への批判はゼロ、今回もジャニーズ事務所が公式コメントを出すまでほとんどの局が黙殺していた。SNSでは報道しない自由などと度々揶揄される状況だ。

政府与党よりも「強い」ジャニーズ事務所だが、今後はコンプライアンスに敏感なスポンサー離れで立ちゆかない可能性は高い。景子氏が自ら発した通り「事務所の存続さえ問われる、極めて深刻な問題」だからだ。それに気づかず忖度を続けていたテレビ各局の認識の甘さは呆れるとしかいいようがない。

5月15日の朝8時、本稿の執筆時点でYahoo!JAPANでテレビ欄と実際の放送を確認した限り、今回の公式コメントに関するニュースをキー局はすべて報じている、もしくは報じる予定のようだ。さすがに無視はないと思っていたが、公式コメントが出るまで待っていたと考えれば異常な忖度はまだ継続している。

「ジャニーズ後」のテレビ局や芸能界がどうなるのか、注目したい。

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