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先月、世界的なスポーツウェア企業・アディダスが、女性用のワンピース水着に男性と思われるモデルを起用したことが大きな話題となった。

アディダスは2023年5月、PRIDE COLLECTION(プライドコレクション)と銘打って水着を含む多種多様なアイテムを発表した。そのうちの一つであるワンピース水着は、アディダスのサイト内の女性用アイテムの一覧に掲載されているが、着用しているモデルの見た目は男性である。

このコレクションは賛否両論で様々な声が挙がったが、以下のような批判も多かった。

「女性用水着なのに女性がないがしろにされているのでは?」
「ユニセックスのウェアとして販売しても良かったのでは?」
「価値観を一方的に押し付けないでくれ」

このような批判は当然アディダスも予測できたはず。それではなぜこのような決断をしたのだろうか?

私はirOdori(イロドリ)というLGBTQIA+を支援する団体を立ち上げ、トランスジェンダーの女性や女性装をする男性が、女性服を購入する際の同行サービスを提供している。

男性骨格の人向けに女性服の買い物をサポートする立場から、当事者側の視点でアディダスの水着騒動について考えてみたい。

■男性モデルの押し付けという誤解。
最初に批判内容のズレをいくつか指摘したい。

第一にアディダスのサイトでは、同じデザインの水着をプラスサイズの女性モデルも着用している。見た目が男性モデルの写真が話題になったが、女性モデルの写真もあることから、少なくとも「価値観の押し付け」や「女性がないがしろにされている」というわけではない。

アディダスのサイトにはメンズにもワンピース水着も掲載されている。そもそもワンピース型の水着も、昔は男性も着用するのが一般的だったようだ※。

※参照 The Project Gutenberg  eBook of Women’s Bathing and Swimming Costume in the United States, by Claudia B. Kidwell

アディダス水着① - Ayaka Yoshida
※写真出典 MEN · NEW ARRIVALS | Adidas US.

加えて、このモデルが着用する女性用ウェアは水着だけではない。ショートのパンツ、ドレス、スポーツブラの写真もある。特にスポーツブラのモデル画像は水着と同様に胸毛の生えた胸元もクローズアップされている。

しかし「ユニセックスでも良かったのでは」「価値観の押し付けだ」など水着に対する批判と同様の声は、水着以外のウェアに対しては私が知る限り見当たらない。

■女性向け水着のニーズは男性にもある。
なぜ水着だけに批判が集中しているのか? おそらく男性の身体的な特徴が水着の画像や動画ではっきりと見えているからだろう。確かにショートのパンツ、ドレス、スポーツブラは一見男性が着用していることはわからないが、水着に関しては「男性の身体の人が着ている」ことがすぐにわかる。

私自身、この水着の画像や動画に違和感や驚きがまったくないわけではない。従来のアパレル広告のほぼ全てが、男性用と女性用がはっきりと区別されており、男性用は男性が、女性用は女性が着用している。またほとんどの人がプールや海水浴場などで男性的な見た目の人のワンピース水着姿を見かけたこともおそらくないだろう。そのため、バイアスがかかってしまうことは否定できない。

しかし現実は女性用とされてきたワンピース水着を着たいと思う男性、もしくはすでに購入している男性は少なからずいて、アディダスはその現実を可視化したに過ぎない。

■アディダスはビジネスチャンスを取った。
例えばカジュアルファッションのユニクロでは、女性が男性ものを買うことはすでに珍しくない。女性向けファッション誌にユニクロのメンズアイテムをお勧めする特集が載ることも普通だ。

カジュアルウェアでもともとユニセックス的に作られている商品が多いことも影響しているとは思うが、ユニクロ公式サイトの男性商品のページには女性モデルのコーディネート写真も載っている。

ユニクロでは色や形やサイズを自分の好きに選ぶ文化がすでに出来上がっている。単純に自社商品をお客さんが喜んでくれるなら誰が買おうと問題はない。むしろ予想外のニーズがあるのならそれを取り込んだ方がいい。

思想的な面ばかりが注目されているが、ビジネスチャンスとしてアディダスが動いたと考えることも出来る。他社が大きく動いていないのならいち早く動くメリットは大きい。

■女性用の服を買いたい人は女性だけではない。
私が運営する買い物同行サービスは、レオタードを購入したいというトランスジェンダー女性の声から始まった。レオタードはワンピース水着とほぼ同じ形をしており、クラシック・バレエの練習着として女性が着用することが多い。

その依頼者は「レオタードを買うのは恥ずかしい」という理由で筆者に同行を依頼。同行後は「女子2人のショッピングのような雰囲気を出せて、違和感なく買うことができた」と喜んで頂いた。

その他のレオタード購入希望の依頼者からは「男性として社会生活を送っているので1人で店舗に入るのは不安」「見た目と声が全然違うので店舗で男性の服装を勧められないか心配」など、不安や心配の声が多い。これは「レオタードを購入するのは女性であり、男性がレオタードを購入するはずがない」という常識によるものだ。

ワンピース水着やレオタードに比べれば、普段着など一般的なレディースファッションを男性的な見た目の人が購入することへのハードルは多少低いかもしれない。それでも筆者にに不安の声は届く。

「女装した人間が女性服の店で店員と会話するのはハードルが高い」
「1人で女装してショッピングするにも周りの目が怖く、実際にできない」
……などである。

これは男性が女性に贈るプレゼントでアクセサリーショップに行く気恥ずかしさと似ているかもしれない。店員も客も女性ばかり、アクセサリーにも詳しくない、と余計にあたふたしてしまう。場違いな雰囲気を感じてしまい、気恥ずかしくてソワソワする、男性ならそんな経験はないだろうか。

プレゼント用か自分用かで異なるが、買いたいと思っているのに買いにくい人がいる……そんな人に対して「遠慮なく買って下さい」と背中を押す事もまたビジネスチャンスだろう。

■ネットだけでは足りない。
見た目は男性だが女性用のファッションアイテムを買いたい、着たいという人はたくさんいるのに、現実ではその姿で表に出ることはなかなかできない。「可愛いもの、美しいものが好き」「(レオタードの場合)バレエを習いたい」など、その人の気持ちは純粋なワクワクしたものであるにもかかわらず、である。

「店舗で購入するのが怖いならネット通販で買えばいいのに」そう考える人もいるかもしれない。もちろんネットを利用している当事者はたくさんいる。ただ、サイズや服の質感などは店舗で買う方がよく分かる。何より大多数の人がファッションの買い物をするときに店舗とネットで2つの選択肢があるのに、当事者はネットしか選択肢がないことは大きな問題ではないか。

筆者は当事者のリアルな声を聞いて以降、女性装をする見た目が男性の方に対して嫌悪感を示したり奇異な視線を向けたりしないように意識している。それらの行為によって彼らを社会から排除することにつながりうるからだ。

■スープストックの炎上。
顧客と売り手の認識のズレが原因で炎上してしまう……実は似たようなトラブルがつい最近日本でも起きた。離乳食を無料で提供すると公表して炎上したスープストックだ。このサービスには、女性が一人でゆっくり出来る場所なのにと熱烈なユーザーから反対意見が巻き起こった。

しかしスープストックは「Soup for all!」の方針で、グルテンフリーやベジタリアン向け、咀嚼(そしゃく)困難な人向けなど、幅広い顧客への対応を拡充してきた。すでに一部店舗では離乳食を提供していたことからも、会社側にとっては当然のサービス、しかし一部顧客には寝耳に水という意識のズレが生じた。

そこで社長自ら、特定の人を優遇するつもりはなく、食のバリアフリーをこれまでも進めてきたこと、そして今後も進めていくことを公式サイトで改めて伝えた。子連れ優遇と誤解させたかもしれないがそうではないと。

これが正しい判断かどうか分かるのはしばらく先だと思うが、どちらが良いか悪いかとか、嫌なら来なければいいということではなく、明確な理念をうちたてることと、顧客との丁寧なコミュニケーションが重要ということだろう。これはもちろんアディダスにも言えることだ。

■アディダスの新しい常識。
「男性用の服は男性が、女性用の服は女性が着用する」という社会通念はアパレル業界が築き上げてきた。私ももしirOdoriを立ち上げる前にアディダスの広告を見ていたら、世界中で起きた批判と同じような声をあげていたかもしれない。

アディダスは自らその社会通念を壊そうとしている。

アディダスはこのモデル起用を通じて「ワンピース水着を着たい男性はすでにたくさんいる」「見た目が男性でも女性用の水着を堂々と着てもいい」というメッセージを伝えているのではないか。

批判の声が多かった理由は現在の社会通念とのギャップが大きかったためであり、そのギャップを少しでも埋めようとしているアディダスの姿勢を私は評価したい。

今月6月は「プライド月間」と呼ばれ、LGBTQIA+など性的少数者の権利向上のための世界的な啓発月間である。アディダスはこのプライド月間に合わせて今回話題となった水着を含む「プライドコレクション」を発表した。

以下、アディダスのプライドコレクションにおけるメッセージを引用する※。

「アディダスの新しいプライドコレクションとともにLGBTQIA+コミュニティを祝福しよう。(中略)アディダス・プライドウェアを通して、愛には境界線がないということを伝えたい。(中略)アディダスのプライド服、靴やアクセサリーをチェックして、共にスポーツと社会全体のインクルージョンを加速させよう。(中略)今年のプライドにおける私たちのゴールは、社会を前進させ続けている人々を称賛しながら、LGBTQIA+コミュニティのたくさんの声を可視化することです。(略)」

※ADIDAS PRIDE COLLECTION | Adidas US. 2023年6月9日より 筆者訳

それでもワンピースの水着を男性が着るなんて……と違和感を覚える人はいるかもしれない。ただ、スイムスーツ(swimsuit)の語源は、泳ぐ際に身につける衣服の一式を意味しており、それこそ昔はスーツのように男女とも全身を覆っているのが一般的だった時代もあったという。

現在ならそんな水着の方がギョッとされてしまうかもしれないが、洋服も水着も、時代により、地域により、個人により、変化する方が自然なはず。新しいものが出てきた時に違和感を覚えること自体は仕方ない。ただ、そこですべてを否定しないでほしい。

私自身もirOdoriを通じて、LGBTQIA+コミュニティの声を世の中に発信していきたい。

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吉田彩夏 irOdori代表

【irOdori〜彩り×踊り〜】
心踊る体験を。
性別で決められた役割ではなく、自分の思いのまま心が踊るような体験をして、彩り豊かな人生を送ってほしい。そういう願いを込めて活動しています。活動を通じて、誰もが自分らしく表現できる世界、そして自分の思いを実現できる世界を目指します。現在はオールジェンダー歓迎のバレエレッスンやレディースファッション買い物同行サービスを提供しています。
https://irodori-odori.com/

【プロフィール】吉田彩夏
230312吉田彩夏_プロフィール
1歳で父を白血病で亡くし、母と兄のもとで育つ。7歳よりクラシックバレエを始める。母の大学院進学により渡英、現地中学校に1年間通学。帰国後、桜蔭中学・高等学校を経て東京大学農学部獣医学課程を卒業。
外資系製薬企業に就職後、2019年にirOdori〜彩り×踊り〜を立ち上げる。「心踊る体験を。」をコンセプトに性別に決められた役割でなく自分らしく踊れる、オールジェンダー歓迎、服装自由のバレエレッスンを主催。2020年にレディースファッション買い物同行サービスを開始。「アライ」としてLGBTQ+を支援している。代名詞はshe/her。コロナ禍で茅ヶ崎に移住し、地域の自然や文化を満喫中。1992年、東京生まれ。
吉田彩夏
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