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コロナ禍を経て首都圏の不動産価格は大幅に上昇している。特に東京の都心部では「億ション」が超のつく高級物件だった時代は終わって当たり前のものとなり、湾岸に林立するタワーマンションも大人気だ。

東京五輪の選手村跡地に作られて大きな注目を集めた晴海フラッグは、年明けの1月19日から入居が開始された。第一期の販売は2019年、コロナ禍による五輪延期もあったため5年越しでやっとの入居となる。抽選倍率が最高で266倍まで上がったことも話題になった。

晴海フラッグは二つのタワーマンションを含む多数のマンション郡に商業施設、小学校と中学校も作られ、最終的に12000人が住む新しい街となる。この盛り上がりを見ると湾岸エリアは日本で一番活気がある地域と言っても過言ではない。

今回はそんな湾岸エリアでタワーマンションの購入を検討している共働きの夫婦、伊東さんご夫妻の相談を通じて、合理的な住宅購入のプランを考えてみたい。

事前に頂いたデータは以下の通りだ。

■伊東さんご夫婦のデータ
●家族構成
夫: 30歳
妻: 32歳
子:3歳

●夫婦の年収と働き方
夫: 会社員(国内大手IT企業)
年収860万 手取り約630万

妻: 会社員(中堅広告代理店)
年収700万 手取り約520万

年収合計 約1560万
手取り合計 約1150万
年間の貯金額 350万

●資産
預金:1,800万
投資(株・債券等の投資信託):540万
企業型DC: 夫 300万 妻200万
その他資産:なし

●現在の家賃
17万

●購入予定の物件
予算:9,540万
管理費等:5.5万
固定資産税:28万
場所:湾岸エリアのタワーマンション 93平米 3LDK(中古)


中嶋:今日は住宅購入のご相談ですね。よろしくお願いします。事前に回答頂いたヒヤリングシートで基本的な情報は確認しましたが、より詳しくお話を伺ってから相談に入りたいと思います。

妻夫:よろしくお願いします。

中嶋:さっそくですが……お二人の年収が860万と700万、合計で1560万。手取りだと1150万円、貯金額は年間で350万円くらい。で、ご予算が9540万円と。湾岸のタワマン、これはもう購入予定の物件ですよね?

夫:契約とか手付金はまだですけど、相談をしてから最終的に判断して契約しようと思ってます。

中嶋:お二人とも収入は非常に高いですし、貯金は1800万円で運用額も540万円で結構してると……頂いた情報に書いてありませんが、企業型DC(iDeCoの企業版)はお勤め先でやられてませんか?

妻:あ、やってます。事前に送ったヒヤリングに含めていませんでした。私はリスクが低いものを選んで運用してますので全然増えてませんけど、200万円くらいはあります。

夫:僕もやってます。株とか不動産で運用しているので結構増えてて、300万円以上あったはず、かな?

中嶋:全て合計すると金融資産全体で3000万円くらいになります。1150万の手取り額に対して毎年350万の貯金は……(電卓を叩いて)30.4%くらい。ウチに来られる方の平均だとざっくり手取りの2割くらいを貯めてるんです。なので30%はかなり貯蓄体質の家計ですから問題は無いかなと。ただ予算は結構高めなので慎重にシミュレーションをしましょう、ということですね。

■予算は当初の1000万円オーバー 購入判断の基準となる三つのポイントとは?
夫:自分でも高いのは分かっているんですけど、今後の仕事とか色々考えるとこれくらいになっちゃうという感じです。リモートワークを考えると広めが良くて、その分高くなってます。

中嶋:湾岸のタワマンで90平米以上でこの価格だと、築年数は結構経ってますよね?

妻:2007年なので築16年?もう17年? 新築だと1億何千万とかさすがに手が出ない水準で。私も夫も週2日はリモートなので自宅に仕事のスペースが必要で、予算を抑えて狭くなるなら買う意味が無いという部分は意見が一致してます。

中嶋:なるほど。新しさより広さを取った感じですね。坪単価で……338万円くらい。築年数を考えると妥当なところですかね。

夫:広さと、あとは通勤も二人ともちょうど良くて駅から徒歩10分以内という条件も満たしてるので、半年くらい探してやっと良いマンションが見つかったんですけど。あとは予算です。

中嶋:価格的には無理ではないけど楽々というわけでも無い……もちろん皆さんそういうグレーゾーンだからご相談に来られるんですが。

妻:もう1000万くらい下で考えていたんですけど見つからなかったです。

夫:湾岸のタワマン、やっぱり大人気ですね。

中嶋:そうですね。コロナ前と比べて相場が全然違うので、もう仕方ないという状況です。今は都心部だと億ションも当たり前ですから。かといって待っていたら安くなる訳でもありませんので。
ウチの相談の方針は「損得よりリスクと資金繰り」です。なのでその点はご安心下さい。最初にお話しすることは家を買う前に悩むべき三つのポイント、それが「買えるか? 買っても大丈夫か? 買うべきか?」です。

ーー筆者が住宅購入のアドバイスで最初に話すことはこの三つだ。まずは「買えるか?」これは狭い意味で考えれば「ローンが通るか?」という意味になる。ローンを利用せずに家を買う人はほとんどいないからだ。ローンが通るかどうかが買えるかどうかとイコールになる。

ローンの仲介も紹介も行わない筆者が審査についてアドバイスできることはほとんどない。ローン審査は金融機関が行うからだ。あえてアドバイスをするなら各種ローンの延滞で信用情報に傷が付く、いわゆるブラックリストに載っている状況だと借り入れは困難となる。これは信用情報機関で簡単に確認が出来る。

大抵の人は相談に来る時点で、そして買おうかどうか悩んでる時点で、ローンに通ることも買えることも確定している。借り入れ可能な上限額は年収の7倍~8倍程度という目安はあるが、ローンに通るかどうかが最大の悩みならばわざわざお金を払って相談するまでもなく銀行の無料相談で十分だ。

中嶋:二つ目の「買っても大丈夫か?」これは先ほどお話ししたリスクと資金繰り、つまり「支払いがちゃんとできるか?」という部分です。

ーー個人でも企業でも破綻をするのは赤字の時ではなく支払いが止まった時だ。したがって支払いが出来ない状況を避けることが最優先となる。これを資金繰りと言う。

借りられる額と返せる額は違う、と格言めいた事を言うFPは多いが、これは正しくない。銀行もバカではないので返せない額は貸さない。実際、住宅ローンの破綻する確率、デフォルト率は極めて低い。つまり銀行視点で見れば住宅ローンの貸し出しはリスクが低い。だから銀行はこれだけ低い金利で貸してくれる、という説明になる。

しかし住宅ローンで重要なことは狭い意味で返済が出来るかどうかではない。爪に火を灯すような生活を送りながら返済をするのなら家を買う意味はないからだ。希望のライフプランを実現しながら支払いが出来るか? あくまでこの視点で考える必要がある。

中嶋:買っても大丈夫か? つまり支払いがちゃんと出来るか? これは毎月の返済額は月収の2割までとかそういうエビデンスの無い話ではなく、家を買うことで家計の収支がどう変化するか計算して、その数字で購入の可否を判断をしていただく形になります。

中嶋:具体的には賃貸の費用と比べて返済額はどれくらい多いか?という部分です。もちろん、考慮すべき数字は他にもあります。なので三つ目の「買うべきか?」実はこれが一番重要という話になります。ライフプランとの整合性、と言うと固い表現になりますけど、要するに「楽しい生活を送れるか?」です。

ーー返済に加えて趣味や教育費、老後資金なども総合的に考えて、楽しい生活が送れないのであれば家を買っても意味がない。ライフプランや人生設計と言うと分かったような分からないような表現になるが、買うべきかどうかは家を買うことが「楽しい生活」につながるかどうかで判断する必要がある。ここを無視した購入プランは意味がない。

■生活費は年800万円? そんなに使ってる?!
中嶋:まずは現在の家計を改めて確認しますね。年間350万くらい貯金が出来ていると。家賃は月17万、年間で204万。この二つの数字が買っても大丈夫か?を考える際の土台になります。貯金額はおおむね正確な数字と考えて問題無いですか?

夫:家計簿はマネーフォワードでざっくり管理してて。一年前と比べてそれくらい増えてます。その前の年も同じくらいです。さらに前だと収入が今より低かったり子どもが生まれる時期、生まれる前になるので数字はかなり変わってきますけど。現在の数字として基本的には信用して大丈夫です。

中嶋:了解です。収入が手取りで1150万、貯金が350万、なので差額から生活費が800万円。ローンの返済とか変化が発生する部分を除いて今後もこれが続くということで、節約をしない前提で計算しますね。

妻:ちょっと待ってくださいね、生活費が800万? そんなに使ってる……?

夫:僕も度肝抜かれてますけど今。でもそういうことになるんですか?

中嶋:はい。頂いた数字に間違いが無ければ。一ヶ月あたりに直すと平均で約66万です。

妻:何にそんなに使ってるんだろう……350万が計算ミス?もっと貯めてる?

中嶋:そこまでおかしい数字ではないと思います。手取り1150万円で貯金額が年350万、3割貯蓄はウチに来られる方の平均と比べてもむしろかなり貯められてる方です。ざっくり使い道を計算してみます。

●一ヶ月あたりの支出(※は仮定)
家賃 17万
食費・雑費 10万※
光熱費・通信費 4万※
生命保険 1万
教育費 9万※
ランチ 2万×2人※
生活費の合計 45万
差し引き 21万


中嶋:細かい家計簿が無いので不明な部分は仮定の数字を置きましたけど、一ヶ月あたりの生活費が45万、ざっくりこんな感じかなと。生命保険は事前に頂いた数字で1万円、教育費は保育園の費用を住民税とお住まいの地域から計算して月6万円ちょっと、残りはオムツとかミルクとか洋服とか、それ以外の費用です。

夫:教育費はそれくらいだと思います。食費は外食が多いですけど、10万てことはないかな?

中嶋:これは食費に「雑費」も含んでます。スーパーで買い物をすると食品以外も買いますよね。

ーースーパーやドラッグストアやコンビニなどは、食品とそれ以外のものを一緒に買うことになる。純粋に食品だけを計算するにはレシート単位ではなく購入品を一つずつ計算することになるため、家計管理の方法として現実的ではない。

他にもユニクロで下着を買ったとか、風邪で病院にいったとか、家計簿アプリならば別々に分類される支出もまとめて雑費に含めて問題はない。なぜならこういった小さい支出を細かく分類しても全く意味がないからだ。家計管理は細かく計算をするほど分かりやすくなるのではなく、むしろ分かりにくくなる。これについては別の記事で解説したい。

■家計の管理はあえて大雑把でいい。
夫:なるほど……これなら食費と雑費でそれくらいにはなります。

妻:差し引きの21万はお小遣いですか? さすがにこんなに使っていないと思うんですが……。

中嶋:毎月の変動はあると思いますけど、他に貯蓄したり投資にお金を回したりをしていなければ、これくらいの数字で間違ってはいないと思います。差し引きの21万はお二人のお小遣いだけでなくて、あとは企業でいう特別損失、たまにある臨時的な支出も含んでるんですね。家具家電の買い換えとか、結婚式のご祝儀とか、旅行とか。あとは結婚記念日にちょっと高めのレストランで食事とか日常的ではない食事なんかも含まれます。

中嶋:そういう特別支出的な支払いは夫婦どちらのお小遣いでもなかったりするので、計算から外れていて、そんなに使ってる?とビックリされることは珍しくないんです。というわけなので、お二人くらい収入が高いご夫婦なら生活費も生活費以外の支出もそんなに変な数字では無いと思いますけど、どうでしょ?

ーー家計の計算は大雑把でいい。どれくらい大雑把で良いかというと、最終的には生活費と生活費以外、この二つの項目に集約される。この夫婦なら生活費が45万、生活費以外の支出、お小遣いと特別支出が一ヶ月あたり平均すると21万となる。

妻:……ですね。無駄遣いをしてる意識はそんなに無かったんですけど、クレジットカードの引き落とし額とか考えるとこれくらいは使ってますね。

夫:はい、僕も納得しました。それくらいだと思います。節約というか削れそうな気はしますけど、さっきのお話だとそれは考慮しない方がいいんですか?

中嶋:奥様もおっしゃっていたように無駄遣いはしてないと。多分そうだと思います。無駄と分かっていたらそもそも買いませんから。家計に明確な「無駄使い」って無いんです。それなりに必然性があって払っているモノばかりだと思いますので。

中嶋:節約については節約したらダメとか節約しなくて良いという意味ではなく、大幅に節約が出来る前提で購入プランを考えるのは危ないからしない方がいい、という意図です。

妻:やっと納得しました。リスクの観点から楽観的でなく厳しめに考えるということですね。この数字で計算して大丈夫です。

ーー生活費は企業で言う「固定費」となる。企業会計では売上がゼロでも出ていく費用が固定費と定義されるが、家計に置き換えると「生きている限り必ず出て行くお金」となる。食費や光熱費を変動費と勘違いしているFPは多いが、どちらも万単位で削ることは難しい。家賃や教育費も簡単には削れない。つまり生活費は全て固定費だ。

「生活水準は一度上げると収入が減っても下げられない」とよく言われるが、それは贅沢がクセになるからといった気分や感覚の話ではなく、家計の大半を占める支出が「安定していて削りにくい」性質をもつ固定費だから、つまりは生活費だからだ。

企業が店舗閉鎖や工場閉鎖、解雇などのリストラで固定費を削るのは、業績が大幅に悪化してやらざるを得ない時、やらないと倒産してしまう時だけと考えると、家計のリストラ=固定費の削減が極めて難しいことは分かって貰えるだろう。

住宅の予算を検討する際に節約を前提としないことは鉄則と言える。だからこそ住宅購入の話をする際は家計の話を必ず最初にする、という説明になる。


相談の中で説明したように住宅購入の予算を考える際は年間の貯金額、家計の収支が最も重要な数字となるため、まずは貯金額を確定させた。物件価格は極めて高いが貯蓄体質で年間350万円を貯金している伊東夫妻は9540万円の湾岸タワマンを買えるのか?

続きは「世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その2」をご覧頂きたい。

中嶋よしふみ FP、シェアーズカフェ・オンライン編集長

※筆者はFPとして生命保険や住宅の販売を行わず、住宅ローンも取り扱わず、金融機関や不動産会社のセミナーや広告等の依頼を全て断り、有料相談のみを行うFPとして活動しています。相談・アドバイス・記事執筆にあたってこれらの企業と利害関係や利益相反はありません。

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【プロフィール 中嶋よしふみ】
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2011年にFPのお店、シェアーズカフェを開業。保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・日経DUAL等のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演・取材協力多数。2013年、士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインを開設、翌年よりYahoo!ニュースに配信を開始。専門家向けに執筆指導も行う。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」「一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人(大和書房)」。お金より料理が好きな79年生まれ。

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一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人
中嶋よしふみ
大和書房
2016-11-25
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