![]() 「育休後、子育てのために時短勤務をしたいが、収入が減ってしまう」と制度の利用を躊躇する人にとって、給付金の支給は時短勤務のハードルを下げるでしょう。 一方、「時短勤務だと重要な仕事を任せられなくなりキャリアに影響するのでは」とキャリアへの不安から時短勤務の利用をためらう人もいます。いわゆる「マミートラック」です。マミートラックの問題は給付金で給与を補填しただけでは解決できません。 また、会社の体制を上回る制度利用者の増加や長期化により、制度を利用していない人の不公平感がつのり、時短勤務を利用する社員に対して「ずるい、迷惑だ」という相談も増えています。しかし、本当の迷惑は「フルタイム=長時間労働」の文化です。 雇用の専門家である社労士の立場から、時短勤務の利用者が「迷惑」と言われてしまう構造的な問題や制度の課題、今後求められる制度や組織づくりについて考えてみたいと思います。 ■育児短時間勤務制度とは? そもそも、育児短時間勤務制度とはどのような制度なのでしょうか。 育児短時間勤務制度とは、原則として1日の勤務時間を6時間に短縮できる制度で、通称「時短勤務制度」と言われています。 育児・介護休業法23条で定められており、要件を満たした労働者から申し出があった場合、会社は原則としてその申し出を拒むことはできません。 時短勤務制度は誰でも利用できるというわけではありません。育児による時短勤務は、以下のすべての条件に当てはまる人が対象となります。 ・3歳未満の子を養育する労働者であること ・1日の所定労働時間が6時間以下でないこと ・日々雇用される者(日雇い労働者や30日未満の有期契約労働者)でないこと ・時短勤務制度が適用される期間に育児休業を取得していないこと ・労使協定で定められた適用除外者でないこと 時短勤務制度というと、フルタイムの正社員にしか適用されない制度だと思っている人が多いですが、上記の条件を満たす人ならパート・アルバイト従業員や派遣社員も制度を利用することができます。 要件を満たした従業員は、フルタイムの勤務時間を原則6時間に短縮できます。例えば、所定労働時間が9時から18時までの会社の場合、9時から16時までの就業に短縮できるイメージです。 育児・介護休業法では「原則として6時間」とされていますが、何時間以上にしなければならないという最低勤務時間の定めはありません。企業の判断でより短い時間に設定することも可能です。時短勤務制度は各会社によって異なりますので利用したい場合は会社に確認してみてください。 ■時短勤務は男女問わず利用できる 時短勤務制度は「母親である女性が利用する制度」だと思っている人がいますが、要件に当てはまれば男女どちらも利用することができます。 「配偶者が専業主婦だと利用できないのでは?」「父親か母親どちらか一方しか利用できないのでは?」と疑問に思う人もいますが、どちらの場合でも時短勤務を利用することができます。夫婦そろって時短勤務を選ぶこともできるのです。 一方で、会社が3歳以上の時短勤務を許可する定めをしている場合は、夫婦の同時利用を制限することは可能です。育児・介護休業法で時短勤務が義務とされているのは3歳未満までだからです。 ただし、夫婦が同時に時短勤務を取得することで、どちらか一方に家事育児の負担が偏ることを回避できるメリットもあります。「男性は仕事、女性は家事育児」という文化が限界になるなか、企業が多様な働き方を認めることは時代のニーズにも合っています。 会社として従業員が仕事と子育てを両立できる仕組みとして、時短勤務制度の在り方を検討することが大切でしょう。 ■夫婦の格差を広げる時短勤務の問題点 前述したとおり、育児のための時短勤務は男女ともに利用できる制度です。 しかし、厚生労働省の「令和3年度雇用均等基本調査」を見ると、時短勤務の利用者がいる企業のうち利用者が女性のみの企業が94.4%、男性の利用者もいる企業は5.6%となっており、男性はほとんど時短勤務を利用していないのです。 時短勤務の利用が女性に極端に偏ることによって、制度を利用する女性に大きなデメリットが発生します。「収入の大幅な減少」と「キャリアへの影響」です。 ・収入が大幅減 1つ目は収入の減少です。 育児・介護休業法では時短勤務の導入を義務付けていますが、短縮した時間についての賃金の支払いは義務付けていません。そのため、通常は短縮された時間分の賃金は減額になります。 例えば8時間勤務の時に30万円の基本給だった人が6時間勤務の時短になると、「8分の6掛け」を基準に基本給を決定し22万5千円になります。 注意しなければならないのは、固定残業代を導入している企業です。一般的には時短勤務者には固定残業代を支払わない企業が多いため、固定残業代がすべて不支給となり、元の給与の半分近くまで減ってしまうこともあるのです。 例えば、これまで基本給と45時間分の固定残業代で年収600万円だった人が6時間の時短勤務になった場合、固定残業代がなくなり、基本給が8分の6になるため年収は330万ほどまで下がる計算になります。 このようにたった2時間の時短のはずが、収入が半減してしまうケースもあるのです。 ・キャリアへの影響 もう1つは「マミートラック」といわれる問題です。 時短勤務を選択したことによって補佐的な仕事が割り当てられるなど、意図せずキャリアアップの道が閉ざされてしまうケースです。「簡単な仕事で負担がかからない方がいいだろう」「キャリアアップより家庭を優先すべきだろう」という配慮から本人が望むか否かに関わらずマミートラックに向かっていく事例も多いのです。 また、時短勤務が家庭優先の働き方だという無意識の思い込みから、夫婦間でも時短勤務=家事育児担当という役割分担が成立してしまい、時短勤務を利用している側が常に子供の世話をするという役割の固定化の問題も生じます。 一見、仕事と家庭を両立できると思われる時短勤務は、家庭優先の働き方として男女の役割分担を強化し、女性の家事負担が増え、キャリアアップの機会を失い、夫婦間の賃金格差を広げるという大きな課題が存在しているのです。 ■本当の迷惑は「フルタイム=長時間労働」の文化 このように時短勤務には大きな課題があり、利用者はそれなりの代償を支払っています。それにも関わらず、利用者本人は周囲に対して迷惑をかけていると思いながら働いており、周囲は時短勤務を利用する社員に対して「迷惑だ」と感じているのです。 時短勤務が迷惑になる背景の1つに、これまでの正社員の働き方が「働く母親」を想定していなかったことが挙げられます。 そもそも子供を保育園に迎えに行くには、遅くとも会社を17時には退社する必要があります。しかし、フルタイムの社員が毎日17時に退社できる企業が世の中にどれだけあるでしょうか。 残業が当たり前となっている職場では「早く帰る」こと自体がマイノリティな働き方となり、仕事を肩代わりすることになる同僚達からは迷惑な存在になってしまうのです。 実際、彼らは自分の仕事に加えて時短勤務で働く人の仕事を肩代わりすることで、長時間労働になり精神的にも余裕がなくなっているのです。 しかし、本当の迷惑は「フルタイム=長時間労働」の文化です。 男性は仕事中心で長時間労働が当たり前という文化を変えないままに時短勤務制度が導入され、それにより発生した問題を現場の従業員だけに解決させようとしていること自体が問題なのです。根底にある長時間労働の問題を是正していくことが必要です。 また、フルタイムの条件が長時間労働であるうちは、女性は時短勤務から抜けられずキャリアアップの機会を失い、時短勤務を支える同僚はますます長時間労働になっていき、職場の「迷惑」は大きくなっていきます。 子育てと仕事の両立というと「女性の両立」にばかり目が向きますが、実際は男性が仕事と育児を両立できなければ、女性も本当の両立はできないのです。 企業は、女性の両立にだけ取り組んでいるといつか限界がきます。女性の両立とともに「男性の両立」を真剣に考えなければならないのです。 そのためには、フルタイム=長時間労働の文化を変え、特定の人に負担が偏る仕組みを変えていく改革が求められます。 ■大事なのは「迷惑」にならない仕組み作り 時短勤務が職場の迷惑になる原因は、時短勤務のしわ寄せの解消を従業員の自己努力で解決させていることです。 支える側の人達も「仕事かプライベートか」の二者択一を迫られ、結果、自分の私生活を犠牲にして時短勤務者のフォローに回り心身ともに疲弊しているのです。 支える側と支えられる側との間に生じたひずみを解消するのは従業員個人ではなく企業側の責任です。そのために大切なのは「迷惑」にならない仕組み作りです。しっかりとした業務設計を行わず時短勤務制度を導入してしまうと、子持ちの人は迷惑な存在になり周囲の人が不満を持つのは当然の結果なのです。 ■働く母親が迷惑にならない仕組み作り3つのポイント では、働く母親が迷惑にならない仕組み作りとはどういう物が考えられるのでしょうか。 ポイントは3つです。 (1)残業の常態化の改善 フルタイム=長時間労働となっている環境の改善が必要です。代替人員の確保や通常時から誰が休んでも耐えられる人員体制を作っておくことが大事です。一人が休んだだけで仕事が回らなくなる組織は非常にリスクが高い状態と言えます。 (2)支える側への金銭的支援と正当な評価 現実的には支える側が無報酬でフォローしなければならない場面もあります。負担が増える社員に手当を支給したり、評価に反映するなど支える側が気持ちよくフォローできる仕組みを見える形で実施するのが有効です。 (3)俗人化の解消と仕事の見える化 仕事を「見える化」することは非常に重要なことです。いつでも誰でも休めるチームは仕事が見える化されており、その人しかできない仕事がほとんどありません。タスクをチーム全体で共有する仕組みを整えたり、欠勤が許されない仕事は2名体制で行うなど業務の俗人化を極限までなくす仕組みが大切です。 今後、育児休業や時短勤務の利用者は着実に増え、働き方の多様化が進んでいくことは間違いありません。どうすればすべての従業員が子供の有無に関わらず、自分の家族や私生活を大事にしながらキャリアも諦めずに働き続けられるのかを考えるべきです。 ■時短勤務×キャリアという第3の道を創る 仕事の評価を「働く時間の長さ」に着目しすぎると、そもそも働く時間に制約がある働く母親はいつまで経っても評価されず迷惑な存在のままになってしまいます。 「キャリアアップしたければ子どもを産まなければいい」「時短勤務では重要な仕事は任せられない」「時短勤務で昇格したいなんてわがままだ」などと言っていては、男性の利用者は増えず子供を産む女性も減っていくでしょう。 これからは、時短勤務の人にどのような仕事をしてもらい、どのように評価するのかという「時短勤務とキャリア」の視点が重要になってきます。 また、女性の収入と社会的地位の向上は本当の意味での女性活躍に繋がります。収入が上がれば家事のアウトソースや子供の教育機会などの選択肢が広がり、社会的地位が上がれば企業内の価値観の改善や制度の変更に影響力を持つ事が出来ます。 男性の育児休業の取得は徐々に増えつつありますが、育児休業より復職後の子育て期間の方が圧倒的に長く、育休後の働き方の課題はまだまだ手付かずになっています。 男女ともに仕事と子育ての両立が可能な働き方をしながらキャリアアップもしていける組織作りが大切です。 【関連記事】 ■タバコ休憩は給料ドロボーなのか?(桐生由紀 社会保険労務士) https://sharescafe.net/60605259-20230626.html ■「出張中は残業代が出ない」は本当か? (桐生由紀 社会保険労務士) https://sharescafe.net/61082852-20231215.html ■イケアで問題になった「着替え時間」の給料は誰でも請求できるのか?(桐生由紀 社会保険労務士) https://sharescafe.net/60888967-20231005.html ■「ちゃん付け」上司はセクハラなのか? (桐生由紀 社会保険労務士) https://sharescafe.net/60832422-20230914.html ■有給休暇が取れない会社はブラック企業なのか?(桐生由紀 社会保険労務士) https://sharescafe.net/60711701-20230802.html 桐生由紀 社会保険労務士 【プロフィール】 大学卒業後、大手財閥系企業の管理部門業務に従事。第1子出産を機に専業主婦になるが、配偶者の急死により二人の子供を抱えてシングルマザーになる。Authense法律事務所に再就職し、法律事務所と弁護士ドットコムの管理部門の構築を牽引する。その後、Authense社会保険労務士法人を設立し代表に就任。現在は、弁護士法人でHR部門を統括しつつ、社会保険労務士法人の代表として複数のクライアントを支援している。プライベートでは男子3人の母。 公式サイト https://www.authense.jp/authense-sr/ Twitter https://twitter.com/yukiyuki_kiryu LinkedIn https://www.linkedin.com/in/yukikiryu Note https://note.com/yuki_kiryu ![]() シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |