![]() 周囲に頭を下げ「子持ち様」(子育て社員)の仕事を割り振ったが、翌日謝罪もお礼もなく、休みに迷惑をかけた分、多く仕事をするでもないことへの不満がつづられていた。 要は「なぜあなたの子どものために、私たちが余計に仕事しなくてはいけないの?」という不満だ。 この「子持ち様」VS「子持ち様の穴埋めをさせられている同僚」という構図には多くの人が反応し、「仕事の穴埋めをしてくれた人に気遣いするのはマナー」や「子どもは社会で大切な存在なので寛容になって手伝うのが当然」などと論争になっているのだ。 それだけ、同じ現象と不満が多くの職場で起こっているのであり、これは個々の職場での問題ではなく、雇用や働き方に構造的な問題があると考えられる。 では、その根本的な原因はどこにあるのか? 私はドイツ系の日本法人など外資系企業で働き、ドイツ赴任経験があるが、そこでは子育て社員と非子育て社員との対立、いわゆる子持ち様の現象はなかった。つまり、子持ち様現象の真因は、日本の職場における文化や働き方、雇用制度にあるのではないか。 ドイツ系企業で働いた経験をもとに、日本の雇用や企業文化と、子持ち様論争の関係をキャリアコンサルタントとして考えてみたい。 ■社員同士の気遣い・マナー・寛容性に頼る日本の働き方 子どもが理由かどうかに限らず、従業員が急に休んだ場合、多くの日本企業ではどうするか。上司が特に指示しなくても、同僚があうんの呼吸で仕事の穴埋めをする。 先ほど、子持ち様のポストに対する意見として「仕事の穴埋めをしてくれた人に気遣いするのはマナー」、「子どもは社会で大切な存在なので寛容になって手伝うのが当然」といったものを挙げたが、このように社員同士の気遣い・マナー・寛容性に頼っているのが日本の企業文化だ。 もちろん、気遣い・マナー・寛容性といった要素は人間関係において大切ではある。しかし、仕事において気遣いや善意に頼るシステムはおかしい。 急遽、不在の人の代わりをつとめた同僚は、そのために時間とエネルギーをとられ、自分の仕事のパフォーマンスが落ちるかもしれない。あるいは休んだ方は、代理が行った業務が実は間違っていて、出社してから修正に追われる可能性もある。上司が、休みの部下の仕事を誰がどのように穴埋めしたかを知らないでいる場合もある。 それでもそれ自体が大きな問題にならないのは、日本企業の多くが業務内容を限定しない「メンバーシップ型雇用」であり、仕事の責任範囲がはっきりしていない、パフォーマンス評価をしていない、あるいはしていても従来の年功序列ベースのプロセス評価との組み合わせを採用しており、昇格・昇給や賞与に大きく影響しないからだ。 休んだ社員の分まで働いても評価されないどころか、場合によっては誰が穴埋めをしたのかも分からない。これでは頻繁に子育て社員のフォローをする側に不満が出るのは当然だ。 子持ち様という不満が出る大きな理由の一つとして、この日本独特のメンバーシップ雇用があるといえる。 ■ジョブ型雇用では休みのフォローをどうするか 冒頭で「ドイツに子持ち様現象は見られない」と伝えたが、ではドイツ企業では休みの社員のフォローをどのように行っているのか。 日本のメンバーシップ型と異なり、海外では業務内容が明確に決められている「ジョブ型雇用」が一般的だ。個人の責任範囲が明確に決められているため、上司の指示なしに、当人の了解もないまま同僚が協力して手伝うことはない。 私が働いていたドイツ企業の本社でも同じだ。 ドイツ人は夏・冬それぞれ2~3週間の長期休暇をとる。その間、仕事はストップする。そこで休暇の2週間前には上司に承認をとり、関係者に休暇の時期を連絡する。連絡を受けた側は、休暇後では遅いと思われる仕事は前倒しするなどしてスケジュールの調整をする。 3週間の休暇は普通なのに、ある同僚は「自分は2週間にしている」と言う。「どうして?」と聞いたら「3週間も休んだら、メールと書類が山積みで、休暇明けに大変な思いをする。2週間ならまだ許容できる」と答えた。日本でありがちな「休むと周囲に迷惑がかかるから」の発想はない。 休暇中、関係者なら休暇の情報は事前に得ているからいいが、不在を知らない人が問い合わせしてきた場合はどうなるか。必要があって他部署の面識のないAさんへメールしたところ、休暇で3週間後の出社だとわかった。同じプロジェクトチームの同僚へ伝えたところ彼の答えは「仕方がない、待とう」。自分も休暇はとるからお互い様で、文句は言わない。 夏の休暇は7月~9月に分散されるからまだましだとしても、冬の休暇はクリスマス時期に集中する。そのため、12月の第2週から月末まで仕事は停滞するが、休暇は労働者の権利で、クリスマスは宗教行事でもあるので自然に受け入れられている。 このようにジョブ型雇用の環境では、理由は何であれ、急に休んだ人の仕事はそのまま残され、翌日その人が頑張ってやる。だから同僚が不満をためたり、休んだ本人が「迷惑をかけてしまった」と肩身の狭い思いをしたりはしない。 ■「担当者不在で担当者以外に仕事をさせようとするのが日本人の悪いクセ」 ちなみに、ドイツ系の日本法人という特性上、ドイツ人と日本人の「担当者不在」に対する意識の違いを感じる場面に何度か出くわしたこともある。 たとえばドイツ赴任中、同僚から「明日から休暇に入る。留守番電話をセットしてあるので自分の電話が鳴っても絶対に出るな。出たところであなたに対応はできないし責任も持てないのだから」と念押しされた。 彼は日本の担当者と同室だったため、日本人の「担当不在の時には同じ課の同僚が代わりに業務をこなす」慣習を知っており、私が勝手に仕事をしてしまうのではないかと心配したようなのだ。 また部署異動の際、別の日本担当のドイツ人に挨拶に行ったときのことだ。彼と同室の人の名前も知っていたため「〇〇さん!前任者からお名前は伺っております」と挨拶したところ、「日本人の悪いクセで、日本担当がいない時に担当じゃない自分に仕事をさせようとする(だから自分の名前を知っているのだろう)から」とチクリと言われた。 担当者不在の時、同じ課の同僚が代わりをつとめてくれると考えるのは日本人にとっては普通だが、これはドイツでは通用しない。 ■不在者のフォローも事前に決められた業務 「不在の人の仕事を同僚が代わりにやることはない」と述べた。日本人としては「そうは言ってもどうしても対応しなければならない場合があるのでは?」という疑問がわく。 実はドイツでも、同僚が代わりに業務をするケースはある。 私が勤めていた企業の本社では、課員の中で2名ずつのペアが決められており、その2名は同時に休暇をとらない。誰が代わりを務めるかをその時になって判断するのではなく、代理役は当初から決めてあるのだ。 部下なしの担当者たちを束ねているのをマネージャー、そのまた上司をゼネラルマネージャーとすると、「ゼネラルマネージャー以上の管理職からリクエストがあった時」に限り、担当者が不在であればペアの片方が代理で業務をする。 理由はシンプルで、ゼネラルマネージャーのリクエストとなれば会社にとって重要な案件で至急対応する必要があるからだ。だからトップダウンの仕事はストップしない。 代わりを務めるペアが誰であるかは従業員データベースに記載されていて、日本の現地子会社からもアクセスできる。ペアが代わりを務めるのは「ゼネラルマネージャー以上からのリクエストに限られる」のをほとんどの日本人は知らず、私も担当者不在の時、ペアの片方に仕事を依頼してことごとく断られた。 2週間以上も前に休暇を知らせているにもかかわらず、担当者の休暇中に連絡してきて、たまたま電話をとった同僚にごり押しして仕事させようとする日本の現地子会社を本社のドイツ人は理解できなかっただろう。 このように、一人一人の業務内容が明確で、不在者のフォローもあらかじめ業務として定められ(当然、評価の対象になる)、気遣い・マナー・寛容性といった要素に頼らない仕組みがジョブ型雇用だ。 ■休むのが「毎回女性」だからおかしなことになる もう少しマクロの視点で見てみると、日本の職場で子持ち様現象が起きているもう一つの大きな理由として、男女の賃金格差と固定的性別役割分担意識がある。 「子持ち様」といったとき、それはほとんどの場合女性(母親)である。それは育休・時短勤務・急な子どもの病気での看病を引き受けるのが多くの場合女性だからだ。 論争の発端となった投稿には「また急に休んだ」とあった。「頻繁に休む」という部分も不満の一つなのだ。これも、家庭のなかで夫と妻のどちらが休むかとなったときに、毎回妻が休むために、職場単位で見れば「また休んだ」ということになると考えられる。 夫と妻で休みを分担していれば妻の負担、ひいては妻の同僚の負担も半分になるから、このような不満は起きにくいだろう。 なぜ、毎回妻が休むことになるかというと、そこには「家庭のことは女性が」という固定的性別役割分担意識と男女の賃金格差がある。 2023年の日本の男女間賃金格差は男性(正社員・正職員)を100とした場合の女性(正社員・正職員)の賃金は77.5であった(令和5年厚生労働省賃金構造基本統計調査)。 男女格差を表す指標「イコール・ペイ・デー」によれば、日本の女性が男性と同じ年収額を稼ぐには、年をまたいで4月28日まで117日も追加で働く必要がある (参照・「男女の賃金格差、117日も女性が余分に働かないと男性並みにならない日本の現実」 読売新聞オンライン 2024/03/08)。 家庭単位でみれば、育休・時短勤務による収入減のインパクトを少なくするために、収入の少ない妻に育児の負担が偏るのは当然だ。男女賃金格差の縮小が進めば、夫と妻で仕事のセーブ・育児を分担できるようになる。育休や時短で収入が減る子育て世帯への金銭的サポートも必要だ。 ■子持ち様論争をきっかけに、日本企業が変わらないとまずい理由 ここまで、子持ち様という現象が起こる大きな理由として「メンバーシップ型雇用」と「子育て負担の女性社員への偏り」を挙げた。 しかし、これらへの対策を進めることは、子持ち様以上に深刻な問題の対策にもつながる。 それは労働人口の減少で、「大卒者の2022年問題(2022年を境に大卒者の人数が減少に転じる問題)」で初任給の引き上げが相次いでいることからも明らかだ (参照・「大卒初任給3.9%増は30年ぶりのアップ幅、給料の「横並び一律」主義は崩れたのか」 ダイヤモンドオンライン 2024/05/09)。 今、政府が少子化対策をして効果があったとしても、労働人口に反映されるのは15年後(労働人口は15歳から算入される)。だとすれば、それまでの労働人口の減少を補うには、女性の就労を増やし、外国人労働者を雇うしかない。 円安で日本での就労が魅力的でないなか、日本独特のメンバーシップ雇用・年功序列に固執していては、外国人労働者を増やすことはできない。 また、現状のように女性社員に子育ての負担が偏り、本人、さらにその周囲の社員にしわ寄せがくるようでは到底女性が働きやすいとはいえない。 今回の子持ち様論争を契機に、日本企業のダイバーシティを真剣に考えなければ、今後の労働人口減少にもますます対応できなくなるだろう。 職場における子持ち様論争、および労働人口の減少に対する根本的な解決は、メンバーシップ雇用・年功序列といった日本独特の雇用慣習を世界標準に改め、男女の賃金格差を縮小し、職場のダイバーシティを実現することにある。今後の政府・企業の動きを注視したい。 【関連記事】 ■転職活動で聞かれる「現在の年収」はどうやって計算すればいい? 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