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2024年4月より、求職者に対する労働条件明示のルールが変更された。

これまでは採用直後の勤務先だけを示せば問題なかったが、今後は「従業員が勤務する可能性のある全ての場所」を事前に明示しなければならない。

ルール変更の背景には、共働き世帯の増加によって、勤務地の変更が従業員の家庭により大きな影響を及ぼすようになったことや「滅私奉公で企業に尽くして働く」風潮の変化がある。

近年は「配属ガチャ」という言葉がSNSを中心に使われるようになった。主には新入社員が希望部署に配属されないことでやる気がそがれるといった意味で用いられていて、配属ガチャに「外れた」新入社員はすぐに辞めてしまうことも多いという。

このように、今や従業員がどの地域でどんな仕事をするかについて、一方的に企業側が決めるシステムは、従業員や求職者から嫌われつつある。

「転勤ガチャ」とも言うべき、社員の「転居を伴う転勤」を前提としたシステムも同じだ。転勤制度が社員からネガティブに受け止められていることをすでに人事部も認識し、動き始めている。

今後、企業における採用・転勤・昇進はどうあるべきか。

日本企業・外資系企業・ドイツ赴任を経験したキャリアコンサルタントの立場から、日本企業の採用と人材育成の課題について、海外の事例を取り上げながら考えたい。

■「転居を伴う転勤」が嫌われるワケ
日経ビジネスの調査(日経平均株価構成企業220社のうち70社回答)によると、企業の人事部の81.9%が現状の転勤制度を維持していくにあたり課題を感じ、「転勤をきっかけとした離職」や、さらに「転勤制度の存在が採用で不利」である危機感を感じているという
(参照・70社の人事に聞く「わが社が転勤制度を見直す理由」 日経ビジネス 2022/04/05)。

転勤制度が社員にネガティブに受け止められていることを、人事部も認識しているのだ。

では、なぜ転勤はこんなにも嫌われているのだろうか?

そもそも転勤の多くは、総合職と一般職というコース別採用のうち「管理職候補である総合職」に対して企業から要請される。

この総合職/一般職という区分は日本独特のものだ。「管理職候補=男性」「補助職=女性」と、性別によって募集・採用を分けていた企業が多かった時代から、1986年の男女雇用機会均等法を経て、性別の区分を取り払ったものとして導入された。

それからすでに37年が経過しており、その間に時代は大きく変化している。

1980年から2022年までの日本の共働き世帯数の年次推移グラフを見てほしい。この42年間で、男性雇用者と無業の妻からなる世帯が半減する一方、雇用者の共働き世帯は倍になっている。

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※「共働き世帯数の年次推移」(出典:「令和5年版厚生労働白書」図表1-1-3)

共働き世帯が増えたため、夫婦のどちらかが通勤できない場所へ転勤になった場合、単身赴任するか、片方の配偶者が会社を辞めてついていくかの選択をせまられる。夫婦だけではなく子どもの教育についても考えなければならない。

一度正社員の立場を手放すと、ブランクの後に同じ条件の仕事を見つけるのが難しいので退職の判断はリスクを伴う。単身赴任は家族で過ごす時間を奪い、金銭的な負担もある。転居を伴う転勤は、家族や生活、ひいては人生に与える影響が大きい。

「転居を伴う転勤」が嫌われるもう一つの理由は、年功序列・終身雇用制度が崩れつつあることだ。会社の要請に従って滅私奉公しても、昇進と定年までの雇用が保証されているわけではない。

バブル経済崩壊後の1990年代初頭頃を境に、日本企業はそれまでの日本ではなじみの薄かった早期・希望退職募集を始めた。

東京商工リサーチの調査によると、特にITバブル崩壊の影響が大きかった2002年には主な上場企業のうち200社で早期・希望退職を募集し、総募集人数が約4万人にのぼった。リーマンショック直後の2009年には191社・22,950人、コロナ禍の2020年は93社・18,635人、2021年は84社・15,892人と、経営環境が悪化すると人員削減するようになった。

2024年は3年ぶりに1万人を超えそうな状況で、経営が悪化する前に構造改革をする例も多い
(参照・早期・希望退職を募集する大手企業続出、3年ぶりに1万人超の可能性…黒字のうちに構造改革か 読売新聞オンライン 2024/05/18)。

早期・希望退職募集は日本企業にとっても通例となってきており、終身雇用が保証されているわけではないことがわかる。社員にとってはこれまでのように会社に尽くし続けても、それだけの見返りが得られなくなってきているのだ。

■転勤は誰のため?
ここで改めて総合職について考えてみると、募集要項において「転勤ありの管理職候補」とあいまいな説明のみがなされている企業が多い。

この転勤とは、(1)社員のキャリアアップ・スキルアップのための転勤なのか、はたまた(2)空いたポジションをうめるため・企業のオペレーション継続のための転勤なのか。

日本企業で働く会社員は複数の部署に異動した結果、専門性が弱いジェネラリストだと言われて久しい。「お仕事は?」と聞かれて先進国の人が「アカウンタントです」「エンジニアです」と職業を答えるのに対し、多くの日本人が「〇〇に勤めています」と勤め先を答えるのは海外で良く知られている。

この現象を考えると、(2)のケースも少なくないのだろう。

社員とその家族など、リスクをとって転勤を受け入れる当人たちにとって、転勤して数年働いた後に市場価値が上がるような(そうでなくても社内で昇進して給与の増加が約束された)異動なのかは重要だ。

果たしてその転勤は、誰のためのものなのか?

■「管理職候補」全員に転勤は必要か?
注意が必要なのが、総合職は「管理職候補」であって「幹部候補」とは言っていない点だ。

多くの日本企業では、幹部(役員)は総合職同士での競争を最後まで勝ち残ったものがなる。

大企業の幹部候補は幅広い分野・地域での経験とリーダーとしての資質が必要だ。しかし、幹部候補が、一般的な管理職候補とスタート時から同じグループに属してゼロからふるいにかけられることには疑問がある。

海外では、幹部候補と管理職候補は明らかに分けて育成されるケースが多い。そのことがよく分かるのが、カルロス・ゴーン氏の経歴だ。

20年以上も前になるが、1999年6月、窮地におちいった日産自動車の再建を託されてカルロス・ゴーン氏が最高執行責任者として日本にやってきた。

ルノーの上席副社長との兼任で当時45歳。上席副社長には42歳で就任しており、創業者でもないのに、この若さでグローバル企業の幹部への抜擢は日本企業・日本人ではまずないだろう。

ゴーン氏のそれまでの経歴を見ると、24歳でミシュランに入社し、27歳でフランス国内のル・ピュイ工場の工場長、30歳で南米ミシュランの最高執行責任者、31歳でブラジルミシュラン社長、35歳で北米ミシュラン社長、ルノーに移り上席副社長になったのが42歳である。

ゴーン氏はフランスの理工系トップであるエコール・ポリテクニークで学んだエリートだ。27歳で工場長に抜擢され、その後もリーダーを歴任しておりエリートコースの典型だと言えるだろう。

このように、海外ではエリート社員に幹部へのFast-track、すなわち近道が用意されていることが少なくない。日本の多くの企業が「大卒の総合職」で一括採用し、東大卒もその他の大卒も同じ給料で同じスタートラインに並び、その後少しずつ昇進に差がつくのとは大きく違う。

■幹部候補は別枠採用
こんな企業もある。わたしが勤めていた企業のドイツ本社(メルセデス・ベンツ)では、幹部候補のエリートは別枠で採用していた。

外資系に勤めている人の多くは、本社が外国にある企業の日本子会社に勤めている(現地採用)。私もそうだった。

他方、本社や世界の現地子会社で働く本社採用の人の中に、通常の採用とは別枠で選ばれた少数の「幹部候補のエリート」がいた。

本社ウェブサイトにあるInspire-the Leaders’ Labがそれで、書類選考と丸1日のチームワークやリーダーシップの実技を経て選ばれた学生たちが、入社後、特別なマネジメントプログラムに参加する。

期間は18か月。工場の組み立てラインを始め、ファイナンス・マーケティング・セールスなどさまざまな部署をまわり、海外のプロジェクトへも参加する。その間、ひとりひとりにトップマネジメントのメンター(知り合いのメンターは本社役員だった)がつく。

応募条件はウェブサイトに書かれていないので正確にはわからないが、以前に聞いた条件はこんな感じだ。

・国籍は問わない
・修士以上の学位(予定)
・ドイツ語が流暢である
・母国以外の国で、1年以上勉強あるいは働いた経験がある

修士以上や留学(か仕事)1年以上となると、結局学歴なの? 仕事ができるかどうかはわからないでしょう?と思うかもしれないが、学生は卒業までに休暇を利用してあちこちの企業でインターンシップに参加しており(人気のインターンシップはそれ自体に選抜がある)企業応募時にはその職場からの推薦状も提出してアピールするのが普通だ。

プログラムを終えた参加者は行きたいポジションに応募するが、プログラム出身の経歴は、選考で有利になる。自ら応募しなくても、メンターの役員と仲間の人的ネットワークで声がかかる可能性もある。

私のドイツ赴任時の仕事はプロフィットコントローラー(利益計算・損益計算書の分析・プロジェクト計算をする仕事)だったのだが、同僚の一人がそのプログラムの出身で、「ここで2年くらい働いた後、マーケティングなど他の分野に移る予定だ。ここに長くいると、コントローラーという専門職の色がついてしまうから」と言っていた。

日本以外の先進国の会社員といえば、皆専門を極めようとしていると思いがちだが、さまざまな分野・違う地域で経験を積み、あえてジェネラリストの経歴を作る人もいる。それが幹部候補生のエリートだ。

入社の段階で、国際的な環境で耐えられる優秀な人を選んでおく。その人たちは自律的に転勤をしてリーダーとしての経験を積む。マネジメントへのFast-track(近道)を準備する理由の一つは、変化の速い市場の中での多忙な業務に耐えられる若い幹部の育成だ。

管理職候補と幹部候補では求められる資質も経験も異なるのであるから、新卒採用時に別枠にするのも一考に値する。

■総合職の「転勤」について再考を
日本企業の転勤制度にはもちろんメリットもある。社員にとって、転勤で仕事の経験値・能力が高まる(先に述べた日経ビジネスの調査で61.1%)・人的ネットワークが高まる(同58.3%)といったポジティブな感想がある。

企業にとっては、人の異動で企業をリフレッシュできるし癒着のリスクも減る。また企業文化を知っている人をすぐに補充できるのは、採用コスト・教育コストがかからずにオペレーションを存続できる良い方法だ。

しかし時代は変わった。共働き世帯が増え、企業は昇進や終身雇用で社員の滅私奉公に報いることができなくなっている。

調査では、転勤要請に意向確認はあるが拒否権がない企業が80.6%と多数を占めていた。希望に添わない転勤・転居をしても望むキャリアでない・会社からの見返りが見合わないと考える人は辞めてしまうし、そもそも転勤制度のある企業は新卒採用や中途採用で選ばれなくなる。

日本企業の取り組みはどうか。

AIG損害保険は2019年から望まない転勤を廃止している。全国転勤可を選んだ社員が希望エリア外に勤務する場合は一律月15万円と住居が必要な場合は家賃手当を最大95%支給する
(参照・望まぬ転勤廃止で新卒応募10倍に AIG損保 エリア採用も好調 毎日新聞 2022/09/19)。

明治安田生命保険は単身赴任手当を月額36,000円から50,000円に引き上げ、社宅補助を拡充し転居を伴う異動を対象に最大50万円を支給する制度も新設した
(参照・転勤後押し、手当で報いる 明治安田生命やみずほFG 日本経済新聞 2024/04/29)。

みずほ銀行は、社員が家族を伴って転勤する場合、一時金を従来の15万円から30万円にし、単身赴任の場合は8万円から24万円に引き上げた
(参照・みずほFGが転勤一時金を増額、単身赴任なら3倍に…人材つなぎ留め狙い 読売新聞オンライン 2023/09/26)。

こうした制度から読み取れる方向性は、社員の望まない転勤をなくし、転居してでもキャリアに必要な経験だと自ら希望した人のみが転勤する。希望者のいないポジションに異動してもらう時は、金銭で報いることで納得できる人が異動する。転勤は、個々人がキャリアやライフイベントを考えて自律的に選ぶという考え方だ。

■労働条件明示のルール変更を、形式的な対応で終わらせるべきではない
社内公募制度やリモートワークの拡充、一度退職した人を迎え入れる制度などで選択肢を増やし、中途採用を増やすなどして企業内の多様性をすすめ、いろいろな選択をしてきた人がいる環境をつくる。

総合職=転勤ありの管理職候補/一般職=転勤なしサポート業務という歴史の流れの中で決まった37年前の分け方ありきではなく、社員の意志を尊重した制度を考える、そんな企業が選ばれる。社員のほうも、会社任せではなく、主体的なキャリアプランを持った人が企業から求められるのが本来の姿のはずだ。

今回の労働条件明示ルール変更を、「では総合職の求人に、日本全国・海外の支店と書いておけば法的にOK」と対応するのか、変更の趣旨を理解してこの機会に全体的な制度を改善するのか。今後も注視していきたい。

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東福まりこ キャリアコンサルタント

【プロフィール】
自身のアドバイスで友人が転職に成功したことをきっかけに、キャリアの見直しワークショップを開始。過去の転職経験や海外勤務経験をベースにアドバイスを提供中(国内大手1社・外資系2社、ドイツ赴任1年)。現在はマンツーマン形式でキャリア相談を行う。「転職」ではなく定期的な「転職活動」で市場価値を知るべき、が持論。飼いネコに構ってもらいながら働く日常を送る。

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