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「パワハラ上司にはもうがまんできない! 労基(労働基準監督署)に通報すれば、上司は罰せられて会社にもお叱りが来るはず。労基にかけこんでやる!」

あなたが上司からのパワハラに悩んでいるとしたら、このように考えるのではないでしょうか。労働者の味方である労働基準監督署(以下 監督署)なら、会社も逆らえないし、このつらい状況をなんとかしてくれるはず、という気持ちはよくわかります。

しかし、監督署に訴えればパワハラの加害者が処分されるというのは、実は誤解です。

パワハラ上司にひどい言動をやめてほしい、そして上司だけでなくそれを放置している会社にも相応の罰を受けてほしい、と考えるのであれば、相談先や根拠となる法律について正しく知り、賢く行政の力を利用しましょう。

では、最初のセリフのどこに誤解があるのか、社労士・ハラスメント対策の専門家として解説していきます。

■誤解その1:労働基準監督署に訴えれば、パワハラの加害者は処分される
まず冒頭で指摘したように、監督署に訴えればパワハラの加害者が処分されるというのは誤解です。

そもそも労働基準監督署とはどのような役割を持つ役所なのでしょうか。

役所で行われているすべての仕事は、法令の根拠の上に成り立っています。労働基準監督署では、主に次の3つの法令を根拠として必要な事務を行い、会社を監督しています。

・労働基準法
・労働安全衛生法
・労働者災害補償保険法

実はパワハラの禁止という内容は、この3つの法律のどこにも書いてありません。

つまり、監督署にパワハラについて相談に行くと、話を聞き他の相談先を勧めてくれることはありますが、パワハラがあったかどうか会社を調査したり、パワハラの事実があった場合に行為者(加害者)や会社を罰する権限は持っていません。

パワハラと同時に、残業代の不払い等の労基法違反があれば、それは監督署の管轄です。しかしパワハラだけの場合は「管轄違い」ということで、監督署で対処してもらえることはまずありません。

監督署に行ってパワハラの申告をしたら、話は聞いてくれたがなにもしてもらえなかった、とがっかりしている人を時折見かけますが、そこには上のような管轄の問題があるのです。

■誤解その2:パワハラの通報先は労働基準監督署である
パワハラの通報先は労働基準監督署である、これは半分正解で半分間違いです。

パワハラの相談をしに労働基準監督署に行くこと自体は適切な行動です。しかし、パワハラの相談を受け付けてくれるのは、監督署の中にある「総合労働相談コーナー」という窓口です。

実はここは、場所としては監督署の中にありますが、組織としては監督署の一部ではなく、労働局の雇用環境・均等部(室)の管轄になっています。

なにが違うの?と思われるでしょうが、最も大きな違いは、運営の根拠となる法律が異なることです。

監督署が所掌する主な法律は、先ほど見たように、労基法、安衛法、労災法の3つです。一方、労働局雇用環境均等部(室)の扱うハラスメント関連の法律は、次のようなものです。

・労働施策総合推進法(パワハラ防止法)
・育児介護休業法
・男女雇用機会均等法
・個別労働関係紛争解決促進法

労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が取り扱う法律に入っているので、パワハラについての役所の窓口は「総合労働相談コーナー」(労働局 雇用環境・均等部(室))なのです。セクハラやマタハラも同じく「総合労働相談コーナー」が窓口になります。

■パワハラ禁止の法律と会社の役割
この労働施策総合推進法に「パワハラ禁止」という内容が入ったのは比較的最近で、2020年に大企業が対象となり、2022年から中小企業も対象になりました。

見出しに「パワハラ禁止の法律」と書きましたが、実はこれもかなり不正確な言い方で、正確には「パワハラが起こらないよう必要な対策をするのが会社の義務である」という内容の法律なのです。

つまり、公権力がパワハラを直接規制するのではありません。社内規定でパワハラ行為を禁止し、従業員からの相談を受け、加害者には懲戒処分を行うといった事業主の行動でパワハラを防止する、というのが法律の趣旨です。

パワハラがあったかどうかの調査や、その行動がパワハラに当たるのかの判断は、基本的には会社に丸投げされていると言ってもよいでしょう。

この話をすると「うちの会社がまともに対処してくれるわけがない。これじゃだめじゃん……」とショックを受ける人がいるのですが、これが現在のハラスメントについての法的枠組みです。

■雇用環境・均等部(室)がパワハラ被害者のためにしてくれることはなにか
では、パワハラの相談先である雇用環境・均等部(室)では、会社をどのように監督しているのでしょうか。

前述した通り、パワハラ防止法とは「パワハラが起こらないよう必要な対策をするのが会社の義務である」という内容です。その「必要な対策」については、厚生労働省がガイドラインを発表しています。

ガイドラインに書いてある、会社に義務付けられている対策を怠っていると、雇用環境・均等部(室)の調査が入り、是正指導という行政処分が行われることになります。

是正指導の対象となっている会社の行為は、次のようなものです。

・パワハラ防止措置(パワハラ禁止の方針の明確化、相談窓口の設置)を行っていない
・パワハラ相談を理由とした不利益取り扱い
・パワハラ防止研修を行っていない
・事業主が自らパワハラ行為をしている
・紛争解決援助等の申出(監督署に相談しあっせん等を申し込んだこと)を理由とした不利益取扱い

監督署内の総合労働相談コーナーにパワハラの相談にいくときには、上に書いたような会社の義務違反があったことを話すと、その点については対応してもらえます。

ただ、この指導の趣旨は、被害者を救うことではなく、会社に法を守らせることなので、直接パワハラ被害の救済をめざすわけではないことは知っておいたほうがよいでしょう。

■パワハラ行為自体の調査や処罰を求める方法
パワハラ被害を受けたときに相談し、被害の救済を求める方法はいくつかあります。

・社内の相談窓口の利用
会社内に設置されているハラスメント相談窓口や人事部に相談し、社内での解決を図ります。ただし、会社が適切に対応しない場合には外部機関の利用を検討します。

・あっせんの申請
労働局が中立的な立場で、被害者と会社の間に入り、話し合いによる解決を目指します。裁判ほどの拘束力はありませんが、柔軟な解決が期待できます。

・労働審判や裁判の利用
パワハラの被害が深刻で、会社が適切な対応を取らない場合には、労働審判や民事裁判を通じて損害賠償請求や慰謝料請求を行うことが可能です。弁護士に相談し、法的手段を検討します。

・専門家への相談
弁護士や社会保険労務士に相談し、法的なアドバイスを受けることで、適切な対応策を検討できます。特に、証拠の整理や法的手続きの準備に役立ちます。

■証拠の収集などの事前準備が相談成功のカギ
上に書いたように、パワハラ被害に対処するために利用できる窓口は複数あります。

今回は監督署と総合労働相談コーナーの役割についてお伝えしましたが、各機関の役割と限界を理解し、適切な相談先を選びましょう。

また、相談を成功させるためには、証拠の収集などの事前準備が不可欠です。記録をしっかり残し、冷静に対応することで、問題解決への道が開けます。最終的には、あなた自身が納得できる形で解決を目指すことが重要です。

李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント

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【プロフィール】
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李 怜香
社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント


岐阜県生まれ。早稲田大学卒業。1999年、宇都宮市にて李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)を開業。2011年、産業カウンセラー登録。2012年、ハラスメント防止コンサルタント認定、(公財)21世紀職業財団ハラスメント防止研修客員講師に就任。2019年、健康経営エキスパートアドバイザー認定(第1期)。

官公庁から大手企業、教育機関まで幅広い分野で研修実績がある、ハラスメント対策のエキスパート。ハラスメント外部相談窓口の相談対応や、事案解決支援の経験を活かした実践的な指導には定評があり、研修受講者からの満足度は90%以上。法的知識とカウンセリングスキルを組み合わせた独自のアプローチで、職場のメンタルヘルスやハラスメント防止の分野で、企業をサポートしている。

公式サイト https://yhlee.org/wp/

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