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コロナ禍以降、一気に普及したテレワークによって長時間同じ姿勢でデスクワークを続ける人が増え、その結果として肩こりや腰痛に悩むビジネスパーソンが急増しています。

「たかが肩こり、たかが腰痛」と侮ってはいけません。肩こりや腰痛といった慢性的な痛みを抱えながら仕事を続けると、1人当たり月に約9,700円の生産性損失が生じるという報告もあります(参照:厚生労働省 産業保健の観点からの健康経営の有用性の検証のための研究)。

つまり、社員の不調が慢性化すれば、生産性の低下はもちろん、将来的により大きな病気につながり離職してしまうなどのリスクにもつながり、企業の利益にかかわるのです。

本記事では、テレワークによる不良姿勢や慢性的な痛みが経営に及ぼす影響と、その対策としての健康経営(企業が従業員の健康を経営的な視点で管理し、戦略的に実践すること)の重要性を、理学療法士の視点から考えたいと思います。

■テレワークの不良姿勢で経済損失6兆円? 社員の身体の痛みが会社にもたらすリスク
コロナ禍以降、テレワークの普及に伴って「不良姿勢」が常態化し、肩こりや腰痛に悩むビジネスパーソンが増えています。令和5年の厚生労働省の「業務上疾病発生等調査」では、業務上で身体の不調を訴える人は 社員が約7割に上ると報告されました。

これらの症状は筋肉や関節だけでなく、長時間の同一姿勢による筋膜の硬さや神経の血行不良によって引き起こされるケースが少なくありません。

東京大学医学部附属病院と日本臓器製薬が就労者1万人(平均年齢 48.1歳)を対象に行った共同研究では、こうした痛みによる経済の損失は約6兆円に上る※と報告されています。

この背景には、企業がリモートワークへ急速に移行した結果、在宅での労働環境が十分整っていないまま長時間のデスクワークを行う人が増えている、という面があります。その影響で首や肩、腰への負担が大きくなり、プレゼンティーズム(体調不良で出勤はしているが、生産性が低下している状態)や休職リスクの増加という問題が顕著に表れるようになりました。

こうした慢性的な不調は筋肉や関節だけでなく、自律神経の乱れも引き起こしやすくなります。

長時間同じ姿勢での筋肉や背骨への負荷が増加し、交感神経と副交感神経のバランスが崩れやすくなり、ストレス反応が上昇することで、疲労回復が遅れて集中力や判断力が下がるなど悪影響を与えるのです。

その結果、情緒の安定まで損なわれると、プレゼンティーズムが深刻化し、業務効率の低下やミスの増加につながり、休職や離職のリスクまで高まります。悪循環が続けば、優秀な人材の離職につながり、企業にとって大きな損失となるでしょう。

冒頭で、肩こりや腰痛といった慢性的な痛みを抱えながら仕事を続けると、1人当たり月に約9,700円の生産性損失が生じるとお伝えしました。

例えば、社員数300名の中堅企業で単純に試算すると、1カ月で約291万円、年間で3,500万円を超える損失になる計算です。もちろん企業規模が大きくなるほど、この損失は指数関数的に増加します。

痛みや不調を放置することで離職者が出れば、採用コストの増加やノウハウの流出といった面でも会社への影響はマイナスです。

※「頚部痛・肩こり」約3.1兆円、「腰痛」約3.0兆円の合計額
・出典 厚生労働省 慢性の痛み患者への就労支援/仕事と治療の両立支援および労働生産性の向上に寄与するマニュアルの開発と普及・啓発
・分担研究報告書 痛みを抱える就労者の実態把握および汎用性のある評価尺度の基礎的検討 吉本隆彦 2022/06/07


■肩こり・腰痛対策は費用対効果が高い
ここまでで、社員の身体の慢性的な痛みは「たかが肩こり、たかが腰痛」とバカにできない経営的な損失があることを解説しました。

ポイントは、こうした損失を軽減するための対策は大げさなものではなく、ちょっとしたことから取り入れられることです。

例えば、社員がこまめに姿勢をリセットし、適度な運動を行う習慣をつくるだけでも、慢性的な不調の予防や改善に大きく近づきます。始める際は、1日5分程度の短い時間からでもいいのです。ただし、そのために企業側が率先して就業時間内の一部を活用する仕組みづくりをサポートすることなどが重要です。

オフィスの一角にストレッチスペースを設け、簡単な運動やリラクゼーションができる環境を整えることも効果的です。

ちょっとした仕組みを設けることで、従業員一人ひとりのパフォーマンスが向上し、離職率の逓減につながるなら、費用対効果が高い取り組みと言えるのではないでしょうか。

企業が従業員の健康を経営的な視点で管理し、戦略的に実践するこのような取り組みは「健康経営」と呼ばれ、近年注目を集めています。健康経営は、企業成長の観点からもとても効果的な取り組みといえます。

特に、腰痛や肩こり対策は、社員への義務として捉えられがちですが、経営視点で見るとむしろコストパフォーマンスの高い投資といえます。

放置すれば生産性の低下や離職率増加など損失を招きますが、対策を行えば生産性向上や企業のイメージアップといった多面的なメリットが得られます。つまり「健康管理=コスト」ではなく「健康管理=将来の利益を生み出す投資」という視点が大切です。

■テレワークによる不良姿勢を改善する方法
では、社員の不良姿勢による慢性的な痛みを和らげるには、具体的にどのような運動を取り入れればいいのでしょうか? 理学療法士の視点から少し解説します。

テレワークの増加で長時間同じ姿勢を続ければ、首や肩、腰の痛みが増し、慢性化しやすくなります。
表面的なマッサージや一過性のストレッチだけでは、筋肉・筋膜・関節・神経など複合的に絡み合う根本原因にアプローチできない場合が多いです。

たとえば、姿勢不良でよく起こる“ストレートネック”の状態が続くと、首の前弯が失われるため、頭の重さが常に肩や腰へ伝わります。さらに呼吸が浅くなると横隔膜の動きが制限され、自律神経のバランスを乱しやすい要因にもなります。

そこで、横隔膜や腹横筋、多裂筋といったインナーマッスルを動かすエクササイズが効果的です。呼吸と姿勢を同時に整える“ピラティス”なども、総合的な改善をめざすには適したメソッドです。

インナーマッスルを動かすエクササイズは、肩の真下に肘をついておこなう「肘付きプランク」プランクなどがあります。
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(図1:肘付きプランク)
また日常の簡単なセルフチェックや軽い運動を習慣化することでも、血流を改善し、慢性的な不調を軽減する効果は十分に期待できます。

一度、立ち姿を横から見た時に、腰が反り返って立ってしまっていないか、座っている時に、沈み込んでしまっていないか自分の姿をチェックしてみてください。姿勢の確認をするだけでも、不良姿勢を自覚しやすくなります。
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(図2:腰が反り返ってしまっているNG姿勢(立ち姿勢))

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(図3:沈みこんで座っているNG姿勢(座り姿勢))

腰に自然な湾曲ができているのが、正しい座り姿勢です。背当てにもたれたくなる人は、図4のように、クッション(赤の箇所)などを挟むのがおすすめです。
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(図4:正しい座り姿勢)

■「健康経営」は重要な成長戦略―企業ができる取り組み
姿勢改善は単なる健康管理の枠を超え、企業の成長戦略の一部と捉えられつつあります。痛みによるプレゼンティーズムが軽減すれば、業務効率が上がり、優秀な人材の離職防止や採用時の企業イメージ向上にも繋がります。

肩こりや腰痛による6兆円の経済損失は受け入れがたい現実ですが、アプローチを間違えなければ、生産性を高める大きなチャンスにもなります。

健康経営はコストではなく投資と考え、効果的な対策に取り組むことで、企業利益と従業員満足度を同時に高めることが期待できるでしょう。姿勢ケアを土台とした“健康投資”をきっかけに、これからの職場環境をよりよい方向へアップデートしてみてはいかがでしょうか。

木城拓也 理学療法士・整体 ピラティス事業「株式会社理学ボディ」代表取締役社長

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【プロフィール】
kishiro
2011年に理学療法士国家試験に合格後、都内のスポーツ整形外科クリニックに勤務し、プロスポーツ選手や箱根駅伝選手などの施術を担当。そこで培った臨床経験と専門的な知識をもとに、2017年「青山筋膜整体 理学BODY」1号店を表参道に開業。翌年に株式会社理学ボディを設立し、代表取締役社長に就任する。

「最高の技術で世界中を健康に」という理念のもと、“通わせない整体”を目指した理学療法士による整体と、理学療法士監修のピラティススタジオ「ルルト」を展開し海外進出も果たす。現在では日本と東南アジアを中心に140店舗以上を運営している。

公式サイト https://kabushikigaisya-rigakubody.co.jp/

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