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失職・再選を経て、現在もマスコミの関心を集める兵庫県知事・斎藤元彦氏。当選当初は兵庫県政に新風を吹き込むと期待された一方、知事就任後、県職員に対する厳しい言動やパワハラ疑惑が浮上。2024年には百条委員会による調査が行われる事態に発展し、最終的に知事を失職したものの、直後の再選挙で再び当選を果たしました。3月19日には第三者委員会の調査報告書により、斎藤氏の複数のパワハラ行為が認定されました。斎藤氏のパワハラとされた言動には、権威主義的パーソナリティの特徴を見ることができます。

パワハラ問題を抱えながら一方で圧倒的な支持を得て再選したという、一見矛盾した出来事についても、この権威主義的パーソナリティの持つ性質が影響した可能性があります。

本稿では、パワハラ問題を専門に扱う社会保険労務士の視点から、今回斎藤氏のパワハラとされた言動を権威主義的パーソナリティという観点から検討し、パワハラのメカニズムや再選の矛盾が起こった理由、さらにビジネスパーソンがパワハラの行為者にならないためのヒントについて考えたいと思います。

■権威主義的パーソナリティとパワハラ
権威主義的パーソナリティとは、上位者には従順で下位者には威圧的な態度をとる、規則や慣習を過度に重視する、力による問題解決を好む、思考の柔軟性に欠け白か黒かの二分法を好む、異なる価値観を受け入れにくいなどの特徴を持つ性格傾向を指します。

これは第二次世界大戦後、アドルノらによって、ナチスを支持した市民の心理を研究する中で見出された社会心理学の概念で、特定の集団のなかで培われる社会的性格と呼ばれます。

権威主義的パーソナリティの核心は官僚組織などのタテ社会で培われる、権威に対する服従と権威に従わない存在への攻撃という二面性です。

ハラスメント問題の専門家として多数の事例を見てきた筆者からすると、パワハラにはこの権威主義的パーソナリティが関わっていることが多くあります。

たとえば、上司が権威主義的パーソナリティの持ち主である場合、上司の目には職務遂行能力が低い「扱いにくい部下」は、反抗的で権威に従わない存在として映ります。このような部下を攻撃してしまうことでパワハラ行為につながるのです。

この「服従と攻撃」という二面性が、権威主義的パーソナリティに基づくパワハラのメカニズムだと言えるでしょう。

■兵庫県知事の例に見られる権威主義的パーソナリティ
では、斎藤氏の例ではどの部分が権威主義的なのでしょうか。報道されている言動をもとに考えてみたいと思います。

斎藤氏のパワハラとされる言動には、付箋を投げる、机をたたくなどの威圧的行為や、動線確保や段取りを意味する「ロジ(ロジスティクス)」に対する異様なこだわりが指摘されています。

特に「ロジ」への強いこだわりは、更衣室の準備不足やエレベーターの扉が眼の前で閉まったことへの叱責、20メートル歩かされたことへの激怒(斎藤氏本人は車の動線確保の問題と説明)などの形で表れています。

これらの言動には、官僚組織で培われた権威主義的な行動パターンが反映されていると考えられます。厳格なルールを設け、自分の意見が絶対であると感じ、それに従わない部下を必要以上に強く叱責する行為が、権威主義的パーソナリティから説明できるのです。

■再選の背景にある権威主義的パーソナリティの受容
興味深いことに、パワハラ問題で失職した斎藤氏が再選を果たしたという事実は、権威主義的パーソナリティが一般市民から一定の支持を受ける現象を示しています。

選挙では斎藤氏が111万3911票を獲得し、次点の稲村和美氏の97万6637票に13万票超の大差をつけて勝利しました。

この再選の背景には、いくつかの要因が考えられます。まず、SNSでの発信が支持拡大につながったとされています。特に注目すべきは、「斎藤氏への同情や共感」と「メディアや公務員、地方議員への不信と反感」が表裏一体になったという指摘です。メディアの批判一色の報道に対する県民の違和感が、斎藤氏への支持につながったと考えられます。

権威主義的パーソナリティの観点からこの現象を分析すると、権威主義的リーダーシップへの支持が広く存在することが示唆されます。

複雑な問題を単純な二分法にして明確なメッセージを発する権威主義的なリーダーによって「既得権益に立ち向かう」というイメージが形成されることで支持を集める現象は、他の政治場面でも見られるものです。

たとえば、トランプ米国大統領は「エスタブリッシュメント」に挑戦する姿勢で、いままで民主党に投票してきた層からも支持されました。

日本でも、安倍晋三元首相の「強いリーダーシップ」が長期政権を支えた一因と分析されています。これらのリーダーたちは、権威主義的な統治スタイルへの批判がありながらも、「強いリーダー」像を求める有権者の支持を獲得したのです。

斎藤氏の事例は、権威主義的パーソナリティがもたらす影響の両義性を示しています。一方では、パワハラにつながる問題行動を生じさせ、組織内の人間関係を悪化させる要因となります。

しかし他方では、強いリーダーシップや決断力、目標達成への強い意志といった側面が支持を集めることもあります。特に社会的な不満や既存システムへの不信感が高まっている状況では、権威主義的なリーダーが「既得権益に立ち向かう」存在として支持される現象が生じるのです。

■自分の中の権威主義的傾向をコントロールするには
権威主義的傾向は、特別な人だけではなく、私たち一人ひとりが程度の差こそあれ持ち合わせているものです。斎藤氏の事例から学ぶべき教訓は、自分自身の中にある権威主義的パーソナリティを認識し、それをコントロールする努力を続けるべきだということでしょう。

とくに、あなたが職場のリーダーで、会社の都合を絶対と感じ、それに合わない部下を「問題のある存在」として強い不快感を覚えるなら要注意です。

内部告発した職員を公の場で「嘘八百」等の極端な言葉で攻撃した齋藤氏と同じ資質が、自分の中にも隠れていることを自覚する必要があるからです。

兵庫県知事が抱える問題を見た上で、ビジネスパーソンがパワハラ的な行為で自分の立場を危うくしないために、具体的に取り組むべき行動はなんでしょうか。

まず自己観察が挙げられます。例えば、異なる意見に対して感情的になっていないか、自分の考えを絶対視していないか、相手の立場や感情を軽視していないかなどを確認するといいでしょう。

また、権威主義的な行動は、不安や焦りを感じていると強化されることが調査からわかっています。競争に負けるのではないか、自分の立場が守られないのではないかというという不安が部下への厳しい態度として出ていないか、点検しましょう。

次にフィードバックの受容も重要です。斎藤氏は百条委員会で「コミュニケーション不足で職員の受け取りにズレが生じた」と、自身の行動について弁明しましたが、この認識のずれ自体が、他者からのフィードバックを受け入れず独善的にふるまう権威主義的パーソナリティの特徴を示しています。

周囲の反応に敏感になり、自分の言動が相手にどう受け止められているかを常に意識することで、問題の早期発見・対処が可能になります。

さらに多様性への寛容も必要です。権威主義的パーソナリティの特徴として、異なる価値観や行動様式を受け入れにくいという点があります。

これはダイバーシティ&インクルージョンや心理的安全性を重視する現代の職場には合わない資質です。意見の相違を恐れず、むしろ異なる視点を積極的に取り入れる姿勢を育むことが、権威主義的傾向の緩和につながります。

あなたが組織のリーダーである場合は、権力の分散を意識的に行うことも効果的です。なんらかの決定をする際に、チームメンバーの参画を促し合意形成を重視する姿勢が、権威主義的な組織文化の形成を防ぎます。

兵庫県知事のパワハラ問題と再選という一見矛盾した出来事は、権威主義的パーソナリティの複雑な社会的受容を示しています。このことを一般の職場に置き換えると、より健全な職場環境を築くためには、私たち一人ひとりが、パワハラと親和性の高い自分自身の権威主義的傾向と向き合うことが必要だと言えるでしょう。

李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント

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【プロフィール】
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李 怜香
社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント


岐阜県生まれ。早稲田大学卒業。1999年、宇都宮市にて李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)を開業。2011年、産業カウンセラー登録。2012年、ハラスメント防止コンサルタント認定、(公財)21世紀職業財団ハラスメント防止研修客員講師に就任。2019年、健康経営エキスパートアドバイザー認定(第1期)。

官公庁から大手企業、教育機関まで幅広い分野で研修実績がある、ハラスメント対策のエキスパート。ハラスメント外部相談窓口の相談対応や、事案解決支援の経験を活かした実践的な指導には定評があり、研修受講者からの満足度は90%以上。法的知識とカウンセリングスキルを組み合わせた独自のアプローチで、職場のメンタルヘルスやハラスメント防止の分野で、企業をサポートしている。

公式サイト https://yhlee.org/wp/

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