![]() しかし、この値上げラッシュにはまだ終わりが見えない。企業が抱えるコストの増加は、原材料費や輸送コストの高騰だけにとどまらない。次に迫るのは最低賃金1500円という衝撃的な変化である。 石破政権は2020年代に全国平均の最低賃金を1500円以上に引き上げる方針を示している。2024年10月時点での全国平均は時給1,055円。これを1.5倍にするということは、企業にとって過去最大級の負担増となる。単純に計算しても、人件費が現在の1.5倍になる企業は珍しくない。 日本商工会議所が行った調査によれば「最低賃金1500円への対応が不可能」と答えた企業は19.7%、「対応は困難」とする企業は54.5%にのぼる。つまり、全体の74.2%が死の淵にいることを意味する。 特に何も対策を講じていない企業は急激なコスト増加に対応できず、即座に倒産する可能性が高い。今までと同じやり方で生き残れるわけがない。 最低賃金1500円の時代は、戦略や計画を持つ企業だけが生き残れる世界だ。成り行きに任せた経営は、破滅への一本道である。 この記事は、最低賃金1500円が良いか悪いかを論じるものではない。それが起こる前提で、戦略や計画を持たない企業は滅びるという現実を中小企業診断士の観点から示す。 だが、この問題は経営者だけに関わるものではない。働き手や消費者も、この変化に無関心ではいられない。企業が倒れれば、働き手は職を失うことになる。消費者もまた、生活費の高騰という形で影響を受ける。最低賃金1500円という変化は、社会全体に影響を与える問題なのだ。 この時代をどう生き残ればいいのか。経営者・働き手・消費者それぞれに求められる姿勢を明らかにしたい。 ■最低賃金1500円で企業の損益はどうなるか まず、最低賃金が1500円になると企業の利益がどれだけ減るのかを、売上1億円、人件費3000万円、営業利益0円の飲食店のケースで考えてみる(参考:令和5年度中小企業実態調査 中小企業庁、平成28年飲食店営業の実態と経営改善の方策 厚生労働省)。 単純計算で人件費が1.5倍になるとすると、人件費が1500万増加し、営業利益が1500万円低下する(図1)。 ![]() では、利益を保持するため、仮に値上げのみで人件費の上昇分をまかなおうとするとどうなるか。単価2500円を2875円に上げることになり、値上げ幅は15%(図2)。これだけ単価を上げると、顧客離れを引き起こすリスクが高まるだろう。 ![]() ここで大切なのは、複数の方策を組み合わせた計画を作ることだ。例えば客単価を5%アップするが客数は維持、さらにAIやITなどを使って業務効率化し人件費増を25%増にとどめ、経費も下げて現状の利益を維持すると考えると図3のようになる。この考え方であれば、単価アップを5%に留めることができる。 ![]() あくまでこれは一例である。売上を上げるよりも業務効率化に重きを置く考えもあるし、客数も客単価も伸ばし売上を上げる考えもあるだろう。大切なことは、人件費がいくら上がるか試算し、カバーするための利益構造を計画することだ。 精神論ではなく数字に落とし込まれて初めて、何をどこまで対策すればいいか、どこまで値上げしなければならないかが見えてくる。計画がなければ「値上げしたから儲かっているだろう」と錯覚し、実際は人件費を賄えず倒産することも十分にありえる。計画を持たない企業がいかに危険なのかが分かるだろう。 ■サイゼリヤ驚異の安さの裏にも緻密な計画が 最低賃金が引き上げられる中で、低価格を維持し続けている企業も存在する。その代表例がサイゼリヤである。 ファミリーレストラン業界の中でも、サイゼリヤは極端な低価格戦略をとっている。「ミラノ風ドリア 300円」という圧倒的な安さを実現しているが、その裏にも緻密な計画がある。 一つ目は垂直統合モデルだ。食材の調達から加工、提供までを一貫して自社で管理する。オーストラリアに自社工場を設置し、食材を大量生産することでコストを抑えている。 二つ目は輸入コスト削減だ。イタリアからワインを大型コンテナで直接輸入し、自社でボトリングすることで中間マージンを削減。これにより「グラスワイン100円」という驚異的な価格を実現している。 三つ目はセントラルキッチン方式だ。店舗での調理を最小限にすることで人件費を抑え、効率化を図っている。調理工程を工場で完結させることで、店舗では温めるだけで提供できる仕組みを構築している。 サイゼリヤが成功を収めているのは、低価格をどう維持するかを数字で設計し、それを計画として実行しているからだ。偶然の成功ではなく、緻密に計画された戦略である。最低賃金1500円時代を迎えても、同社のモデルは強力だ。食材のコストを抑え、効率化によって人件費の増加をカバーする仕組みが確立されているからだ。 大企業だからできると思う人もいるかもしれない。しかし、中小企業でも計画を用いてうまく対応している企業もある。 ■取引先の納得を得た中小企業の値上げ計画 封筒製造業を営む澤村商店は、コスト増をどう価格に反映させるかを計画として明確にした(参考:原料高騰を加工賃と稼働率向上へ反映:株式会社 澤村商店(封筒製造販売) J-net21)。 原材料費や人件費の増加を社内で整理し、このままでは利益が出ないという現実を見える化。具体的にどの商品を、いつから、どれだけ値上げするかを文書化して取引先に提示した。 値上げをただ求めるのではなく、なぜ必要なのかを数字で示すことで納得を得た。また、取引先に負担をかけすぎないように、値上げを段階的に行うことも提案した。 加工賃の見直しと同時に、工場の稼働率を向上させるための改善策を導入。作業効率を高め、無駄を削減することで、コスト増を吸収する計画を実行した。 澤村商店が成功を収めた背景には、無計画に価格を引き上げるのではなく、数字に基づいて合理的に計画を組み立てたことがある。同社の例は、値上げを避けられない状況でも、計画次第で顧客の理解を得られることを示している。 ■戦略・計画を持つ者だけが生き残る時代 サイゼリヤと澤村商店、両社に共通するのは、すべての対策が計画として具体化されていた点だ。 サイゼリヤは低価格を維持するためのコスト構造を明確にし、徹底的に効率化を図っている。澤村商店は値上げをどう伝え、どう受け入れてもらうかを事前に計画し、取引先と交渉を成功させた。 つまり、計画を持つことが、最低賃金1500円時代を生き抜く唯一の道である。ここでは偶然や勘に頼った経営は通用しない。「戦略と計画だけで生き残れるのか?」と疑問を抱く経営者も多いだろう。確かに、市場環境の変化や顧客ニーズの変動、競合の出現といった不可抗力の要因もある。 計画通りに進まないこともあるのは事実だ。しかし、それでもなお計画を持つことは最低条件である。 戦略や計画があるからこそ、状況に応じた柔軟な対応が可能になる。逆に言えば、計画がなければ軌道修正すらできない。 サイゼリヤの例を見てほしい。同社は垂直統合モデルによって低価格を維持する計画を立て、効率化を進めた。だが、すべてが計画通りに進んだわけではない。 新型コロナウイルスによる外食需要の減少、原材料費の高騰や輸送コストの増加、他社による価格競争の激化、など想定外のことはいくつもあった。それでも、サイゼリヤが強固である理由は、あらかじめ設定された計画と戦略を軸に、状況に合わせた修正が可能だったからだ。 澤村商店も同様だ。加工賃の見直しを提案する際、すべての取引先が簡単に受け入れたわけではない。交渉は時に難航したが、明確な計画があったからこそ修正案を提示し、段階的な実施という柔軟な対応ができた。 戦略と計画だけで生き残れるのか?という疑問に対する答えは明確だ。計画を持たなければ、修正すらできない。最低賃金1500円時代において、成り行きで経営を続けられるほど環境は甘くない。計画は成功を保証するものではないが、失敗を回避するための最低条件である。 ■働き手と消費者にとっても他人事ではない この問題は、経営者だけに影響するものではない。働き手と消費者も、無関心ではいられない。 最低賃金1500円は、一見すると働き手にとって収入増というプラスの側面が強調されがちだ。しかし、その背後には深刻なリスクが潜んでいる。 最低賃金が上がるということは、収入が増える可能性がある一方で、雇用が減る危険性もあるということだ。企業がコスト増に耐えられずに倒産すれば、働き手は職を失う。あるいは、コスト削減の一環として人員整理が行われることも十分に考えられる。 特に、中小企業において、従業員の数を削減することが唯一のコスト削減手段になるケースは多い。中小企業に勤める非正規雇用者やアルバイトは、その影響が直撃する可能性が高い。無計画な経営者のもとで働くリスクを見極め、自分自身の働き方を見直す必要がある。 「賃金は上がったが、仕事がなくなる」。これは現実に起こり得るシナリオである。 一方で、企業が効率化を進める中で、ITツールの導入や自動化が急速に進む。この時代において、ただ働いているだけでは生き残れない。 必要とされるスキルは変化し続けている。 サイゼリヤのセントラルキッチン方式のように、現場での業務が単純化される流れは加速するだろう。澤村商店のように、効率化を追求する企業では従業員に対する期待も変化していく。 つまり、働き手にとっても計画を持つことが必要なのだ。 ただ雇われているだけではなく、自分のスキルをどう高め、どう価値を示すかを考えなければならない。 消費者にとっても他人事ではない。多くの人が「企業が負担を吸収してくれるだろう」と期待しているかもしれない。だが、それは甘い幻想である。 サイゼリヤのように、効率化やコスト削減の努力によって低価格を維持できる企業は例外である。多くの企業は、コスト増を価格転嫁する以外に生き残る方法がない。企業が人件費の増加を吸収できなければ、商品やサービスの価格は確実に上がる。 これは避けられない現実だ。この時代に「安さ」を期待するのは、無謀と言っても過言ではない。 では、消費者はどうすれば良いのか? 答えは明確で、生活の自衛を考えることだ。 具体的には、生活費の見直し、必要なものと不要なものを区別する、購入先を選び、価値に見合った支払いをすること。 最低賃金1500円という変化は、消費者に対しても計画を持つことを求めている。もはや、安価な商品やサービスを当然視する時代は終わった。 ■生き残るのは「計画を持つ者」だけ 最低賃金1500円時代は、避けられない現実だ。だが、計画を持つ者にとっては生き残るチャンスでもある。 経営者は、売上・コスト・効率化を具体的に数字で示し、現実的なシナリオを描け。 働き手は、自分の職場がどう対応するのかを確認し、自分のスキルを磨け。 消費者は、高値を避けられない現実を受け入れ、生活の自衛を考えよ。 この変化を前に、「なんとなくでやり過ごす」という選択肢はもはや存在しない。 計画を持つ者だけが生き残る。 濵口誠一 中小企業診断士 【関連記事】 ■タイミーの成長に黄色信号 先発者の勝ち抜きが難しい理由 (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/62015624-20241216.html ■本業以外の収入が伸びるコンサルが必ずやっている営業法(横須賀輝尚 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62287966-20250414.html ■「共働き禁止」の大学で職場結婚をしたらまさかの解雇?~職場の謎ルールに対処する方法~(李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/62232409-20250321.html ■変動金利は危険なのか?(中嶋よしふみ FP) https://sharescafe.net/60041384-20221223.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? 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