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長野県上田市の上田千曲高校生活福祉科の生徒たちが取り組む活動に「レンタル高校生プロジェクト」というものがあります。

このプロジェクトは、高校生が地域の高齢者宅を訪問し、無償で困りごとや要望に応える地域貢献活動です。草取りや障子張り、スマートフォンの使い方指導など、高齢者の日常生活をサポートする取り組みとして注目を集めています。

社会保険労務士としてこのような活動を見ると、その社会的意義を評価すると同時に、労働問題やキャリア教育の観点からも考察する必要があると感じます。また、活動の安全性や高齢者との適切な関係性構築についても検討すべき点があります。

今回はレンタル高校生の取り組みから、無償の社会貢献活動が持つ様々な側面について考えてみたいと思います。

■レンタル高校生とは
レンタル高校生プロジェクトは2023年度から始まった取り組みで、上田千曲高校の生活福祉科の生徒たちが主体となって行っています。

2025年5月14日には、生活福祉科3年生の16人が6つのチームに分かれて高齢者宅を訪問しました。これまでに15件の高齢者宅を訪問し、以下のような活動を行っています。

・草取り、障子張り、窓ふき、排水溝の掃除などの家事
・スマートフォンの使い方指導
・散歩の付き添い
・話し相手
・庭の手入れ

この活動の意義は多岐にわたります。高齢者の日常生活の困りごとを解決するだけでなく、世代間交流の機会を創り出し、生徒たちが福祉を実践的に学ぶ場となっています。また、高齢者が抱える課題を直接知ることで、地域課題の発見にもつながっています。

■労働基準法上の視点から考える
このような無償の高齢者支援活動は、労働法上どのように位置づけられるのでしょうか。

一般的には、このような活動はボランティア活動として捉えられます。ボランティアは本来、他人や社会に貢献するために報酬を求めず自発的に行う活動であり、法的には労働ではなく準委任契約に基づくものとされています。

しかし、ボランティアと労働の境界は時に曖昧です。以下のような条件に該当する場合は、労働基準法上の労働者となる可能性があります。その場合は賃金の支払いが必要ですし、労災保険の対象にもなり、労働時間の制限もかかってきます。

1.活動日時の指示があり、諾否の自由がない
2.活動時間の延長や予定外の活動指示がある
3.指揮命令違反や欠勤・遅刻に対する制裁がある
4.一般の労働者と明確に区分されていない

特に高校生が労働者と認められた場合、18歳未満は労働基準法上の「年少者」に該当し、特別な保護規定が適用される点にも注意が必要です。

■安全面とハラスメント防止の観点から
高齢者支援活動を行う際には、安全面とハラスメント防止の観点からも十分な配慮が必要です。

介護現場では、利用者である高齢者が介護職員にセクハラやパワハラに及ぶ場合があることが問題となっていますが、レンタル高校生でも同様の危険が考えられます。

このようなリスクを回避するための工夫として、以下のような対策が考えられます。

ハラスメント防止のための対策
・複数人での訪問:必ず2人以上のチームで訪問し、単独での活動を避ける
・個人情報の取扱い:個人の携帯番号やLINEは教えない
・事前研修の実施:ハラスメントの具体例や対処法について事前に研修を行う
・教員の同行:特に初回訪問時には教員が同行する
・報告体制の整備:不快な言動があった場合にすぐに報告できる体制を整える
・活動範囲の明確化:どこまでの支援を行うのかを事前に明確にする

高齢者との適切な関係性構築
・活動の趣旨説明:教育活動の一環であることを高齢者に丁寧に説明する
・活動時間の制限:1回の訪問時間を適切に制限する
・定期的な振り返り:高齢者と高校生双方に活動の感想を聞く機会を設ける
・相互理解の促進:世代間の価値観の違いを理解するための事前学習を行う
・過度な依存関係の防止:特定の高齢者に特定の生徒が継続的に訪問することを避ける

これらの対策を講じることで、安全で互いに尊重し合える関係性の中で活動を継続することができるでしょう。

■キャリア教育としての価値
レンタル高校生のような活動はキャリア教育としての大きな価値を持っています。

キャリア教育は、社会で必要となる力を身につけ、将来や職業について考えるきっかけを作り、学業と将来を結びつけて学習意欲を高める重要な役割を担っています。

特に生活福祉科の生徒たちにとって、この活動は教室で学んだ知識を実践する貴重な機会となっています。実際に高齢者と接することで「高齢者一人ひとりのことをよく知ることができた」「支援を継続することが大事」といった気づきを得ています。

■労働問題とキャリア教育とのバランスを取る
レンタル高校生のような活動を継続・発展させるには、労働問題とキャリア教育の両面からのバランスを取ることが重要です。

労働問題や安全面への配慮としては、まず活動の自発性を確保することが不可欠です。生徒たちが強制ではなく自らの意思で参加できる環境を整えることで、活動への意欲も高まります。

また、活動時間や内容に適切な制限を設けることも必要です。特に高校生は学業との両立が求められるため、過度な負担にならないよう配慮が必要でしょう。

安全面への配慮も徹底すべき点です。事前の安全教育や緊急時の連絡体制の整備など、万が一の事態に備えた準備が欠かせません。さらに、この活動が学校教育の一環であることを高齢者にも明確に伝え、理解を得ることが大切です。

ハラスメント防止のための体制整備も重要で、生徒が不快な思いをした場合にすぐに相談できる窓口を設けるなど、生徒を守る仕組みが必要です。

一方、キャリア教育としての充実を図るためには、活動前のオリエンテーションで目的意識を明確にすることが重要です。なぜこの活動を行うのか、何を学ぶべきかを理解した上で参加することで、より深い学びが得られます。

活動後の振り返りの時間も欠かせません。経験したことを言語化し、共有することで、気づきが定着します。

また、福祉の専門家からフィードバックを得る機会を設けることで、より専門的な視点からの学びも深まります。この活動が将来の職業選択につながる視点を持てるよう、教員からの適切な助言も大切です。

高齢者との関わりを通じて、適切な人間関係の構築方法を学ぶ機会としても位置づけることができるでしょう。世代を超えたコミュニケーションの経験は、社会に出てからも役立つ貴重な財産となります。

■win-winで持続可能な活動となることを期待
レンタル高校生の取り組みは、高齢化が進む地域社会において、若い世代が高齢者を支える新しい形の地域貢献活動として注目されています。この活動が持つ社会的意義は大きく、今後も多くの地域で同様の取り組みが広がっていく可能性があります。

しかし、そのためには労働問題とキャリア教育の両面からのバランスを取り、安全面やハラスメント防止にも十分配慮した持続可能な活動として発展させていくことが重要です。

高校生たちの善意と行動力を活かしながら、彼らの成長も支える―そんな win-win の関係を構築できる活動となっていくことを期待しています。

李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント

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【プロフィール】
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李 怜香
社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント


岐阜県生まれ。早稲田大学卒業。1999年、宇都宮市にて李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)を開業。2011年、産業カウンセラー登録。2012年、ハラスメント防止コンサルタント認定、(公財)21世紀職業財団ハラスメント防止研修客員講師に就任。2019年、健康経営エキスパートアドバイザー認定(第1期)。

官公庁から大手企業、教育機関まで幅広い分野で研修実績がある、ハラスメント対策のエキスパート。ハラスメント外部相談窓口の相談対応や、事案解決支援の経験を活かした実践的な指導には定評があり、研修受講者からの満足度は90%以上。法的知識とカウンセリングスキルを組み合わせた独自のアプローチで、職場のメンタルヘルスやハラスメント防止の分野で、企業をサポートしている。

公式サイト https://yhlee.org/wp/

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