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「ちゃんと報告したのに、なんで社長は忘れてしまうんだろう?」
「一生懸命話しているのに、社長に何度も同じことを言わせられる……」

こうした「報告の壁」にぶつかった経験がある人は少なくないだろう。報告する側は、ちゃんと伝えたつもりでも、なぜかうまくいかない。社長を責めたくなる人もいるだろう。

私自身、経営企画として報告を繰り返していた若い頃、社長に刺さる話ができず、何度も悔しい思いをした。データも準備も万全のつもりなのに、社長からは「で、結局、何を判断すればいいの?」と一蹴される。

あるとき、尊敬する先輩に言われた。「報告は説明じゃない。判断のスイッチを押す“構造”がないと、経営者は動けないよ」。

そこから報告のやり方を根本から変え、経営者の判断のスイッチを押す構造を意識した報告の型を考え、その通りに話すようにした。すると、それだけで反応が一変した。聞いてもらえた。判断も早くなった。

私は経営企画を20年以上経験し、数々の失敗を繰り返してきた。この記事では、社長の参謀としていろんな報告をしてきた経験をもとに、経営者に報告するための「型」と「考え方」を共有したい。

■良い話の構造とは、脳が処理しやすい構造のこと
なぜ、あなたの報告は通らないのか? その原因は、経営者が次にどう決断すればいいかが見えていないことだ。経営者は、毎日さまざまな判断を下している。情報は多すぎるし、どれもが重要に見える。しかし、経営者が求めているのは、次にどう動くべきかという判断のための材料である。

つまり、最終的に経営者にとって「どう決断すればいいか」が見えるようになるような構造で話せばいい。良い話の構造とは、脳が処理しやすい構造のことだ。

心理学者ジョージ・ミラーは、人が一度に扱える情報は7つ前後とした(ミラーの法則)。人はバラバラな情報を同時に受け取っても処理しきれない。だから、報告の順番が整っていないと、聞き手は混乱する。

また、人は「これはどういう話か?」という“枠組み”がないと内容を理解できないという(スキーマ理論)。冒頭で「今日は新規事業の広告判断の話です」と伝えるだけで、経営者の頭は“その判断をする脳”に切り替わる。

さらに、人は余計な整理や推測をしながら話を聞くと疲れてしまう(認知負荷理論)。ポイントを探すために頭を使ってしまい、本題に集中できないのだ。

報告の構造や順番は、丁寧さではない。聞き手の脳がスムーズに理解し、判断できるように“頭の中の道筋”をつくる技術なのだ。

■経営者に聞いてもらえる話の切り出し方 3つのポイント
経営者の頭の中は、常に複数のテーマで埋まっている。売上、人事、現場、トラブル……。そこに新しい話を持ち込むには、「今はこの話をしてください」という“頭の切り替え”が必要だ。そのために、報告の冒頭では、次の3つのポイントを押さえるとよい。

(1)趣旨宣言:「今日は何の話か?」を短く言う。
例「新しく始める中高年向けサプリ事業の広告出稿について、ご判断いただきたく来ました」

(2)前提リマインド:「これまでの経緯」を手短に思い出させる。
例「以前、広告は出さずスモールスタートでいく方針でした」

(3)求める判断:「今日決めてほしいこと」を明確に伝える。
例「広告出稿に切り替える判断をお願いしたいです」

この3つを冒頭に伝えることで、話す側も聞く側もモードが揃う。これがないと、前に決まったことをもう一度説明したり、そもそも話を聞いてもらえなかったり、話が進まない。

■報告の中身を構造化する5ステップ
聞いてもらえるモードを整えたら、いよいよ報告の中身だ。報告の中身は「ゴール→問題→原因→解決策→効果」の順に整理する。この順番で構成すると、経営者の思考と自然に噛み合いやすくなる。

報告を聞いた経営者の頭の中には、段階ごとに「それはなぜ?」「本当にそうなのか?」と疑問が浮かぶが、この構造で話を進めれば、その疑問に自然と答える流れが作れるのだ。

(1)ゴール
「本事業では、ミドル世代向けの健康食品を定期購入モデルで展開し、初年度から黒字化を達成することを目指しています。単月の売上ではなく、継続的に購入してくれるユーザーを獲得し、D2C事業の収益基盤を作ることが狙いです」

経営者の思考:「そのゴールを実現するうえで、何がボトルネックになるのか?」

(2)問題
「現在の販売計画では、広告を打たずにスモールスタートする想定になっています。しかしこのままでは、発売時に十分な認知を得られず、『存在すら知られないまま販売を開始する』というリスクがあります。初動の失敗は、その後の挽回にも大きなコストと時間を要します。

経営者の思考:「なぜそんな設計になっていたのか? 本当に変える必要があるのか?」

(3)原因
当初は、既存チャネルの自然流入を活用し、低コストで静かに始める方針でした。しかしテスト販売では、自然流入から購入につながったケースが少なく、そもそも認知されていないという課題が浮き彫りになりました。「知ってもらうこと」が抜けていたのです。

経営者の思考:「なるほど。それに対応する手段として、広告が最適なのか?」

(4)解決策
「そこで、発売前から外部メディアによる紹介記事、ニュースリリース、インタビュー形式の読み物などを活用し、広告出稿によって情報を確実に届ける設計に切り替える必要があります。制作体制とスケジュールは既に整っており、ご承認をいただければ、すぐに実行に移せます。」

経営者の思考:「それで、本当に効果が出るのか?」

(5)効果
「広告出稿によって、販売初月から一定の売上を確保できる可能性が高まります。初動が成功すれば、継続購入につながるユーザーも早期に獲得でき、結果として広告費用は十分に回収可能です。さらに、社内外の評価を得やすくなり、事業拡大の動きも加速しやすくなります。」

経営者の思考:「想定ほど効果が出なかった場合の備えは考えてあるのか?」

このように整理された報告を受けたとき、経営者からは次のような問いが返ってくるだろう。

「広告以外の手段では、なぜこの立ち上がりに対応できないのか?」
「広告の費用対効果の試算は甘くないのか?」
「仮に立ち上がりが失敗した場合の再設計プランはあるか?」

こうした問いが出るのは、報告の内容が伝わっている証拠だ。経営判断をするための建設的な議論ができる。構造を知っているかどうかで大きな差が出るのだ。
話の中身ではなく、順番と構造が通るかどうかを決めていたのだ。

■有名企業も構造化の力を使っている
こうした「構造化」は、大企業でも実践されている。

たとえば、トヨタには「A3報告書」という文化がある。A3一枚に問題、目標、真因特定などの8ステップをセットにして記載するのだ。どの報告でもこの構造が守られているため、経営者は読み方を迷わず、判断が速い
(参考・A3資料1枚でまとめる!トヨタ式問題解決8ステップとは? 藤澤 俊明 KAIZEN BASE 2025/02/06)。

多様な働き方を実現するIT会社サイボウズも同様だ。「現実→原因→理想→課題」という問題解決のフレームワークが社内標準になっており、海外の子会社でも共通の構造で議論が行われている。

ちなみに、「型にはめると、個性がなくなりませんか?」という意見はよくあるが、構造とは“伝える順番”であり、話の内容そのものに口出しするものではない。むしろ構造があるからこそ、個性はより伝わる。

また、論理が得意でなくても問題ない。5ステップ(ゴール→問題→原因→解決策→効果)に沿えば、自然と話の流れが整理される。

このように、通る報告とは、個人の能力やセンスではない。「脳の使い方」に合った順番が、伝わる報告をつくる。才能ではなく、仕組みで身に付くものなのだ。

■組織に構造化を根づかせる3ステップ
構造を持った報告は、個人だけでなく組織全体に変化をもたらす。報告の構造は、会議を短くし、意思決定を早くし、組織全体を前に進める。

では、どうすれば組織に「通る報告の構造」を根づかせられるか。次の3ステップが現実的だ。

(1)小さなチームから始める
営業部門や経営企画など、報告機会が多いチームに導入する。まずは「3つの話法」と「5ステップ構成」だけでよい。テンプレートを用意し、同じフォーマットで話すようにする。

(2)成果を共有する
報告が通りやすくなった、会議が短くなった、などの成功体験を、上司・他部門に伝える。これが口コミとなり、構造化が広がっていく。

(3)経営者が評価軸を変える
「何を言ったか」だけでなく、「どう話したか」「聞きやすかったか」も評価するようにする。構造を意識することが、組織全体の“当たり前”になる。

報告の本質は通ることだ。「伝える技術」ではなく、「聞いてもらう構造をつくる技術」が、これからのビジネスパーソンや組織には求められている。


濵口誠一 中小企業診断士

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【プロフィール】
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濵口誠一
中小企業診断士

従業員2万名の企業から10名の企業まで、約20年経営企画に従事し1000件以上の事業計画を策定。現在は中小企業診断士として経営戦略から実行支援まで行う。言語化・数値化を得意とし「話しているだけで悩みが解決した」「目標が従業員に伝わるようになった」という評価多数。

公式サイト https://billion-break.com/
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