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「AIに仕事を奪われる」「なんでもAIに相談する」など、AIの賢さに感心しきっている様子の現代人ですが、実は私たち人間の脳の学習効率がAIの数百倍も良いことは、あまり意識されていません。実は、AIに負けまいと一生懸命考えることは、脳にかえってリミッターをかけてしまいます。

今回は、非常に高機能な私たちの脳をフル活用するコツについて、『いつもひらめいている人の頭の中(島 青志・幻冬舎)』から再構成してお届けします。




■脳を100%覚醒させたルーシーはどうなったか?
「LUCY/ルーシー」は、脳の潜在能力がテーマのSF映画です。

スカーレット・ヨハンソンが演じる主人公、女子大生のルーシーは、事件に巻き込まれて、脳の潜在能力が覚醒する麻薬を摂取させられます。脳のリミッターが外れ、脳内のすべてのニューロンが活性化したことで、彼女は自分のすべての細胞をコントロールし、世界中の知を取り込み、他人の行動も支配することができるようになりました。

映画の最後、脳の潜在能力を100%覚醒させて、すべてのリミッターを解除した彼女は、あらゆる物質や時間すら思い通りにできる存在となる……。

私たちの脳には、自分でも気づかないうちに「思考の限界」、いわゆるリミッターをかけてしまう仕組みがあります。一つは、「生き続けるため」の生存本能が、新しいことへの挑戦を妨げてしまう、ひらめきや創造性のブレーキを踏んでしまう仕組みです。

そしてもう一つ、このリミッターがかかるのには脳の機能面からの理由もあります。


■脳にリミッターがかかるのは「高機能すぎる」から?
私たちの脳をAIコンピュータに置き換えようとすると、高層ビル1棟分の電力エネルギーでも足りないと言われています。それを私たちは、わずかなエネルギーで動かしています。

私たちが普段使っている脳の能力は、全体のほんの一部に過ぎません。イメージするなら、私たちの脳に10台のコンピュータがあるものの、稼働しているのはたった1台。残りの9台はスリープモードになっているのですね。

仮に映画のルーシーのように、スリープモードの脳を起動して100%覚醒させることができたとしても、今度はそれを動かすためのエネルギーを供給することができません。

脳はさまざまな機能に制限を設け、効率的にエネルギーを使う仕組みを備えています。

例えば、情報を選別する仕組みもその一つです。脳は、「正しいか誤っているかを判断する」「似たものを区別する」「バランスを取る」「論理的に筋道を通す」「興味のないことには目もくれない」などのプロセスを通じて、不要な情報を捨て、必要な情報だけを活用します。これは、限られたエネルギーを効率的に使うための脳の戦略です。

バイアスも、この効率化の一例です。例えば、私たちが雑踏の中で人の声をほとんど意識していないのも、脳が情報を取捨選択する仕組みが働いているからです。

新しい視点や考え方を取り入れることは、脳にとってエネルギーを消費する負担の大きい作業です。そのため、私たちは無意識のうちに、新しい発想を避け、現状を維持しようとする傾向があります。

ルーシーのように、すべての脳内コンピュータを稼働させることは無理でも、せめてこれをもう1台か2台でも稼働させることができれば、あなたの能力は2倍にも3倍にもなる… …と言いたいところですが、残念ながら現実には不可能なことですね。

■私たちの脳がAIの数百万倍も学習効率が良いワケ
ここでは逆の考え方をするべきでしょう。つまり「なぜ人間はわずかなエネルギーで、これだけ高性能な脳を動かすことができるのか」という視点から考えてみるのです。

AIと比較して人間の脳がどれほど効率的なのか、事例で説明しましょう。

現在のAIといえば「ディープラーニング」の仕組みが知られていますが、2012年に最初のディープラーニング・システムが行ったことは、「猫の画像を正しく判断する」ことでした。

2024年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン博士率いるGoogleのチームは、YouTubeに上げられた約1000万枚の猫の画像を使って、AIに学習させたと言われています。

つまりAIが猫を認識するのに、それだけの学習が必要であるということですが、人間の子どもは、数匹の猫を見て教わっただけで、次から「猫」を認識できるようになりますよね。

1000万匹対数匹。単純に言えば、私たちはAIの数百万倍も学習効率が良いのです。

また、AIと人間の闘いでよく知られているのは、囲碁や将棋などのゲーム対決です。

チェスや将棋ではすでに人間を上回ったAIと人間との最終決戦が、囲碁AI(アルファ碁)と当時のトップ棋士、イ・セドルとの囲碁対決でした。

2016年に行われたこの最終決戦はAIが勝利したのですが、本番でアルファ碁を動かすため、1000台以上のAIコンピュータが稼働していました。対局は負けましたが、考えようによっては、イ棋士はたった一人で1000台以上のAI相手に、互角に闘った勝負だったとも言えます。

ここに私たちが脳のリミッターを外し、限界を突破する鍵があります。

なぜ人間の脳はこれほど効率の良い仕組みなのでしょうか。脳にあってAIにないものを考えてみるとわかります。

結論から述べましょう。それは「感情」であり「美意識」です。

脳は感情のラベリングで、インプットされた情報を取捨分別する仕組みがあります。

もちろんこれを間違えると大事な情報を捨て去ってしまうことになりますが、正しく脳を使えば、膨大な情報の中から、本当に大事な情報にアクセスすることが、誰にもできますし、それを最高の形で「アウトプット」することも、誰にでもできます。

この「最高の形のアウトプット」こそが「ひらめき」であり「創造性」にほかならないわけですが、「感情」や「美意識」を意識することで、脳のリミッターを外し、限界を超えることが誰にでもできるのです。

■一生懸命考えないことがリミッターを外すコツ?
リミッターを外すために「やってはいけないこと」があります。それはAIに負けまいと、一生懸命考えてしまうこと。AIに対抗するかのように、とにかくたくさんの知識をインプットしようと「努力」してしまうことです。

学校の試験で間違った解答をしたり、日常生活でミスをしてしまったとき、先生や親から「もっとよく考えなさい!」と怒られた経験がありますよね?

先生や親がそう言うのは、「どんな問題であっても、たくさん考えれば考えるほど、より正しい解答を導くことができる」という前提があります。確かに学校の勉強や、与えられた仕事をきちんとこなすためには、「もっとよく考える」のは大事なことです。

私たちはこのように教えられているので、どんな問題であっても「もっとよく考える」ことで正解が導かれると思いがちです。

しかし残念ながら、それが通用するのは、予め正解が決まっているもの、問題ページの次をめくれば「解答」が書いてあるものに限られます。

学生時代は、机に向かって問題と答案用紙を配られたら、「解答と同じ答え」をたくさん書ける人が優秀とされましたが、一歩社会に出ればそういう問題は、ルーティンワークやマニュアル仕事など、ごく一部に過ぎません。

来週の天気や、投資したい株の将来の価値、営業会議のプレゼン、明日のデートに着ていくべき服装など、ある程度のレベルまで達したら、あとはいくら考えたところで正解の確率が上がるわけではないことでも、「もっとよく考えよう」という教えの呪縛からなかなか抜けられないことが多いですよね。

はっきり言えば、これは脳の貴重なエネルギーの、無駄遣い以外の何ものでもありません。

デートの服に悩むくらいなら、まだ微笑ましいですが、答えの出ない問題を無限ループのように考え続ければ、当然脳は疲弊します。そうなっても、まだ考え続けて脳が壊れてしまう(=精神を病む)人も少なくありません。

こういうのを「ぐるぐる思考(反芻思考)」と呼びますが、うつ病や不安障害などでよく見られる症状です。「ネガティブ思考」(悪い方向に考えること)が良くない、などと書かれている記事も見られますが、ポジティブ、ネガティブの問題よりも「答えが出ない問題について、無限ループで考え続ける」のが脳に悪影響を及ぼしていると考えるべきでしょう。

そして、創造性やひらめきが必要な問題というのは、100%「よく考えても答えが出ない問題」です。こういう問題は今まで親や教師に教わったように「もっとよく考える」で対処しようとしても、うまくいかない。

うまくいかないどころか、創造性やひらめきに蓋をして、一生懸命リミッターをかけている行為にほかならないことを、私たちは自覚する必要があります。


島青志 イノベーションデザイナー/ブルーロジック株式会社 代表取締役/経営コンサルタント

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【プロフィール】
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島青志 イノベーションデザイナー/ブルーロジック株式会社 代表取締役/経営コンサルタント

イノベーションデザイナー。アート、デザイン、システム論を基盤に、経営理論や最新の脳科学研究を統合した「イノベーションデザイン」を研究し、企業コンサルティングや社員研修を通じて実践的なアプローチを提供するブルーロジック株式会社代表取締役。リゾートホテル業や会計事務所で接客や経営に携わった後、インターネット業界へ転身。インターネットベンチャーやネット広告会社で新規事業を数多く立ち上げ、2010年に独立。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究所研究員。著書に『熱狂顧客のつくり方』『ソーシャルメディアの達人が教えるリンクトイン仕事革命』。

公式サイト https://blurlogic.jp


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