![]() AIと人間(プロ棋士)を対戦させるとどっちが強いか、ということがよく行われていますが、両者がまったく違った思考で囲碁に取り組んでいることはあまり知られていません。プロ棋士は何時間もの長考の間に何を行っているのか。そこに、人間の脳をうまく活用するヒントが隠されています。 今回は、AIと人間の思考方法の違いから導かれる「良い決断を下すコツ」について、『いつもひらめいている人の頭の中(島 青志・幻冬舎)』から再構成してお届けします。 ■論理的思考問題と創造的問題の違い 「もっとよく考える」というのは、創造性やひらめきに近づくどころか、逆効果であり、脳にリミッターをかけてしまう行為です。 では私たちはどのような頭の使い方をすれば良いのでしょうか。 AIを含むコンピュータシステムは、「よく考えれば正解にたどり着く問題」を解くのが得意です。アルゴリズム問題とか論理的思考問題という言い方もしますが、系統立てて考えることで、正解や最適解を導くことができます。 最近「AIが人間を超えた(る)」とか「AIが人間の仕事を奪う」というニュースや記事をよく目にします。これはアルゴリズム問題を解くスピードが、AIは人間よりも遥かに速いということです。しかし前述のようにこういう問題は、私たちを取り巻く問題のごく一部に過ぎません。 もう一方の「いくら考えても正解にはたどり着かない問題」ですが、このような問題はヒューリスティックな問題、あるいは創造的問題といいます。アルゴリズム(論理的思考)問題では、AIも人間も同じ解き方をしますが、ヒューリスティックな問題では、そのやり方が異なります。 そして大事な点は、この「正解にはたどり着かない問題」を解いても、求められるのはあくまで「うまくいく確率」であるということです。したがってデートの服装問題では、絶対(100%)正しい答えは得られません。 その代わり、ヒューリスティック(創造的)な問題では、失敗(デートの相手との相性が合わなかったなど)もあり得る代わりに、待ち合わせに現れたあなたを見て、思わず惚れてしまうというような予想以上の「成果」を挙げることもあり得ます。 ■囲碁や将棋の棋士は「長考」の間に何を考えているのか こういったヒューリスティックな問題の解き方の違いがわかりやすいのは、前述した囲碁や将棋などでのAIと人間(プロ棋士)の対戦です。 将棋や囲碁のプロの対戦を見ていると、一手にかける時間が長いことに気づきますよね。 素人同士の対決だと数秒から数十秒で指し(打ち)合うことが多いのに対し、プロ棋士は数十分、時には1時間以上かけて一手を指し(打ち)ます。囲碁の例ですが、一手を打つのに16時間という記録もあるそうです。 この「長考」と呼ばれる深い思索中のAIとトップ棋士の脳の中を覗いてみましょう。 ディープ・ブルー(チェス)やアルファ碁といったAIは、一手を指す(打つ)ごとに繰り返しシミュレーションを行って、最も勝つ確率が高い手を選びます。一手だけでも何十通りの手がありますから、数手先を読むだけでも何千何万通り、すぐに何億通りやそれ以上の桁になります。 この読みを、AIは膨大なデータとそれを処理する計算力を駆使して行っています。 一方で人間の棋士の場合、「直感」が先に来ます。特にプロ棋士は、数秒足らずで「ここだ」という手を直感的に見つけ出します。その後の持ち時間を使って、直感で見つけた手をシミュレーションして、うまくいくか検証していきます。 このプロセスを、羽生善治さんは著書『直感力』(PHP新書)の中で「ひらめき」「読み」「大局観」と表現しています。また、羽生さんはインタビューで、一瞬の直感が後の論理的な検証を導くと語っており、そのひらめきの精度が勝負を左右すると述べています。 私も友人のアマチュア棋士に話を聞いてみましたが、プロと同じような流れで思考を進めるそうです。直感で「ここに指したい」と思った手を、その後の検討で裏付けていくというわけですね。 これが「ヒューリスティックな思考法」です。もちろんトップ棋士だけができる思考法というわけではなく、私たち誰もが普通に行っていることです。 ただもしかすると、今まで機械的(アルゴリズム)に思考しすぎて、いわゆる「勘が鈍っている」人がいるかもしれませんし、あるいは、そもそもそういうやり方(があること)を知らないで、ヒューリスティックな問題に対しても、アルゴリズム問題を解くようなやり方で臨む人もいるかもしれません。 この状態が、先ほど述べた「答えの出ない問題を無限ループのように考える」状態なのです。 ■感情の赴くままに決断すればうまくいく? 「アルゴリズム思考」に慣れきった私たちは、ついすべての問題をこのやり方で解こうとする、ありもしない正解を探そうと無駄な努力をしてしまう。 これは脳のエネルギーの無駄遣いで、創造性やひらめきに蓋をしてしまうばかりでなく、脳を疲弊させてしまう思考法であると述べました。 一方のヒューリスティックな思考法というと、一見難しそうに思われますが、誤解を恐れずにズバリ言えば「感情の赴くまま決断する」「直感で決める」ということです。 将棋や囲碁のトップ棋士たちは、「このマス(目)に指し(打ち)たい」という感情に基づいて一手を決めます。もちろん最終的にはそこから「シミュレーション(検証)」を行って決定しますが、「感情・直感で決める」→「検証する」というのが、ヒューリスティックな思考法の基本形です。 このとき「脳の情報処理」はどうなっているでしょうか。 目や耳などからインプットされた情報は、A10神経群という脳内の場所を通る際に「好き嫌い」「快不快」といったラベルが貼られます。このラベリングはすべての情報に対して行われ、「脳に入れる情報」か「排除すべき情報」かという選別が行われます。 これは、脳に有害な情報を排除する役割を果たしているだけでなく、同時に情報の選択肢を減らして、脳を効率的に働かせる役割もあります。 囲碁で最初の石を置く場所(目)は、縦横19線× 19線で361通りあります。2手先を考えるだけでも10万通り以上になりますし、敵の手を考えれば数千万通りになります。 A10神経群はここで、「この目に打ちたい」「ここには打ちたくない」という感情で、選択肢を大幅に減らす役割を果たします。 数個の目に候補を絞り込むことができれば、ここから数手先、十数手先を読む(シミュレーションする)のは、それほど難しくはないでしょう。 これは囲碁や将棋のときばかりではありません。 デートの服装を決めるときから、今夜の夕食の献立、あるいは仕事の優先順位を定めるとき、さらには人生の決断など、私たちは多くの「決定」「決断」を、このやり方で下しているのです。 ■美意識が鍵となる理由 このように私たちは「感情」によって、ヒューリスティックな問題を解いていることがわかりました。繰り返しになりますが、「好き嫌い」「快不快」という感情のラベリングで私たちは物事の優先順位の決定や決断を行っています。 ただ、デートの服装の場合や、夕食の献立ならともかく、仕事の優先順位や人生の決断を「好き嫌い」「快不快」で決めているという言い方には、違和感を覚える人も多いかもしれません。 「好き嫌い」「快不快」は「美意識」と言い換えることができます。 「美」はもちろん外面的な「姿形がよいこと」という意味で使われますが、そのような物質的なことばかりでなく、他人を助ける行為や道徳的な行いなどにも感じますよね。 また数学者が「ネイピア数(e)の公式は世界で最も美しい」という表現をするなど、この世の真理に対しても「美」という表現が使われます。 囲碁や将棋の場合も同じです。プロ棋士は碁盤の石の置かれ具合、あるいは将棋の陣形が「美しく感じられるかどうか」で次の一手を決めます。 羽生善治さんは、著書『捨てる力』(PHP文庫)の中で「美しい手を指す、美しさを目指すことが、結果として正しい手を指すことにつながると思う。正しい手を指すためにどうするかではなく、美しい手を指すことを目指せば、正しい手になるだろうと考えています」と述べています。 「ひらめき」「創造性」のために「美」が必要不可欠な概念であることは、覚えておいてください。 島青志 イノベーションデザイナー/ブルーロジック株式会社 代表取締役/経営コンサルタント 【関連記事】 ■AIの数百万倍も優秀な私たちの脳。活用のコツは考えすぎないこと? (島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62444963-20250701.html ■日常からダイソン・Airbnb・村上春樹を生んだひらめきの力 (島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62444216-20250624.html ■「いつも仕事が時間オーバーする人」が見落としているスケジュールの落とし穴 (森田ゆき 経営者) https://sharescafe.net/62431705-20250623.html ■変動金利は危険なのか?(中嶋よしふみ FP) https://sharescafe.net/60041384-20221223.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール】 ![]() 島青志 イノベーションデザイナー/ブルーロジック株式会社 代表取締役/経営コンサルタント イノベーションデザイナー。アート、デザイン、システム論を基盤に、経営理論や最新の脳科学研究を統合した「イノベーションデザイン」を研究し、企業コンサルティングや社員研修を通じて実践的なアプローチを提供するブルーロジック株式会社代表取締役。リゾートホテル業や会計事務所で接客や経営に携わった後、インターネット業界へ転身。インターネットベンチャーやネット広告会社で新規事業を数多く立ち上げ、2010年に独立。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究所研究員。著書に『熱狂顧客のつくり方』『ソーシャルメディアの達人が教えるリンクトイン仕事革命』。 公式サイト https://blurlogic.jp ![]() シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |