 だが、その表層的な好業績の裏で、静かに警戒すべきサインが現れはじめている。2025年4月16日、英語圏向けに活動するホロライブEnglish所属のメンバー「がうる・ぐら」が卒業を発表すると、カバーの株価はわずか1日で8%下落。事務所の主力IP（キャラ）が、演者（いわゆる「中の人」）と不可分であること、つまり人が抜ける＝資産が崩れる、という市場からの評価が明確に示された。 この構造はビジネスモデルとして非常に不安定だ。かつて絶好調だったYouTuber事務所のUUUMも、演者の人気に依存しすぎた構造が崩れ、退所・独立の連鎖を止められず上場廃止にまで追い込まれた。今のVTuber事務所も、まったく同じ道を歩み始めているように見える。 中小企業診断士として、VTuber事務所のビジネスモデルの脆弱性、また持続可能なVTuber事務所の条件について考えてみたい。 ■VTuber独自のビジネスモデル そもそも、VTuber事務所の強み、YouTube事務所との違いはどこにあるのか。 ご存じの方も多いであろうが、VTuberとはバーチャルYouTuberのことで、2Dや3Dのアバターを通じて活動する動画配信者だ。演者の姿が直接画面に映ることはない。つまり、アバター自体の魅力と演者の魅力、この2つが合わさってキャラの価値が作られる。ここに、VTuberのビジネスモデルが独特である要因がある。 まずVTuberのビジネスモデルは、広告収益がメインのYouTuberと異なり、グッズ販売・イベントが主軸である。演者が稼働しなくてもグッズが売れれば収益が立つ。この点はYouTuber事務所との大きな違いであり、収益基盤の強みとされてきた。 事実、2025年のカバーではマーチャンダイジング売上が全体の47.3%（205億円）、ANYCOLORでは65%（278億円）がコマース部門である。物販がビジネスの中心にあることは明白だ。 VTuberがグッズ販売に強い最大の理由は、キャラクター性が最初から明確に設計されていることにある。 デビュー時点で、プロのイラストレーターが描いた立ち絵（ビジュアル）に加え、衣装・髪型・声・性格・話し方・背景設定などが一体化しており、活動初期からキャラとしての人格がファンに提示される。これにより、視聴者はVTuberをアニメやゲームの登場人物のようなキャラクター的存在として自然に受け入れる構造ができている。 そのため、アクリルスタンド、缶バッジ、ぬいぐるみ、パーカー、キーホルダーなどのキャラグッズに対して、ファンの心理的抵抗がほとんどない。むしろ、推しの公式アイテムを手に入れる行為として、積極的に消費されやすい。推しを商品として楽しむというオタク文化的な消費スタイルと、VTuberの存在設計が最初から親和性を持っているのだ。 一方で、YouTuberは基本的に素の人間として活動しており、実名や顔写真を使ったグッズは、他人の顔を身につけることへの抵抗や照れが発生しやすい。 VTuberは、フィクションとリアルの中間に位置する存在として、人を好きになる感情とキャラクターをコレクションする文化を同時に取り込める設計になっている。この構造こそが、物販が広告収益を上回る中核事業になった最大の理由である。 ■VTuberビジネスも属人化モデル 一見するとキャラビジネスに思えるVTuber事務所だが、先に述べたように、VTuberの場合、キャラ（IP）の商品価値を生み出しているのが演者にあるという点が特殊な点だ。 VTuberの人気は、決してキャラの見た目や設定だけで自然発生するものではない。ファンとの接点は日々の生配信にあり、その中で演者は、雑談・リアクション・即興の掛け合いなどを通じて素の人格を見せていく。 そこには台本も演出もなく、ファンと演者が言葉を交わし、時に感情を共有し、予想外の出来事にもリアルタイムで反応する。まさに脚本のない舞台で築かれる関係性だ。 ファンが推しているのは、単なるキャラの絵や設定ではなく、そのキャラを通じて見える演者の人間性そのものである。たとえば、苦労してデビューした経緯、コラボでの緊張、炎上への対応、涙ながらのスピーチ、ちょっとした口癖。そうした積み重ねが、ファンの感情を動かしていく。 その証拠に、2024年には、ある人気VTuberが大手事務所を卒業後、別名義として再デビューし、YouTube登録者100万人を突破したという事例が出てきた。見た目も名前も変わっていたにもかかわらず、ファンが「中の人」を見抜き、支持し続けたことで、数字としての成果がすぐに現れた。 さらに、2025年4月にはデビュー前から登録者11万名を集めたVTuberが話題になったが、これも大手事務所からの卒業組と言われている。 ガワの著作権を事務所が保有していても、それだけでは価値が維持できない。VTuberビジネスは、見た目ではなく中身で稼いでいる。つまり、本質的には極めて属人的なモデルであり、かつ代替がきかないという点で、リスクはUUUMと同様である。 ■三重苦の構造 VTuberビジネスにおける最も大きな構造変化は、独立しても人気が出る、という前例が、すでに成立してしまったことだ。これは、業界にとって決定的な転換点である。 第一に、演者が事務所にとどまる動機が弱くなっている。かつては機材の支援、マネジメント、集客サポートなど、事務所に所属することで得られる恩恵が明確だったが、今やそれらの多くは個人でも代替可能だ。 決定的なのは、演者の魂にファンがついている構造が明確になったことである。先に述べたように、卒業した人気VTuberが別名義で再デビューし、数日で登録者100万人を突破する事例も起きた。これは、事務所の看板やキャラデザインがなくても、演者本人の魅力と実績によって、そのままファンごと移動できる環境が整っていることを意味する。 つまり、辞めても人気は落ちず、収益率は上がり、活動も自由になる。そうした状況下では、演者にとって事務所に残る意味は薄れる一方だ。これは、かつてのUUUMと同じ構造であり、VTuber業界にも独立前提のキャリア観が根づく土壌がある。 第二に、売上が一部の人気VTuberに大きく偏っていることだ。たとえばカバーやANYCOLORでは、売上全体の約20％をわずか5人のVTuberが稼ぎ出している。これは、単なる人気集中ではなく、5人の離脱が会社の収益を直撃するという経営上の脆弱性を意味している。 企業として多数のタレントを抱えていても、実際の売上を支えているのはほんの一握り。つまり、この構造ではたった1人の活動休止や卒業が、決算・株価・事業戦略に影響を与える。属人依存の典型であり、これはIPビジネスにおいて本来あってはならない状態である。 たとえばサンリオやポケモンのようなIP企業では、キティやピカチュウが卒業することはない。人気キャラが登場しなくても、企業が完全にコントロールし、いつでも復活させて展開できる。キャラが人格から独立しており、人の都合に振り回されないことがIPの最大の強みだ。 だがVTuberは違う。キャラの外見や名前が残っていても、「中の人」が抜ければ価値は激減する。実際、主要メンバーの卒業が株価にまで影響する事例もある。つまり、売上の偏りは、そのまま収益の不安定さを意味する。数名の演者が会社の運命を左右するような構造のままでは、安定した成長は望めない。 VTuber事務所は、見た目はIPモデルでも、経営リスクは中小芸能事務所に限りなく近い。 第三に、マネジメント体制そのものの設計に、根本的な問題がある。カバーでは、演者とのコミュニケーション強化を目的として、「お茶会制度」と呼ばれる社内施策を導入した。これは、社長の谷郷元昭氏自らが定期的に所属VTuberと面談し、悩みや意見を直接ヒアリングするというもので、ファンの間では誠実な運営姿勢として評価される声も少なくない。 だがこの制度は、裏を返せば現場レベルでのマネジメント体制が機能していないということでもある。トップが個別に現場の声を拾わなければならない時点で、組織の中間層、つまりマネージャーやチーム責任者が演者との関係構築や課題対応を果たせていない可能性が高い。 本来、上場企業であれば、現場での課題は階層的に吸い上げられ、部門を通じて改善・対応されるべきだ。にもかかわらず、社長が「お茶会」という個別対応に入る構造では、現場責任者の権限はどうなっているのか、意思決定の統制は取れているのか、といったガバナンス上の疑問が浮かび上がる。 属人モデルの脆弱性をマネジメントでカバーすべき局面で、逆にマネジメント自体も属人的になっている。これは急成長中のベンチャー企業が、上場企業としての統治体制を未整備なまま規模拡大を図る際に、最も陥りやすい組織的リスクである。 ■持続可能なVTuber事務所の条件とは VTuber事務所のビジネスモデルはきわめて単純である。所属する演者数×一人あたりの売上。これは人数依存型の掛け算モデルであり、人が辞めればそのまま収益が消える。 この構造から脱するために、両社は異なるアプローチを取り始めている。 ANYCOLORはVTuberユニット制を整備し、個人ではなくグループや作品単位でファンを持つモデルにシフトしている。たとえば「くろのわ」、「ろふまお」などのユニットは人気を集めている。 カバーはメタバースプロジェクト「ホロアース」を推進。仮想空間でホロライブのキャラが活動できる環境を整え、演者が不在でもIPが動く世界観を構築しようとしている。2024年にはVer1.0をリリースし、マーケットプレイス機能も追加された。 しかし、どちらも最終的には同じ課題に直面する。それは、魂依存モデルからの脱却、である。 参考になるのは、宝塚歌劇団の構造だ。演者が交代しても、組や演目にファンがつくことで、永続的な支持を維持している。VTuber業界もまた、人格だけに依存しない推し方と、組織で価値を保つ設計が必要なフェーズに入っている。 演者がいても辞めても、ブランドが残る。その仕組みを作れる事務所だけが、次の10年を生き残る。 濵口誠一 中小企業診断士 【関連記事】 ■ 経営者への報告は型が9割「伝える技術」より重要な「聞きやすい構造」とは （濵口誠一 中小企業診断士） https://sharescafe.net/62431743-20250620.html ■経営コンサルの倒産が最多「経営知識はいらない」論にモノ申す （濵口誠一 中小企業診断士） https://sharescafe.net/62367351-20250520.html ■計画なき企業は死ぬ。最低賃金1500円時代に生き残れるのは誰か？ （濵口誠一 中小企業診断士） https://sharescafe.net/62293977-20250417.html ■変動金利は危険なのか？（中嶋よしふみ FP） https://sharescafe.net/60041384-20221223.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか？ その1・生活費は800万？ （中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー） https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール】  中小企業診断士 従業員2万名の企業から10名の企業まで、約20年経営企画に従事し1000件以上の事業計画を策定。現在は中小企業診断士として経営戦略から実行支援まで行う。言語化・数値化を得意とし「話しているだけで悩みが解決した」「目標が従業員に伝わるようになった」という評価多数。 公式サイト https://billion-break.com/ 電子書籍 
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