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先日、銀座にある「サムギョプサルと野菜 いふう」を訪れた。価格は食べ放題で2680円。税込みでも2948円。銀座ではあり得ない安さだ。

曜日限定や早割・遅割ではなく全ての時間帯がこの価格で、場所も銀座一丁目から徒歩1分と超のつく一等地だ。

都内でもコリアンタウンの新大久保ならばこれくらいの低価格は珍しくはない。もっと安い店もある。しかし銀座でこの価格はあり得ない。2000円値上げして4980円でも銀座としては普通の価格だ。

「一体どうやって儲けてるのか?」

来店前に口コミを見ると、テーブル上で焼く一般的なサムギョプサルや焼肉のスタイルではなく、焼いた肉を持ってきてくれる仕組みだという。焼肉奉行の筆者はちょっとつまらないな、とは思ったが安くて旨ければ特に文句は無い。
 
あまりの安さに多少の不安はあったものの、問題なく美味しく頂いた。銀座でこの価格だけあって店内は満席だ。

「何か裏があるのでは……?」

口コミ通り焼いた肉をテーブルまで持ってきて、それが冷めないように家庭用のカセットの上に置かれる。煙がでないと話題で爆発的に売れている「やきまる」だ。Amazonなら8000円程度で売っている。すでに焼かれているのでごく弱火で冷めないように保温するだけ、という使い方だ。

銀座ならではの高級感は無いが筆者も他の客も格安のサムギョプサル店にそんなものは期待していないので特に問題はない。

疑いながら100分間、サムギョプサルをモリモリと食べたが、ここまで安い理由はよくわからない。

テーブルで焼かないのならテーブル周りの掃除はまあ楽なのかな、と思ったが気付いたことはその程度だ。その代わりに店員がキッチンで焼くことになるのでむしろ手間がかかる。

サムギョプサルは格安店でも店員が焼いてくれることは珍しくないが、ローコストにしたいのなら焼肉スタイルで客に焼かせればいい。なのに店員が焼いた肉を持ってくる。

なんかおかしい……と思ったまま満腹になって帰路に着いたが、数日経ってからやっと気付いた。

店員が焼く、掃除が楽、やきまる、そして焼肉ではなくサムギョプサルという業態。

これらの何の変哲もない要素を組み合わせることで、「いふう」は銀座で2948円のサムギョプサル食べ放題というビジネスモデルを実現した。

その秘密を企業分析を得意とするFPとして解説してみたい。

■テーブルにロースターがない!

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(写真:テーブルにロースターのない「いふう」)

写真は店内の座席だ。見た目はごく普通の飲食店だがサムギョプサル店としてあり得ない状況であることが分かる。

テーブルにロースターがない事だ。

キッチンで焼くスタイルなら当たり前だろ、ということになるが、これが格安サムギョプサルの秘密だ。

一世を風靡したビジネス書、ブルーオーシャン戦略ではコストと品質のトレードオフ、あちらを立てればこちらが立たずの状況を壊すためには以下四つの手順を踏めば良いと説明する。

取り除く、減らす、増やす、付け加える。

これはやみくもに行うのではなく、業界の常識として当たり前のものを削り、減らす。そしてニーズの高いものを増やしてこれまでなかったものを付け加える。

これをやらずに同業他社と似た商品を作るとどうなるか? 

同業他社と同じだけのコストがかかって、タグやブランドが違うだけの同じような商品となる。結果として高品質なのに差別化が出来ず価格競争になり儲からないビジネス、レッドオーシャンに陥る。

「いふう」が完全に削ったのはサムギョプサル店としては当たり前のテーブルに設置されるロースターで、大幅に減らしたのは客が自ら焼く調理工程だ。客がやることは提供された肉をハサミで切ることだけだ。

■設備投資が不要!
焼肉やサムギョプサルは、テーブル席で肉を焼くスタイルが基本で、ロースターと排気設備の導入が不可欠だ。これらは設置に多額の費用がかかる。

しかし「いふう」は客席にロースターを設置せずに肉はキッチンで焼き上げ、テーブルには保温用のカセットコンロが置かれるだけだ。ごく弱火なのでカセットガス一つで100分間、交換は不要だ。

この方式ではテーブルのロースターも排気設備も不要で、なおかつ煙が発生せず、店内の空気は清浄に保たれ匂いもほとんど残らない。客が洋服に匂いをつけずに食事できるという点は、ビジネスパーソンの多い銀座では歓迎される。

「低価格で食べ放題=質の低下」という一般的なイメージに反して、「いふう」はコスト構造を根本から変えることで品質を維持したまま安さを実現した。つまりはトレードオフの破壊だ。

このビジネスモデルの本質は設備投資の削減にとどまらない。現在は人手不足で工事にかかる人件費も含めれば初期投資は膨れ上がる。更に言えば人手不足が酷すぎてそもそも工事が出来ない。

するとどうなるか?

家賃はかかるのに開業まで時間がかかって投資した資金の回収がより困難になる。

■二つの焼き方。

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(写真:埋め込み型の無煙ロースター)

焼肉やサムギョプサルを食べる機会が有れば一度テーブル周りや天井を見てほしい。

テーブルと一体型の無煙ロースターで肉を焼いたそばから煙を吸い込むタイプであれば、ガス管の設置はもちろん、吸い込んだ煙を排気するために床下には排気設備の埋め込みも必要となる。言うまでもなく設備も工事も費用は大きい。

テーブルの上にロースターを置くタイプならばコストは抑えられるが、天井から吊り下げた排気ダクトが必要となる。天井に排気ダクトが張りめぐらされているのはこのタイプだ。無煙ロースターよりも店内に煙や臭いが充満しやすく清掃の手間も大きい。

どちらにしても費用も時間もかかるが、それが不要となれば開業準備の期間を短縮でき、売上ゼロで家賃だけが発生する「ロスタイム」を大幅にカットできる。

飲食業は薄利多売で固定費の重さが経営を圧迫する。特に立地コストが高い銀座では初期投資と家賃が二重に経営を圧迫する。「いふう」がやったことはただロースターを無くすことではなく、テーブルで焼く方式を辞めるという、根本的なビジネスモデルの変更だ。 

■清掃の手間と冷房コスト、そして出店のメリット。

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(写真:吊り下げた排気ダクト)

テーブルにロースターがあればどんなに排気をしても臭いや汚れは防げない。清掃にかかる手間は極めて大きい。

汚れはロースター周辺に油が飛び散ることだけではない。客席のフロアはキッチンより広く、そこに油汚れが煙となってあらゆる隙間に入り込む。放置すれば付着した油が酸化して臭いも酷い。家庭用の換気扇の掃除でも分かるように油汚れを落とすには労力もかかる。

当然のことながら現在の人件費の上昇は清掃コストにも直撃する。そもそも飲食店は人の確保だけでも一苦労でタイミーのようなスキマバイトの普及もそれが背景にある。清掃不足となれば臭いや汚れで顧客満足度も下がる。

やっと夏が終わって涼しくなり始めたが、猛暑の中でロースターに火をつければ冷房コストは更にはね上がる。それがキッチンで焼けば店内の室温上昇もない。テーブル調理を辞めるとこんなところまでコスト低減のメリットは発生する。

閉鎖されていて元から煙や臭いが出ることを前提のキッチンで調理することと、テーブルで調理することはこれだけ状況が違う。

そしてこのビジネスモデルのメリットは店舗運営に限定されない。それは出店の制約が減ることだ。

テーブルでの調理は汚れや臭いが酷いと書いた通りだが、それが原因で焼肉店のようにロースターを使う飲食店はどこでも出店出来るわけではない。臭いが外部に漏れたら困る場所はたくさんあるからだ。

テーブルにやきまるを置いて暖めることをビルのオーナーがどう評価するか?ということにはなるが、少なくとも一般的な焼肉店やサムギョプサル店よりも制約が減ることは間違いない。

■調理の手間はわずか。
メリットは多くても店員が焼く手間は増えるのでは?ということになるが、サムギョプサル店のメインメニューは原則としてサムギョプサルだけだ。他の韓国料理も豊富に揃えているお店は多いが、それはどのお店も変わらない。

「いふう」方式は肉を焼く分だけキッチンの手間は増えるが、やることは豚肉を焼くだけ。味付けを考慮しても数種類しかないため複雑な工程でベテランの料理人しか焼けないということは無いだろう。少なくとも他の韓国料理を作る料理人がサムギョプサルを焼けないことは考えられない。

トレーニングコストが不要で、なおかつキッチンに新たな設備投資も不要、ロースターや排気設備を減らしたコストは丸々浮く。追加で必要なコストはせいぜい1個1万円もしないイワタニのやきまるだけだ。

そしてこのビジネスモデルは、サムギョプサル店だからこそ実現出来る。焼肉店では絶対に無理だ。分厚い豚バラ肉だけを焼くサムギョプサルと違い、多種多様な肉やホルモンを少しずつ焼いて食べる焼肉店ではキッチンで焼いて提供することは不可能だからだ。仮に無理やりやったとしてもそれは焼肉の味がする別の料理になってしまう。

店員が焼く、掃除が楽、やきまる、サムギョプサルという業態。

一つ一つは革新的とは到底言えないが、これらの組み合わせで革新的なビジネスモデルを築いたのが「いふう」なのである。

中嶋よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長


参照・写真出典
無煙ロースターの仕組みとは?ロースターの種類や導入メリットを紹介 山岡金属工業株式会社 https://www.silkroom.co.jp/2024/12/10584/

写真出典
サムギョプサルと野菜 いふう マロニエゲート銀座
https://www.marronniergate.com/shop/index/117

※利益相反(COI)の開示 記事で取り上げた「サムギョプサルと野菜 いふう」について、筆者との間に消費者としての利用を除いて有償・無償を問わず一切の取引はありません。記事執筆を依頼されたこともありません。


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【プロフィール 中嶋よしふみ】
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2011年にFPのお店、シェアーズカフェを開業。保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・日経DUAL等のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演・取材協力多数。2013年、士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインを開設、翌年よりYahoo!ニュースに配信を開始。専門家向けに執筆指導も行う。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」「一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人(大和書房)」。お金より料理が好きな79年生まれ。

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