![]() 社会保険労務士の筆者は、生理休暇制度について、企業の人事労務担当者や管理職の方から「制度はあるが運用に困っている」「どこまで確認していいのかわからない」「ハラスメントと言われないか心配」といった相談を受けることがあります。一方で、働く女性からは「制度があっても使いにくい」「上司に言い出せない」といった声も聞かれます。 実際、2020年の取得率は0.9%と非常に低い数字に留まっています。 生理休暇はなぜここまで普及しないのでしょうか? また、利用しやすい制度にするためには何が必要なのでしょうか? 労働基準法の規定から職場環境の改善方法まで、生理休暇制度の正しい理解と適切な運用のためのポイントを解説します。特に、セクハラ・パワハラとなる具体的な言動の例を示しながら、管理職の不安を解消し、女性従業員が安心して制度を利用できる環境整備の方法を提案します。 ■日本は世界で最初に生理休暇を法制化した あまり知られていませんが、実は日本は1947年に世界で最初に生理休暇を法制化した国です。現在、法制化している国は韓国、台湾、インドネシア、ザンビア、スペインなどで、世界的に非常に珍しい制度です。 女性の働きやすさを目指して作られた制度なのですが、2020年に生理休暇を利用したことのある女性は0.9%。生理休暇の申し出があった事業所は3.3%。ほとんど利用されていないことが、数字からわかります(参考:働く女性と生理休暇について/令和5年9月28日 厚生労働省雇用環境・均等局雇用機会均等課)。 なぜこの制度は根付かないのでしょうか。 「周囲に迷惑をかけたくない」 「申請時に理由を問われるのが恥ずかしい、気まずい」 「どうせ『女はいいよね』と思われるだけ」 このような心理的ハードルが、利用をためらわせているのです。 制度運用側でも「本当に生理なのか?」という根拠なき疑念や、不必要な詮索がハラスメントの温床となり、なおさら使いにくい制度となっています。 生理休暇は女性の健康と仕事の両立を支えるだけでなく、多様性への理解や相互配慮の意識を高めます。結果として、誰もが安心して働ける職場づくりを推進し、組織全体の生産性や定着率向上にもつながります。制度は存在するものの、実際には活用されない「絵に描いた餅」状態では、あまりにもったいないですね。 ■生理休暇は、就業規則に記載がなくても取得可能な法定休暇 生理休暇の根拠となっているのは、労働基準法第68条です。まず、その中身を確認してみましょう。 ・取得対象と条件 生理休暇はすべての女性労働者が対象となります。正社員、契約社員、パート、アルバイトなど雇用形態を問わず、生理による下腹痛、腰痛、頭痛等により就業が困難な場合に請求できます。重要なのは、就業規則に記載がなくても取得可能な法定休暇であることです。 ・日数制限と取得単位 労働基準法では取得日数に上限がありません。企業が「月○日まで」といった制限を設けることは違法です。また、1日単位だけでなく、半日や時間単位での取得も認められており、症状の程度に応じて柔軟に対応できます。 ・申請方法 診断書や証明書の提出は原則として不要で、本人の申告のみで取得可能です。企業は申請を拒否できず、違反した場合は30万円以下の罰金が科せられます。 ・賃金の取り扱い 法律上、生理休暇の賃金については企業の判断に委ねられています。有給でも無給でも違法ではありません。 有給か無給かは企業が決められることなど、改めて法律を確認してみると、意外と知らないことも多いのではないでしょうか。 ■生理休暇を取得しやすくする3つの対策 では、生理休暇を取得しやすくするには、どのような点を変えていけばよいのでしょうか。次の3つの対策から取り組むのが効率的です。 1.制度の名称変更で心理的ハードルを下げる 「生理休暇」という名称自体が取得を阻む要因となっています。男性社員や男性上司がいる場合、恥ずかしさや言いにくさが生じるためです。効果的な名称変更の例として「体調管理休暇」「ヘルスケア休暇」などがあり、実際に取得率が大幅に改善した企業が多数報告されています。 たとえば―― ・地方銀行:「ウェルネス休暇」と改称し、取得者が年間2~5名→17名に急増 ・富士ソフト:「ヘルスケア休暇」(年12日・有給2日・30分単位OK)として健康診断や体調不良にも利用可能に ・IT企業:「エフ休(Fは女性を意味するFemale の頭文字)」導入後、取得日数2倍 名称変更や説明の工夫が心理的な壁を下げ、制度の利用促進につながっています。 2.申請手続きの簡素化 申請の心理的ハードルを下げるため、勤怠システムからのワンクリック申請、チャットツールでの簡易申請など、デジタル化を推進します。書類提出や事前申請を不要とし、当日の体調に応じた柔軟な対応を可能にすることが重要です。 3.相談体制と職場風土の改善 人事部への相談窓口設置、女性社員によるピアサポート体制、産業医・保健師による健康相談など、多様な相談窓口を設置します。また、経営陣からの明確なメッセージ発信により、トップダウンでの意識改革を進めることで、生理に関する話題をタブー視せず、自然に相談できる職場風土を醸成できます。 これらの取り組みを体系的に実施することで、生理休暇が真に機能する職場環境を構築できるでしょう。 ■生理休暇を話題にするとハラスメントになる? 多くの管理職や人事労務担当者が気にしている「生理休暇について話題にするとハラスメントになるのでは?」という疑問については、次の点を理解しておくようにしましょう。 ●セクハラとなる発言 下のような質問や発言はセクハラに該当する可能性が高いので避けましょう。 ・生理の周期や症状を詳しく聞くこと ・「生理の周期から考えて今日休暇を取るのはおかしい」 ・「その歳で生理休暇を申し出るのは変だ」 ・「今日は生理日か?」と推測で聞くこと 人事院のセクハラ基準でも、体調が悪そうな女性に「今日は生理日か」と言うことがセクハラの例として明記されており、発言者の意図に関係なく相手が不快に感じればセクハラとなります。 ●パワハラとなる行為 また、以下の言動はパワハラに該当する可能性が極めて高いものです。類似の発言をしないよう気をつけましょう。 ・「仕事を優先しろ」「使えない」などの否定的発言 ・「頻繁に取らないようにな!」といった威圧的発言 ・「生理休暇は査定に響く」という評価への脅し ・実際に人事評価で不利に扱うこと(これは違法行為) ■適切な対応方法と制度設計 そうは言っても、管理する側からすると、不正取得がないか気になるのが生理休暇です。 2024年末、大阪の女性教諭が生理休暇や介護休暇を名目に、病気休暇中を含め計11回もの虚偽取得を繰り返し、懲戒免職となりました(参考:生理休暇中に旅行、休暇の不正取得を繰り返した女性教諭が懲戒免職に 企業法務ナビ 2025/01/29)。 ただし、これは非常にレアなケースです。通常、生理や体調の辛さは本人の自己申告が大原則。証明書提出を強いることは、むしろ人権・プライバシーの観点から問題になります。ひょっとしてこれは不正取得ではないかと感じても、人権侵害せずに生理かどうかの真偽を確認することは実質的に不可能です。 「ほんとうに生理なのか?」と直接尋ねるのではなく、次のように制度設計で不正利用防止することを考えましょう。 ・無給制度の採用または有給日数の上限設定 ・就業規則への懲戒処分規定の明記 ・制度の適正利用に関する周知文書の配布 ■制度を活かして働きやすい職場をつくるために ほとんどの女性は罪悪感や葛藤を乗り越えて、生理休暇の申請をしています。利用者が少ない職場ほど「悪用されるのでは?」という視線が強まりがちですが、圧倒的多数は制度を適切に活用しています。むしろ「使わせない空気」のほうが深刻な課題です。 名称や社内での周知、上司の理解度、配慮ある職場風土づくりなど、ちょっとした工夫で「必要なとき、ためらわずに利用できる」環境が実現できます。 男性や管理職も“正しい理解”を持ち、互いに信頼し合える職場にすることが、ハラスメントも未然に防ぎ、離職防止・活躍推進にもつながります。 生理休暇は女性特有の制度でありながら、その活用の仕方ひとつで全社員の働き方に良い循環をもたらします。不正利用対策ばかり気にするのではなく、制度の価値を信じて、使いやすい職場環境づくりを進めていきましょう。 李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント 【関連記事】 ■能力不足でクビになるのはどんなケースか?(李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/62662060-20250924.html ■三菱電機の黒字リストラで考える、早期退職の誘いを受けたらどうするべきか(李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/62657169-20250922.html ■実は多い会社の社会保険料滞納。社員の年金や健康保険はどうなる?(李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/62657145-20250922.html ■変動金利は危険なのか?(中嶋よしふみ FP) https://sharescafe.net/60041384-20221223.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール】 李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント 早稲田大学卒業。1999年、宇都宮市にて李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)を開業。2011年、産業カウンセラー登録。2012年、ハラスメント防止コンサルタント認定、(公財)21世紀職業財団ハラスメント防止研修客員講師に就任。2019年、健康経営エキスパートアドバイザー認定(第1期)。 官公庁から大手企業、教育機関まで幅広い分野で研修実績があるハラスメント対策のエキスパート。ハラスメント外部相談窓口の相談対応や、事案解決支援の経験を活かした実践的な指導には定評があり研修受講者からの満足度は90%以上。 法的知識とカウンセリングスキルを組み合わせた独自のアプローチにより職場のメンタルヘルスやハラスメント防止の分野で企業をサポートしている。岐阜県生まれ。 公式サイト https://yhlee.org/wp/ X: https://x.com/mental_sp_roumu @mental_sp_roumu YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCGilZsldcxBgu5k5vzqWptw シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


