![]() 現在公開中の映画、『劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』は、興行収入が367億円を突破する大ヒットとなっています。 本作は人気漫画「鬼滅の刃」の“無限城編”が三部作で映画化されることとなり、その第一章として制作・公開されたものです。 作品で多くの観客が最も心を揺さぶられたシーン、それは主人公である炭治郎の活躍ではなく、敵である猗窩座(あかざ)の最期でした。 猗窩座は数え切れないほどの命を奪った残酷な鬼です。本来なら憎むべき存在のはずなのに、その背景が明かされた瞬間、多くの人が涙を流しました。 なぜでしょうか? 答えは「共感を呼ぶストーリーの構造」にあります。そしてこの構造は、個人事業主や中小企業の信頼構築にも活用できる強力な武器なのです。 その秘密をPR・マーケティングコンサルタントの視点から紐解きます。 ■なぜ人は猗窩座の物語に心を動かされたのか 『鬼滅の刃』の猗窩座のストーリーが深い感動を呼んだ理由は、単に「悪役なのに意外な背景があった」からというだけではありません。彼の過去をたどると、その冷酷な行動の裏側に、揺るぎない理由と切実な想いが隠れていることに気づきます。 病の父を救えなかった無念。婚約者や師匠を守れなかった後悔。積み重なった痛みが、「もっと強くなりたい」という必死の願いへと変わっていきました。その願いの根底には、「大切な人を守りたい」という純粋な想いがありました。 そして物語の終盤、猗窩座は鬼としての罪を背負いながらも、人としての誇りを取り戻そうともがきます。観る者の心を震わせたのは、彼が敗北したからでも、報われなかったからでもありません。 失敗や過ちを超えてなお、「誰かを想う心」を手放さなかったこと。そのひたむきな姿が、観る人の心を深く動かしたのです。 ■失敗や悪役からでも共感を生むストーリーの法則 多くの物語は、主人公が困難を克服して成功する王道ストーリーで感動を誘います。けれども、猗窩座が描いたのは、それとは少し違う共感のかたちでした。 彼は鬼となり、多くの命を奪った悪役でした。それにも関わらず、観る者が涙したのは、その物語に「こだわり」「原体験」「利他の想い」が重なり合う、共感を生むストーリーの構造があったからです。 猗窩座の「誰よりも強くなりたい」というこだわりは、守れなかった人への後悔という原体験から生まれました。その根底には、「もう二度と大切な人を悲しませたくない」という利他的な想いがありました。 「こだわり」「原体験」「利他の想い」 この三つの要素が重なったとき、人の心を動かす物語が生まれるのです。 これは物語の中だけの話ではありません。現実のビジネスでも同じです。失敗を隠すのではなく、失敗の背景にある「なぜ」に光を当てる。その「なぜ」が、こだわりや原体験、利他的な想いであり、人を動かす力となります。それこそが、信頼を生み、共感を呼ぶストーリーテリングの本質なのです。 ■ある英会話講師の「失敗」が生んだ信頼 個人で英会話教室を営む女性講師の話をしましょう。 彼女は英語が大好きで、海外留学の経験を活かして講師になりました。「生徒に自信を持ってほしい」という強い想いを持っていました。 しかしある時期、生徒の離脱が相次ぎました。レッスン後のアンケートには「ついていけない」「難しすぎる」という声が。熱心に教えているつもりが、生徒を追い詰めていたのです。 この講師には強いこだわりがありました。「短期間で確実に上達させたい」という信念です。その背景には、学生時代の経験がありました。英語が苦手で自信を失っていた彼女が、ある先生の熱心な指導で変わることができた。その時の喜びと感動が、「生徒に自信を持たせたい」というこだわりの原点でした。 根底には「英語を通じて人生を変える手伝いがしたい」という利他の心がありました。しかし、上達させたい想いが強すぎて、内容を詰め込みすぎてしまった。「相手のペース」という最も大切なことを見落としていたのです。まさに、こだわりゆえの失敗です。 講師は深く反省し、教え方を根本から見直しました。生徒一人ひとりのペースを最優先にし、「楽しく続けられる英会話」へとレッスンを改善していったのです。そして、この失敗とそこから学んだことをSNSで率直に語りました。「熱意が空回りして生徒さんを苦しめていた」「本当に大切なのは相手の立場に立つことだった」と。 すると、多くの共感の声が集まりました。「誠実な先生だ」「こういう人に教わりたい」という反響が広がり、以前より多くの生徒が集まるようになったのです。 彼女が変えたのは、教材でも価格でもありません。「失敗の背景にある想い」を、自分の言葉で伝えたこと。それが、信頼を取り戻すブランドストーリーになったのです。 ■猗窩座に学ぶ「共感されるブランド」の3つの実践法 猗窩座が示したのは、結果よりも、その想いの純粋さこそが人の心を動かすということです。これは、現代における個人事業主や中小企業のブランド発信にも多くの示唆を与えてくれます。 猗窩座にとっての「こだわり」は、私たちビジネスに携わるものにとっての「信念」にあたります。感情の奥にある原体験や利他的な想いを軸にしたとき、ストーリーは単なる自己表現ではなく、他者の心を動かす力に変わるのです。 ここでは、人から共感されるブランドになるための3つの実践法を整理します。 (1)「Why(なぜ)」を語る ブランドに共感を生むのは「何をしているか」よりも、「なぜそれをしているか」です。 猗窩座の「強くなりたい」という願いの根底には、「守れなかった人への悔しさ」がありました。 この「Why(なぜ)」が深いほど、発信は人の心に届きます。逆に、「稼ぎたい」「売りたい」だけの動機では、発信がどれだけ整っていても薄く感じられてしまう。ブランドへ共感は、理念の美しさではなく、なぜその道を選んだのか、という物語の深さによって決まります。 (2)失敗を誠実に語る 猗窩座が心を打つのは、罪を重ねた悪役でありながら、その行動の裏に「守れなかった人への想い」があったからです。彼は過ちを認め、最後まで人としての誇りを取り戻そうとしました。人は、完璧さよりも、失敗に向き合う誠実さに心を動かされます。 ビジネスでも同じです。失敗を隠すより、その背景にある思いや判断の理由を伝えることで、むしろ信頼は強くなる。成功を語るより、失敗を誠実に語れる人こそ、今の時代に共感を生むのです。 (3)弱さを開示する 競争の多い市場で、商品やサービスの機能だけで差をつけるのは難しい時代です。しかし、「自分の弱さ」を語れるブランドは、簡単には真似できません。猗窩座も自分の弱さ、「守れなかった」「伝わらなかった」という痛みを隠さず見せたことで、人の心を動かしました。 弱さとは、恥ではなく、人間らしさそのものです。不完全な部分を開示できる人や企業は、「一緒に成長していけそうだ」と感じさせる。その人間的な温度こそ、デジタルの時代に最も必要とされる差別化要素です。 ブランドとは、強さを誇るものではなく、弱さを受け入れながら信頼を積み重ねる姿勢だと言えます。 ■まとめ:失敗を「応援」に変えるストーリーの力 『鬼滅の刃』の猗窩座が私たちに教えてくれたのは、成功の物語だけが人の心を動かすわけではない、ということです。彼が観る者の胸を打ったのは、こだわりが生んだ過ちの裏に、揺るがぬ想いと誠実な生き方があったからでした。 そしてそれは、ビジネスの世界にも通じます。物語には、人を動かす力がある。それは成功を飾る力だけでなく、失敗に意味を与え、共感を呼ぶ力でもあります。 重要なのは、「こだわり」「原体験」「利他的な想い」を込めて語ること。そこに人は、ただの出来事ではなく生き方を感じ取ります。 猗窩座のように、失敗を越えてなお貫かれる真っ直ぐな想いが、人の心を動かしていくのです。 猗窩座の姿は、私たちに問いかけます。「あなたの信念は何ですか?」と。その問いに向き合うことから、共感されるブランドの物語は始まります。 木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント 株式会社ユアウィル 代表取締役 【関連記事】 ■なぜ「界隈」が小さなビジネスを強くするのか(木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント) https://sharescafe.net/62664199-20250925.html ■三菱電機の黒字リストラで考える、早期退職の誘いを受けたらどうするべきか(李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/62657169-20250922.html ■実は多い会社の社会保険料滞納。社員の年金や健康保険はどうなる?(李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/62657145-20250922.html ■変動金利は危険なのか?(中嶋よしふみ FP) https://sharescafe.net/60041384-20221223.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント 株式会社ユアウィル 代表取締役 ![]() 木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント・株式会社ユアウィル 代表取締役 中小企業や個人事業主を中心に200社以上を支援。外資系企業で13年間マーケティングに従事。ベンチャー支援団体ではリードパートナー兼PR・マーケティング担当を経験し、「人の志の実現を支援したい」という想いから株式会社ユアウィル(Your Will=あなたの志)を設立。 支援した人事コンサルタントや中小企業診断士などの専門家が次々と雑誌に掲載されるなど、多くの成果を挙げる。 自身も専門家として30冊以上の法人向けビジネス誌や日本経済新聞に寄稿するなど専門分野での発信を行う。商工会議所や大学校などの教育機関では講演活動にも取り組み、実践的なノウハウを提供。近著に『コンサルタント・講師のためのPR戦略』(同友館) 公式サイト https://practical-marketingpr.com/ 著書 『コンサルタント・講師のためのPR戦略』https://www.amazon.co.jp/dp/4496057603 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


