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特定の場所でたばこを吸いたくなる、寝る前についスマホを見てしまう――。こうした何かに依存してしまうような行動の原因は、その人の意志ではなく「環境の初期設定」にあると組織心理学者ベンジャミン・ハーディ氏は指摘します。科学的な研究から明らかになった、環境を変えることで行動が劇的に変わるメカニズムとは。最適な行動を自動的に選択し、能力を上げる環境の作り方を科学的に解き明かした『全力化(ベンジャミン・ハーディ・サンマーク出版)』から再構成してお届けします。

全力化
ベンジャミン・ハーディ
サンマーク出版
2025-11-06



■環境に自分を「設定」し直してもらう
自宅の台所で、ナイフやフォークをいつもの引き出しから別の引き出しに入れ替えたら、今までしまっていた引き出しについ手を伸ばしてしまう癖が直るまでに、一体どのくらいかかるだろう?

行動をすぐに変えられる簡単な方法として、何かの選択肢の「初期設定」を変えるというやり方がある。

人は多くの場合、最初に与えられた選択肢を選ぶものだ。ゆえに多くの環境において、無意識の行動をトリガーする初期設定のほとんどは、最適な選択肢とは言い難い。

そうして人は知らず知らずのうちに、平凡なレベルでしか能力を発揮していない場合が多い。

これは単に、環境がそのような設定になっているからだ。

■突然、両面印刷設定にして出た文句は「0」
米ラトガース大学では、学内のパソコンルームであまりにも紙が無駄遣いされすぎていたため、プリンターの初期設定を「両面印刷」にした。

この小さな行為のおかげで、前期だけで739万1065枚の紙が節約できた。1年で換算すると、だいたい1280本の木を守れたことになる。

片面だけに印刷したい学生は手動で設定しなければならなくなったが、大抵の人は印刷の仕方をとくに気にはしていなかった。

初期設定を変えたことで、ずっと簡単に紙を節約できるようになった。

あなたの行動の初期設定はどうなっているだろうか?

最近では、注意散漫になる行動が、ほとんどの人の初期設定になっている。

1日の終わりに、ポテトチップスを手にしてテレビをつける。もしテレビとポテトチップスがなかったら、あなたなら何をしただろうか?

妻と私は、生活から「コマーシャル」をなくした(平均的なアメリカ人は、人生のうち4年間をコマーシャルを見て過ごす)。民放テレビ局を観るのをやめ、ストリーミング端末を使ってテレビを観るようにしたのだ。

初期設定になっている行動で難しいのは、その行動がしっかりと体に染みついており、外の環境によって引き起こされているという点だ。

逆にいえば、環境が行動を刺激しているため、壊す必要があるのは行動ではなく環境のほうだ。

■「いい檻」に入ったら「いいネズミ」になる
1970年代、カナダ人心理学者のブルース・K・アレクサンダー博士は、依存症への理解を深めようとネズミを使って研究していた。

小さな檻にネズミを1匹入れて、いくつかの実験を行った。

檻の中には、水が入ったボトルを2本入れる。1本は通常の水、もう1本はヘロインまたはコカインを加えた水だ。

ほぼ100%、ネズミは麻薬が入った水に夢中になり、死ぬまでその水を飲み続けた。

アレクサンダー博士は、なぜこんなことが起こるのか考えた。

そして1978年、博士はさらに実験を行う。このときの実験はその後、薬物依存症患者の理解に大革命をもたらすことになる。

サイモン・フレーザー大学から資金を受けた博士は、通常の研究で使われるネズミ用の檻よりも広さ200倍の床面積を誇る、イエネズミの巨大コロニーを同僚とともに作り上げた。

この「ネズミパーク」の実験は、当時の大発見へとつながった。環境と依存症は、根本的に関連があるとするものだ。

ネズミパーク内には、ネズミが楽しめる様々なものが豊富に用意してあった。山ほどのチーズ、楽しいおもちゃ、走り回れるオープンスペース、探索が楽しめるチューブ。そして何よりも大事なのが、「一緒に過ごせるネズミがたくさんいた」という点だ。

ネズミパークにはまた、前の実験で使われたものと同じ、水が入ったボトルが2本用意されていた。1本は通常の水、もう1本は麻薬が入った水だ。

興味深いことに、このネズミパークでは、ネズミは麻薬の水をほとんど飲まず、代わりに通常の水を好んだ。

他の個体と交流のない小さな檻に入れられたネズミのように、衝動的に麻薬の水を飲んだり、オーバードーズ(過剰摂取)になったりする個体は一切いなかったのだ。

■ベトナム戦争から「帰国」したら依存症が治った
このネズミの調査は、人間に起こった〝ある出来事〟に似ている。

ベトナム戦争のときに、米軍部隊の間で薬物依存症が蔓延した。

米兵270万人のうち、20%近くが海外にいる間にヘロイン中毒になった。

この状況に対し、当時のリチャード・ニクソン大統領は、邪悪な麻薬と戦うための専門組織「薬物乱用防止対策局」を新しく設立すると発表した。

防止とリハビリテーションに向けたプログラムを整え終わると、ニクソン大統領は、麻薬依存症の軍人が赴任先から帰国したら調査を行うよう指示した。

この仕事の責任を負った人物は、リー・ロビンス博士という高名な精神医学の研究者だった。命ぜられた仕事を遂行できるよう、ロビンス博士には下士官兵と面会できる幅広い権限が与えられた。

ロビンス博士はまず、ベトナムで兵士全員にテストを行った。薬物に依存していると自己申請した兵士は案の定、全体の20%近くに上った。

依存症になっている兵士は、ヘロインが体から抜けるまでベトナムに残るよう指示された。

その後、兵士たちがアメリカに帰国して普段の生活に戻ると、その生活ぶりが観察された。

しかし意外なことに、依存症患者だった兵士のうち、帰国後に薬物依存がぶり返してしまったのは、わずか5%だった。

この結果は、科学的に説明できなかった。当時の研究によると、こうした兵士たちの脳はヘロインに依存するようにできてしまい、衝動的にその状態へと逆戻りする以外あり得なかった。

この結果に皆が憤慨し、調査の正当性に疑問を投げかけた。

薬物乱用防止対策局の運営をニクソン大統領から任されていたジェローム・ジャフィは、ロビンス博士についてこう述べた。

「彼女が何かしら嘘をついているか、何か間違えたか、もしくは政治的な力がかかっているかだと誰もが思った。博士は何か月も、もしかしたら何年も、自分の調査の正当性を主張し続けた」

ベトナムで依存症になっていたからといって、アメリカでも依存症になるとは限らないのだ。

■「喫煙所」を見るだけで吸いたくなる
当時、兵士たちの行動は誰にも理解できなかったが、ロビンス博士がこのときに発見したことは約50年経った今、広く受け入れられている。

人はほとんどの場合、環境から出された合図を無意識に受け取って行動している。たとえそれが、関わりたくないと思うほど嫌悪している行動であっても、だ。

たとえば、デューク大学の心理学者デイヴィッド・ニール博士は、こう話す。

「喫煙者にとって、自分の職場が入っている建物の入り口(自分がいつもたばこを吸っている場所)の景色は、『その行為をせよ』と心に訴えかける強力な合図になる」

合図を受け取るサイクルを繰り返せば繰り返すほど、合図は浸み込んでいき、なかなか抵抗できないものになる。

しかし、喫煙者の駐車場所と建物へ入る場所の初期設定を変えることで、喫煙者が受けるこのトリガーを取り去ることができる可能性はある。

ウェンディ・ウッド博士は、環境にあるトリガーがなぜそこまで強力なのかについて、重要な理由を説明している。

「私たちは、環境から影響を受けているとは感じないものだ。しかし実際のところ、環境としっかり一体になっている」

ニール博士とウッド博士によると、依存症などの好ましくない行動を変える一番良い方法は、「自分の環境をぶち壊すこと」だそうだ。

たとえば、真夜中に衝動的に何かを食べたくなったら、利き手ではないほうの手で食べる。

たとえそれがどんな小さなことであれ、変化を作るのだ。

■場所が変わると「体の反応」も変わる
そうすることで、一連の行動を変えることができるうえに、自分の行動の原動力となっている、すでに学習してしまった体の反応をも変えることができる。

これにより意識を再びその瞬間に引き戻すことができ、今まさに下そうとしている決断について、自分が本当に望んでいることなのだろうか、と考える時間を脳の前頭葉に与えることができるのだ。

ウッド博士はこう説明する。

「これは、〝本当に自分はこれがしたいのか?〟と考えられる、ほんの一瞬のチャンスだ」

以上を踏まえると、ベトナム帰還兵が依存症に戻ってしまった割合がなぜあれほど低かったのかを説明する一番有力な説は、ベトナムで身体的な依存症の治療を受けたあと帰国した場所が、ヘロイン依存になっていた場所とはまったく異なる環境だったから、というものだ。

依存症もまた、環境の影響を受ける。

特定の状況においては依存症が初期設定になっていても、別の状況においては、依存症が選択肢にさえもならないのだ。

たとえば喫煙者は、何かのアクティビティに夢中になっていたり、何らかの状況にいたりするときは、たばこを吸わずに何時間も過ごせるものだ。

喫煙者のほとんどは、飛行機に乗っているときはたばこを吸いたいとは思わないと認めている。その状況では、喫煙は単に選択肢に上らないのだ。

その結果、吸いたいという思いは続かず、気持ちは別のことに集中する。


ベンジャミン・ハーディ(Benjamin Hardy) 組織心理学者、著作家、起業家

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■プロフィール
【著者】
ベンジャミン・ハーディ(Benjamin Hardy)
組織心理学者、著作家、起業家。
起業家が自社を10倍速で成長させるよう支援する研修企業Scaling.comの共同創設者。
クレムソン大学大学院博士課程修了。ブログ・サービス「Medium.com」で多くのフォロワーを持ち、そのネット上のプレゼンスと影響力は、『フォーブス』『サイコロジー・トゥデイ』『フォーチュン』などで取り上げられた。心理学専門誌の電子版「サイコロジー・トゥデイ」などに寄稿中。現在、アメリカのフロリダ州で妻のローレンと7人の子どもたちとともに暮らしている。

【訳者】
松丸さとみ(まつまる・さとみ)
翻訳者・ライター。
学生や日系企業駐在員としてイギリスで6年強を過ごす。
主な訳書に『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』『感情戦略』『FRIENDSHIP 友情のためにすることは体にも心にもいい』(いずれも日経BP)、『いつでも調子がいいカラダになる! ホルモンをととのえる本』(CEメディアハウス)、『THE FOREVER DOG 愛犬が元気に長生きするための最新科学』(U-CAN)、『「人生が充実する」時間のつかい方』(翔泳社)、『脳の外で考える 最新科学でわかった思考力を研ぎ澄ます技法』(ダイヤモンド社)などがある。

■SUNMARK WEB
https://sunmarkweb.com/

全力化
ベンジャミン・ハーディ
サンマーク出版
2025-11-06

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