![]() AIが当たり前になった現代に人が自ら考える意味を問い直す、そこで必須の思考ツールが哲学です。『哲学者34人に、人生の悩みを相談してみた。』(小川仁志=監修 大城信哉=著 三笠書房)から再編集してお届けします。 ■どうして映画を観たり漫画を読んだりすることに夢中になるの? アリストテレス *「虚構」は、「現実」よりも現実についてよく教えてくれる 私たちは多くの虚構(フィクション)に囲まれています。 映画、小説、漫画、テレビドラマ、どれも本当のことではないとわかっているのに、なぜこれらに夢中になるのでしょうか。私たちは、一方で真実を求め、他方で虚構を求める。考えてみると少し不思議な気もします。虚構について最初に本格的に考えた哲学者は、プラトンでした。彼は虚構がおもしろさを求めて、不道徳な内容になりがちであると批判しています。 ギリシアの神話では、神々が人間のように争ったりだましたりとずいぶんひどいことをしますが、このように物語で神々や英雄たちを悪く描くと、彼らへの敬意を失わせてしまうと言うのです。現代でも「漫画やテレビドラマは教育上よくない」という批判は聞かれますが、プラトンのこの批判はその元祖と言えるかもしれません。しかしプラトンの弟子アリストテレスは、師とは異なり、虚構に積極的な価値を見出していました。 それは、いろいろな出来事が混ざり合って複雑に成り立っている現実を、虚構のほうがかえって明確にわからせてくれるからです。現実とは、とても複雑でなにが起こるか予想できず、ちょっとした偶然で人生が変わってしまう奇妙なものです。 たとえば、職場で偶然、小学校時代に隣の席だった人と再会して結婚するなんてこともあり得ます。しかし、そんな偶然を捨て去った虚構のドラマのほうが、私たちにはむしろ現実的に感じられます。これは、猫という生き物を知りたいときに、家で飼っているタマを見るより、百科事典で「猫」と引くほうがかえって全体像が理解しやすいことに似ています。虚構は現実の雑多さを捨てて、伝えたい物事だけに話を純化させているので、現実よりも現実についてよく教えてくれるのです。 これは「学問的な理想化」と言ってよいでしょう。 ■現実に納得できない思いを汲んだ「理想的な世界」 現実についてよく教えてくれるということは、同時に現実の彼方に隠れているはずの理想を教えてくれるということでもあります。私たちは社会のルールを守って生活しています。そこでは暗黙に、善人が幸せになって、悪人は不幸になると信じています。 しかし現実の世界では、残念ながら善人が不幸になることもあります。現実はこうであってはいけないと誰でも思います。それゆえ私たちは虚構を求めるのです。これは先の学問的な理想化に対して、「道徳的な理想化」だとも言えます。虚構は現実に納得できない人びとの思いをく汲んで、この世界を理想化して描きます。でも、その理想とは、日々目の当たりにする表面的な現実とはちがった本当のあるべき世界だと、私たちは信じて求めているのです。 このように考えると、現実よりも虚構を愛する人が出てくることは、むしろ自然なことに思えてきます。そもそも芸術とは虚構であると言えるかもしれません。きれいな絵や彫刻は空間を美しくつくり変え、きれいな音は退屈な時間を豊かなものにしてくれます。それと同じように虚構は、私たちの生きる現実世界をわかりやすく表現し、理想的な姿を教え、美しく豊かなものにしてくれるのです。 ■「カタルシスを感じる」とはどういうことか? 映画を観たり漫画を読んだりして、すっきりした気持ちになることを「カタルシスを感じる」と言います。カタルシスという言葉を、このような文脈で最初に使ったのはアリストテレスでした。もっとも彼が厳密にどういう意図でカタルシスという言葉を使ったのかは、現在でも学説が分かれていますが、だいたいの意味は明らかです。 ひと言で言うと、虚構に触れることで心が清められるという意味です。ピュタゴラスは数学的な真理を知ることで人間の精神が清められると考えましたが、虚構に触れるのもそれに似ています。いずれも目に見える雑多な現実を純化して美しいものを見出すことで、私たちに生きる意味を与えてくれています。虚構は学問と同じで、私たちの生き方をよくするためのものなのです。 ■アリストテレス(紀元前384年〜前322年) 古代ギリシアの植民地スタゲイラの出身。アテナイに出てプラトンの学園に入り、頭角を現すが、のちに自身の学園を開く。マケドニア王の要請で若きアレクサンドロス大王の教育係も務めた。自然観察に励む一方、論理学の体系化も果たす。その多面的な功績から「万学の祖」と称される。 プラトンのような対話篇も書いたらしいが、残っているのは講義ノートのような著作のみ。論文風の哲学書は彼からはじまるとも言える。ソクラテス、プラトンと並んで、後世への影響は絶大。中世には「哲学者」と言えばアリストテレスを指したほど。現在も倫理学の分野などで盛んに見直しがなされている。主な著作に、『自然学』『形而上学』『ニコマコス倫理学』『詩学』などがある。 監修・小川仁志 執筆・大城信哉 【関連記事】 ■「空気を読まない」生き方の極意 権力者も羨んだホームレス哲学者の自由。 (小川仁志・大城信哉) https://sharescafe.net/62827858-20251203.html ■「数学嫌い」な文系こそ知ってほしい 数字の向こうにある人間らしさ (小川仁志・大城信哉) https://sharescafe.net/62827843-20251203.html ■SNSで承認欲求に疲れたらFIREすれば良い? 紀元前の哲学にもあった静かな生活のすゝめ (小川仁志・大城信哉) https://sharescafe.net/62827833-20251203.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 小川仁志 大城信哉 監修・小川仁志(おがわ・ひとし) 1970年、京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社マン(伊藤忠商事)、フリーター、公務員(名古屋市役所)を経た異色の経歴。徳山工業高等専門学校准教授、米プリンストン大学客員研究員等を経て現職。大学で課題解決のための新しい教育に取り組む傍ら、全国各地で「哲学カフェ」を開催するなど、市民のための哲学を実践している。また、テレビをはじめ各種メディアにて哲学の普及にも努めている。NHK・Eテレ『世界の哲学者に人生相談』、『ロッチと子羊』では指南役を務めた。ビジネス向けの哲学研修も多く手がけている。専門は公共哲学、哲学プラクティス。 著書に、ベストセラーとなった『7日間で突然頭がよくなる本』(PHP研究所)、『前向きに、あきらめる。』(集英社クリエイティブ)、『読むだけで頭がよくなる思考実験42』(三笠書房《知的生きかた文庫》)など多数。これまでに100冊以上を出版している。 YouTube「小川仁志の哲学チャンネル」でも発信中。 執筆・大城信哉(おおしろ・しんや) 1959年生まれ。琉球大学非常勤講師。立教大学卒業、同大学院を経て学習院大学大学院人文科学研究科前期課程修了。専門は西洋宗教思想史。 著書に、『図解雑学 ポスト構造主義』(ナツメ社)、『あらすじと解説で「聖書」が一気にわかる本』(永岡書店)などがある。 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


