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生まれや環境、不運な出来事など、人生には自分の努力ではどうにもならない「運命」が存在します。理不尽な現実に直面したとき、私たちはどう心を保てばよいのでしょうか。 第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスは、絶大な権力を持ちながらも、戦乱や病に苦悩し続けました。彼が書き残した『自省録』には、変えられない運命を受け入れ、自分の内面にある「理性」に従って生きるための、究極のメンタルコントロール術(ストア派哲学)が記されています。

AIが当たり前になった現代に人が自ら考える意味を問い直す……そこで必須の思考ツールが哲学です。『哲学者34人に、人生の悩みを相談してみた。』(小川仁志=監修 大城信哉=著 三笠書房)から再編集してお届けします。



■人生に目的ってあるの? マルクス・アウレリウス

*人は皆、運命に逆らえないなかで考える
人は自分の運命を選べません。私はどうしてこの家に生まれたのか、なぜこの時代、この地域で生きることになったのか。なぜ男(女)なのか。置かれた時代や地域がちがっていたら、あるいはこの両親のもとに生まれていなければ、と一度も考えたことがない人はいないでしょう。

こうした運命にはなにか意味があるのでしょうか。それとも、意味などないのでしょうか。もし無意味だとしたら、あなたはむなしく感じますか? それとも「そういうものだ」と納得しますか? 「隠れて生きよ」と考えたエピクロスなら、このようなことをウジウジ考えるよりは、現実に生きているいまのひとときを楽しむほうが利口だと言うでしょう。それどころか、人生に意味など求めるほうが愚かなのだと言われてしまいそうです。

しかし、私たちが現実にこの世界のある場所で、ある時代に生きていることに、本当に意味はないのでしょうか? いや、もしかしたら、私たちの知らない意味があるのかもしれません。エピクロスが生きたのと同時代に、このように考えた哲学者たちがいました。ストア派と呼ばれる人びとです。同じ時代に同じ問題について考えたのに、答えは両極端です。

エピクロスたちは「隠れて生きよ」と言って公職に就くことを嫌い、徹底的に私的であることをすすめました。それに対し、ストア派の人たちは同じポリス崩壊後の時代を生きながら、宇宙全体を1つの国と見て、人は皆同胞なのだと考えました。そして助け合いながら、それぞれ与えられた運命のなかで最善を尽くすようすすめます。

ストア派の考えでは、与えられた位置で精いっぱい生きることがすべての人の義務となります。この立場から見たら、エピクロス派は自分の義務をかえりみない無責任な人たちとなるでしょう。

■生きる目的を世界の意味と一致させる
マルクス・アウレリウスは、ストア派のなかでも最後の世代に位置する哲学者の1人です。そして同時にローマ皇帝でもありました。

ときの最高権力者だったわけですが、その立場ゆえの苦労も多かったようです。彼の著書には、与えられた運命に耐え忍ぶ必要性が記されています。その運命のなかにこそ、人生の意味や目的を見出すことができると信じたからです。

自分の生きる目的を世界の意味と一致させれば、たとえいまが苦しくても、それは必要な苦しみなのだと納得できるだろう、とマルクス・アウレリウスは考えました。

心のなかで世界の意味と一致する部分とは、理性のことです。人生の目的とは理性に従って生きることであって、そのためには移り気な感情に左右されないようにしなくてはなりません。そうして自分の心から理性以外の不純物を追い出すことができれば、生きることにつきまとうさまざまな悩みや迷いもやがて消えてなくなるでしょう。私たち1人ひとりの生きる意味と目的を主題にした点ではエピクロスと似ていますが、その教えは正反対のものでした。あなたはどちらの考えが正しいと思いますか?

■ときの皇帝までも惹きつけた「ストイック」
目的のために感情を抑える自分に厳しい態度を指して「ストイック」と言いますが、これはストア派からきた言葉です。

プラトンやアリストテレスは名門の出ですが(エピクロスも庭園が買える裕福な市民でした)、初期のストア派には経済的に豊かでない人びとが多かったようです。こうした背景から生まれた思想が、のちに皇帝までも惹きつけることになりました。このことは、どのような立場の人でも運命に悩まされることを示しているのかもしれません。

もっとも初期のストア派は感情を捨て去ることで得られる心の平安を説きましたが、マルクス・アウレリウスは現実にある感情に耐えることを強調しているように見えます。ひょっとすると彼のように人びとがうらやむ特別な立場の人物のほうが、運命に翻弄されているという実感と困惑があったのかもしれません。平凡な人生がいいのか、大きな役割を背負うべきなのか、考えどころですね。

■マルクス・アウレリウス 121年〜180年
古代ローマ、帝政時代の人。ローマに生まれ、皇帝ハドリアヌスに気に入られて養子となり、1人おいてだが、やがて即位(第16代ローマ皇帝。161年義弟とともに即位、義弟の死で169年単独で皇帝となる)。史上初の最高権力者の哲学者。だが、その内面は憂愁に満ちたものだったことが著作からうかがわれる。

自身は望まなかったようだが皇帝として戦場におもむくことが多く、戦地で病死した。彼の哲学的立場はストア派(キティオンのゼノンが創始)と呼ばれ、エピクロス派と並んで現代人の生き方にも影響を与えている。著作『自省録』は広く読まれ、これになぐさめを見出した人は多い。また、ストア派の理性に従い運命に耐えて生きるという考えは、神の与えた使命に従って生きるというふうにかたちを変えて、キリスト教に受け継がれた。


監修・小川仁志 執筆・大城信哉


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■プロフィール 小川仁志 大城信哉
監修・小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年、京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社マン(伊藤忠商事)、フリーター、公務員(名古屋市役所)を経た異色の経歴。徳山工業高等専門学校准教授、米プリンストン大学客員研究員等を経て現職。大学で課題解決のための新しい教育に取り組む傍ら、全国各地で「哲学カフェ」を開催するなど、市民のための哲学を実践している。また、テレビをはじめ各種メディアにて哲学の普及にも努めている。NHK・Eテレ『世界の哲学者に人生相談』、『ロッチと子羊』では指南役を務めた。ビジネス向けの哲学研修も多く手がけている。専門は公共哲学、哲学プラクティス。
著書に、ベストセラーとなった『7日間で突然頭がよくなる本』(PHP研究所)、『前向きに、あきらめる。』(集英社クリエイティブ)、『読むだけで頭がよくなる思考実験42』(三笠書房《知的生きかた文庫》)など多数。これまでに100冊以上を出版している。
YouTube「小川仁志の哲学チャンネル」でも発信中。

執筆・大城信哉(おおしろ・しんや)
1959年生まれ。琉球大学非常勤講師。立教大学卒業、同大学院を経て学習院大学大学院人文科学研究科前期課程修了。専門は西洋宗教思想史。
著書に、『図解雑学 ポスト構造主義』(ナツメ社)、『あらすじと解説で「聖書」が一気にわかる本』(永岡書店)などがある。



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