![]() ■昔は「思考法」はいらなかった 二〇世紀までの日本のビジネスパーソンに求められていたのは、経営者や上司からの指示を的確に理解し、その指示通りに真面目に実行する力でした。工場のライン作業のように、与えられたタスクをミスなくこなすことが高く評価される時代だったのです。また、欧米の先端商品を模倣し、それを分解して改良する能力も重要視されていました。 そのため、学校教育も「上の指示に従い、順応する」ためのカリキュラムが中心です。 なぜ二〇世紀の日本で思考法はいらなかったのでしょうか。 思考法は物事の優先順位をつけるためにあると述べたことを思い出してください。社会の変化が少なく、向かう方向が決められているときは、前例に従えば、簡単に優先順位が定められます。当時の日本であれば、先進国である欧米の成功事例を正しく真似すれば間違いない。そう思われていた時代でした。 しかし現在はVUCAの時代といわれるようになりました。VUCAとは、「変動性(Volatility)」「不確実性(Uncertainty)」「複雑性(Complexity)」「曖昧性(Ambiguity)」を指し、現代社会の特徴を表した言葉です。 急激な変化や予測困難な状況、複雑な課題が同時に存在し、未来が明確に見えない時代を指します。VUCAの時代には、受動的な姿勢では通用しません。他者の答えをそのまま使うのではなく、自ら考え、柔軟に適応し、新しい答えを導き出す力が求められます。 ■思考法と「理論」や「手法(ノウハウ)」の違い 「思考法」と「理論」や「手法」には共通するところもありますが、同時に大きな違いもあります。 まず、「思考法」と「理論」についてです。 システム思考を例に考えてみましょう。システム思考は、ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した「一般システム理論」に由来しています。もともと「理論(Theory)」は、古代ギリシャ語の「Theoria」から来ており、「観察」や「見解」「深く考えること」を意味します。 物事を深く考え理解するための方法が「思考法」ですので、理論と思考法は共通点が多いことがわかるかと思います。 「理論」は、学問的に裏付けられた知識の集まりで、特定の現象を説明したり、整理したりするための枠組みです。「思考法」は、その範囲を超えて、私たちが物事をどう考え、理解し、それをどのように行動に結びつけるかを導く「考えるための道具」といえます。 料理でいえば、「手法」はレシピに例えられるでしょう。 レシピ通りに材料を揃えて、手順に従えば料理が完成します。一方の「思考法」は、料理の基本的な原理を理解し、材料の組み合わせや調理法を自分で工夫できる力です。レシピ通りの材料が揃わなかったとしても、「思考法」を持っていれば、代わりの材料や別の調理法を考え、美味しい料理を作ることができます。 思考法があれば、状況に応じて柔軟に考えて対応もできるのです。手持ちの食材から新しい手法(レシピ)を生み出すことも必要に応じてできるようになります。 このように思考法は、私たちが物事をどう考え、行動に結びつけるかを支える考え方の基盤であり、思考の軸なのです。 ■論理的思考は思考法ではない? 日本のビジネスパースンが、思考法としてまず思い浮かべるのは、おそらく「論理的思考(ロジカルシンキング)」ではないでしょうか。 実際にビジネスでも幅広く活用されているものです。しかし、ここで注意したいのは、日本で広まっている「論理的思考」が、欧米での「ロジカルシンキング」とは少し異なる側面を持っているという点です。(だから論理思考ではなく論理“的”思考と名付けたという説もあります。) 日本でよく知られている「論理的思考」は、厳密にいうと、ロジカルシンキングそのものではなく、「ロジカル・コミュニケーションの技術」に近いものです。簡単にいうと、情報を整理し、相手にわかりやすく伝えるための技術ですね。 この「論理的思考」の基になったのが、バーバラ・ミントの著書『The Minto Pyramid Principle』(邦題:『考える技術・書く技術 問題解決力を伸ばすピラミッド原則』ダイヤモンド社)です。日本のコンサルティング業界で広まったこの手法は、物事を細かく分解して要素ごとに分析し、相手にわかりやすく物事を伝えるためのノウハウに重きを置いています。 複雑な問題をいくつかの要素に分け(要素還元)、それぞれを解決することで全体の問題を解消していくアプローチです。 ですが、この要素還元手法には限界もあります。それは、あらかじめ「答えが存在する」問題には有効でも、複雑過ぎて答えが一つに定まらない問題には適していない点です。そういうときに無理に要素分解、要素還元を行うと、取り返しのつかないことも起こり得ます。 例えば、リーマンショックの背景にあったサブプライムローン問題がそうでした。 この金融危機の原因は、リスクを小分けにし、それを他者に販売することで、見かけ上、安全性を高めた金融商品が広まってしまったことです。その結果、全体のリスクが見えにくくなり、結果的に大きな破綻を招いてしまいました。 「リスクを細かく分けて管理する」ことは、論理的には正しいはずです。それにもかかわらず思わぬ結果を引き起こしたのが、この事例です。 このように物事を下手に分けてしまうと、全体の関係性が見えなくなって予期しない問題が生じることがあります。 複雑な問題では、いくつもの要素が絡み合い、互いに影響を与え合います。ビジネスの話ではありませんが、SF小説で話題となった「三体問題」のように、要素還元的なアプローチでは解決できないこともあります。 三つの天体がお互いに重力を及ぼし合うと、その動きは予測不能になってしまうというのがこの三体問題です。 地球は太陽の周りを円軌道で公転しています。太陽と地球の距離はほぼ一定で、その周期も三六五日で一定ですよね。だからこそ私たちは一年という期間を設定できて、その中の四季の移り変わりなどを予測することができます。 この公転軌道は太陽と地球という二つの天体の関係性だけで計算することができます。厳密にいえば、月や他の惑星の重力も影響しているのですが、太陽の重力に比べて非常に微弱なので無視しても問題ありません。 しかし、もしも太陽のような重力の星が、もう一つそばにあったらどうだったでしょうか? ニュートン物理学など既存の物理学は、あくまでも二つの物体の関係性(影響を及ぼすものと及ぼされるもの)で計算しますので、こうなると途端に予測が困難になります。 極端にいえば、明日地球がどこにあるのかわからなくなってしまうのです。 太陽の非常にそばにあって、灼熱地獄になるかもしれませんし、遙か遠い軌道に飛ばされて、絶対零度の世界になるかもしれません。おそらくこんな星で生きていくのは不可能に近いでしょう。他の自然現象ではこのことは、もっと顕著に現れます。 私たちは天体の動きはこの先何年先、何十年先でもかなり正確に予測することができます。しかしこれだけ科学が発達しても、数時間先の天候を正確に予測するのができないのは、天気というのが、大気(空気分子)や地面、海面の状態など、非常にたくさんの要素の動きが影響し合っているからです。 論理的思考の考え方なら、観測拠点を多くして細かく調べれば、正確な天気がわかるはずですが、実際にはいくら細かく分けても、いや、分ければ分けるほど天気の全体像がますます見えなくなります。 こういった個々の関係性と全体を見る思考法が、現在のような不確実な時代に求められているのです。 島青志 イノベーションデザイナー・ブルーロジック株式会社 代表取締役・経営コンサルタント 【関連記事】 ■AI時代の仕事ができる人とは、優先順位を付けられる人のことだ (島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62889676-20251227.html ■AIはひらめかない!人間にあってAIにはない創造力の本質とは(島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62457036-20250629.html ■アイデアをひらめきたいときは「何もしない」が一番な理由(島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62457024-20250629.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール 島青志 イノベーションデザイナー・ブルーロジック株式会社 代表取締役・経営コンサルタント】 ![]() 公式サイト https://bluelogic.jp シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |



