![]() ■アート思考の一五〇年の歴史 「アート思考なんて、ただの一時的なブームに過ぎない」と思っている人もいるかもしれません。 しかし、そのルーツを辿ると、一五〇年前の英国にまで遡ることができます。産業革命が始まったのはご存じの通り、イギリスです。この時期、大量生産が進む中で製品の規格化が求められ、「製品デザイン」の考え方が生まれました。それまで自分の感性で手作りしていた職人たちは、規格に従って流れ作業をこなす労働者に変わり、喜びを感じることの少ない仕事が増えていきました。 この頃のイギリスでは、低賃金・長時間労働や児童労働といった非人間的な労働環境が社会問題化していました。こうした状況の中で、資本主義の限界が議論され、マルクスの社会主義思想にも共感が集まるようにもなりました。 そのような時代の中で立ち上がったのが、イギリスのデザイナーであり、思想家でもあるウィリアム・モリスです。彼は産業革命時代前の職人技術や手工業の復活を提唱し、「モリス商会」を設立。その外観から「レッドハウス」と呼ばれた自宅兼工房を拠点にして、数々の美しい壁紙や内装品、ステンドグラスなどを生み出しました。彼のデザインは今なお多くの人々を魅了しています。 モリスの活動は「アーツ&クラフツ運動」として、ヨーロッパ全土からアメリカなど世界中に広がりました。 日本においても、モリスや「アーツ&クラフツ運動」の影響を受けた動きがいくつか見られます。代表的なのが、柳宗悦を中心に始まった「民藝運動」です。詩人・童話作家として知られる宮沢賢治も、労働と芸術の融合をめざして、岩手で「羅須地人協会」を設立しました。 モリスの言葉「Art is man’s expression of his joy in labor.(アートとは働くことに喜びを見出し、その喜びを表現すること)」は、アート思考の核となる考え方ですが、宮沢賢治も「芸術をもてあの灰色の労働を燃やせ」という言葉で、同様の考え方を表現しています。 一九三七年、コロンビア大学のキャサリン・パトリックが「The Journal of Psychology」に「Creative Thought in Artists(アーティストの創造的思考)」を発表しました。「アート思考」についての最初の学術論文です。 パトリックは、五十人のアーティストと、比較対象として一般人五十人を集めて実験を行い、アーティストが創造的なアイデアを生み出す、四つのプロセスについて検証しました。 1.Preparation(準備):創造的なプロジェクトのために研究や計画を行い、材料やアイデアを集める段階。 2.Incubation(孵化):潜在意識の中でアイデアが熟成される期間で、無意識にアイデアが形作られていきます。 3.Illumination(閃き):突然、アイデアが明確になる瞬間で、思いがけないタイミングで「なるほど!」とひらめくことがあります。 4.Verification(検証):ひらめいたアイデアをテストし、実用性や美的価値を評価しながら完成させていく過程。 これらのプロセスは、現在のデザイン思考やアート思考の基盤となる考え方になっています。 このようにアート思考は決して一時的な流行ではなく、長い歴史を持つ思考法です。大量生産や規格化された仕事の中で失われがちな働く喜びを再発見し、感性を活かして創造する力を大切にする。それがアート思考の本質であり、今も私たちにとって重要な価値を持ち続けています。 ■創造性は、美意識から生まれる 創造性には、論理的な思考だけでなく、「美意識」が深く関わっています。フランスの数学者アンリ・ポアンカレは、三体問題やポアンカレ予想といった難題に取り組む中で、新しい解法のアイデアは美意識から生まれると述べました。彼の考えは、一九〇八年に出版された『科学と方法』(日本語版:岩波新書)に詳しく記されています。 先述のパトリックの論文で挙げられた、創造性の四つのプロセスを最初に提唱したのもポアンカレです。彼は二番目の「孵化(Incubation)」の段階で、脳内の様々な情報が無意識下で美意識によって組み合わさって、創造性やひらめきが生まれると考えました。 私たちが問題解決やアイデアを考えるとき、大事な点が一つあります。それは「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」ということです。 よく「ゼロから一を生む」と言いますが、私たちも両親の存在があって、生まれてきたように、この宇宙にあるどんなものも、何もないところからは生まれません。従って、四つのプロセスのPreparation(準備)の段階で、多くの情報(知識)を脳内のデータベースにインプットしておく必要があります。 そしてIncubation(孵化)の段階で、解決するための知識や情報を脳内から探し出します。このあたりは、コンピュータの検索機能と同じです。 コンピュータの場合、様々な情報は紐付けられている分類番号に基づいてデータベースに格納されていますが、私たちの脳にはもちろん分類番号などはありません。その代わりをするのが、感情や感性というラベリングです。 私たちの脳内に蓄えられている情報は、それがインプットされたときの感情を伴っています。言うなれば、個々の情報に感情というラベルが貼られているのです。 例えば、腹が立ったときの出来事を思い出すと、今でも腹が立ちますし、心地よい体験を思い出せば、気分が良くなりますよね。腹が立ったときのことを思い出したとき、「そういえば、あんなこともあった」と、それまで忘れていた別の出来事も思い出して、さらに腹を立てる経験も、多くの人がしているのではないでしょうか。 このような脳の機能は、突然危険な出来事に遭遇したようなとき、過去に同じような怖い想いをした体験を脳内で探索して、危険回避の手段を瞬時に探し出すための、生存本能に基づいたものです。これは不快な想いや恐怖の感情ばかりでなく、嬉しいとか楽しいといったプラスの感情でも同じです。 あらゆる問題解決に必要な情報は、その情報を取り出したとき、もっとも「良い感情になる」「気分が良くなる」情報を組み合わせようとする。これが脳の無意識下で行われている問題解決のプロセスであり、これをポアンカレは「美意識」と表現したのです。「感性」や「センス」と言い換えることもできるでしょう。 脳内の一つ一つの情報は、ジグゾーパズルのピースのようなものと考えるとわかりやすいかもしれません。これらを適当に組み合わせても、美しいものはできません。適切なピースが正しく組み合わさり、最後のピースがはめ込まれた瞬間、美しい絵や写真が完成する。この最後のピースがはまる「カチッ」という音が「ひらめき」の音なのです。 島青志 イノベーションデザイナー・ブルーロジック株式会社 代表取締役・経営コンサルタント 【関連記事】 ■なぜ、マツダは「作りたい車」を作るのか?データやニーズより「アート」を重視するワケ (島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62891311-20251228.html ■なぜ、これだけ科学が発達しても数時間先の天候を正確に予測できないのか?論理的思考の落とし穴 (島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62891272-20251228.html ■AI時代の仕事ができる人とは、優先順位を付けられる人のことだ (島青志 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/62889676-20251227.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール 島青志 イノベーションデザイナー・ブルーロジック株式会社 代表取締役・経営コンサルタント】 ![]() 公式サイト https://bluelogic.jp シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |



