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毎年1月から2月にかけては、「健康経営優良法人」の認定シーズンを迎えます。

健康経営優良法人とは、従業員の健康づくりに会社として積極的に取り組む法人を認定する制度のことです。認定を受けることで、対外的な信頼性や企業イメージが高まり、採用・広報のPR材料になるというメリットがあります。
多くの企業が取得を目指し、「健康を経営課題として捉える」という考え方が、日本企業のあいだに着実に広がってきました。この流れ自体は、企業経営にとって非常に意義のある前向きな変化だと感じています。

一方で、認定を取得した経営者や人事担当者と話していると、次のような声を耳にすることもあります。

「で、業績にはどう影響するんだろう?」
「現場の疲れ方は、正直あまり変わっていない気がする」

制度は整い、対外的な評価も得られた。それでも、「働きやすくなった」「仕事が楽になった」という実感が、現場の隅々まで行き渡っていないと感じるケースは、決して少なくありません。
なぜでしょうか。

理学療法士として実際に職場の現場を見ていると、制度の良し悪しというよりも、私たちが前提としてきた「健康の捉え方」そのものが影響しているのではないか、と感じる場面が多くあります。

なぜ、健康経営優良法人の認定を取っても現場に健康が改善したという手応えを得にくいのでしょうか? その裏に潜む「健康診断では問題ないけれど不調」という状態=「プレゼンティーイズム」の正体と、認定の“その先”で何に手を打つべきかについて、考えてみたいと思います。

■制度(器)と身体(中身)のズレが生む「見えにくい生産性低下」
健康診断ではA判定。ストレスチェックでも、特に大きな問題は指摘されない。多くの場合、ここで「この人は健康だ」と判断されます。

ただ、本人の感覚はどうでしょうか。

病気ではないけれど、腰痛で長時間座っていられない。首や肩の違和感で、午後になると集中力が落ちてくる。こうした状態は、決して珍しいものではありません。

「異常はないが、万全ではない」。

このグレーゾーンは、現行の制度設計上、どうしても評価や介入が難しい領域です。ここに、健康経営が十分に機能していないように見えてしまう理由の一つがあるように思えます。

健康経営優良法人の認定制度は、企業にとって非常によく整理された有効な仕組みです。

定期健康診断やストレスチェック、就労環境の整備など、「最低限守るべきライン」を組織として担保する点では、大きな意味があります。

言い換えれば、この制度は健康を守るための土台となる「器」を整える役割を果たしています。

ただし、制度がカバーする範囲と、日々の身体の使われ方とのあいだにズレが生じることがあります。器が整ったからといって、中身まで自動的に最適化されるわけではありません。デスクワークで固まった股関節。慢性的な首や肩の痛み。浅くなった呼吸と、それに伴う疲れやすさ。

こうした身体の状態は、検査数値にはほとんど表れません。

制度上は「問題なし」と判断される一方で、本人としては「ベストな状態ではない」と感じている。この小さなズレが、少しずつ現場に影響を及ぼしていきます。

その代表的な形が、プレゼンティーイズム――出社はしているものの、不調によって生産性が低下している状態です。

昭和医科大学の研究グループが全国の就業者1万人を対象に行った調査では、約3人に1人が何らかの健康問題を抱えながら働き、仕事の質や量が低下している実態が示されています(※1)。

さらに注目すべきは、その内訳です。

最も大きな影響を与えていたのは腰痛で、生産性損失は1,000人あたり年間約6,500万円と試算されています。これは腰痛だけによる数字であり、首や肩の痛み、メンタルヘルス不調による損失は、さらに別途上乗せされます。

「病気ではないが、なんとなくつらい」。そんな状態で働き続けることが、企業にとって決して小さくない“制度では見えにくいコスト”になっていることが、データからも見えてきます。

■理学療法士の視点――プレゼンティーイズムは「動作」に表れる
では、「異常はないが調子が上がらない」状態は、身体のどこに表れているのでしょうか。理学療法士として多くの身体を見てきた中で、次第に腑に落ちてきたことがあります。不調は、動作や姿勢として、かなり正直に表に出ているということです。

長時間のデスクワークによる前傾姿勢。背中が丸まり、頭だけが前に突き出た状態。それに伴って呼吸は浅くなり、身体は無意識のうちに緊張し続けています。この状態では、痛みや違和感が完全に消えることはほとんどありません。

そして人は、たとえ軽度であっても、不快感があると、脳の注意資源をそこに割いてしまいます。集中して仕事をしているつもりでも、脳の一部は常に「身体の不調を処理すること」に使われている。これも、プレゼンティーイズムの一つの姿です。

アスリートが身体のケアを怠れば、パフォーマンスが落ちるのは当然です。同じように、ビジネスの現場で成果を出している人も、身体を使って働く「ビジネスアスリート」だと感じています。

これは個人の努力不足の話ではありません。制度で守られた環境の上で、どのような身体の使い方・習慣が積み重なっているかという、次のレイヤーの問題です。

■「健康管理」から『身体資本』という考え方へ
ここまで整理すると、健康経営が思ったほど成果に結びつかない背景が見えてきます。

多くの取り組みは、健康を「管理する」段階で大きな役割を果たしています。一方で、「万全ではない身体」が日々生むパフォーマンスロスまでは、制度の守備範囲外になりやすいのが現状です。

そこで、最近あらためて重要だと感じているのが、身体を、”パフォーマンスを生み出す資本”として捉える視点です。

福利厚生として一時的なケアを提供するのではなく、
「疲れにくい座り方」
「呼吸の使い方」
「日常動作の質」
といった身体リテラシーを、組織全体で共有していく。

特別な設備や大きなコストが必要な話ではありません。日常動作の質を少しずつ底上げしていくだけでも、プレゼンティーイズムという見えにくい損失は、確実に減らしていけます。

■認定企業こそ、その先へ
健康経営優良法人の認定は、企業としての重要な到達点であり、同時に確かなスタートラインです。

「最低限やるべきこと」をきちんと実践しているという、信頼の証でもあります。

その土台があるからこそ、次に踏み込める余地が生まれます。病気ではないが、万全でもない状態を、「仕方がないもの」として放置するのか。それとも、資本として磨いていくのか。

人的資本経営が注目される今、その実践はすでに評価を得ている企業ほど、「身体」という最も身近な資本から始めやすい段階にあるのかもしれません。

参考文献
※1 Yoshimoto, T., et al. (2025). Presenteeism caused by health conditions and its economic impact among Japanese workers in the post-COVID-19 era. Journal of Occupational Health, 67, e12399.


木城拓也 理学療法士・整体 ピラティス事業「株式会社理学ボディ」代表取締役社長


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【プロフィール 木城拓也 理学療法士・整体 ピラティス事業「株式会社理学ボディ」代表取締役社長】
kishiro
2011年に理学療法士国家試験に合格後、都内のスポーツ整形外科クリニックに勤務し、プロスポーツ選手や箱根駅伝選手などの施術を担当。そこで培った臨床経験と専門的な知識をもとに、2017年「青山筋膜整体 理学BODY」1号店を表参道に開業。翌年に株式会社理学ボディを設立し、代表取締役社長に就任する。
「最高の技術で世界中を健康に」という理念のもと、“通わせない整体”を目指した理学療法士による整体と、理学療法士監修のピラティススタジオ「ルルト」を展開し海外進出も果たす。現在では日本と東南アジアを中心に170店舗以上を運営している。

公式サイト:https://kabushikigaisya-rigakubody.co.jp/

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