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生成AIの普及で「答え」や「解決策」はいくらでも手に入る時代になりました。だからこそ今、職場の1on1やマネジメントで差がつくのは、正解を教える力ではなく、相手の思考を前に進める“問いの力”です。

実際、現場では「話はたくさんしたのに、結局何も決まらない」「愚痴や状況説明で終わってしまう」といった“進まない対話”が少なくありません。その原因は、会話に立ちこめる「曖昧化」の霧かもしれません。

1万人のマネジャーを指導したコーチングのプロであるマイケル・バンゲイ・スタニエ氏の著書『1万人のマネジャーを指導したコーチングのプロが教える 質問力で人を動かす』(吉村明子訳・ディスカヴァー・トゥエンティワン)から再編集して、対話の焦点を取り戻す「あなたにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何でしょうか?」という問いの効用についてお伝えします。

1万人のマネジャーを指導したコーチングのプロが教える 質問力で人を動かす
マイケル・バンゲイ・スタニエ
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2025-10-24


■フォーカスする質問は、いかに「曖昧化」の霧を振り払うか
「あなたにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何でしょうか?」

この質問があなたとコーチングする相手との間に頻繁に出現する進路妨害のパターンをいかに振り払うのかを見てみよう。あなたが課題に焦点をあてようとしても、このパターンが物事を霧がかかったように不明瞭にしてしまう。わがボックス・オブ・クレヨン社ではこれを「曖昧化」と呼んでいる。

最も一般的なパターンは課題の増殖、幽霊コーチング、抽象化と一般化、の3つである。

■(1)増殖する課題
「何が気になっていますか?」とあなたは尋ねる。

相手は、「ウェブサイトのプロジェクトの件です。取りかかってまだ3週間なのに、予定より1カ月も遅れています。それに、アルベルトがまた勝手なことをやって、情報統制を混乱させるんですよ。マーケティング部からは開始の日程について何も言ってこなくて。トロピカル・サンダー・プロジェクトの予算のことも気がかりです。あっ、それから今日車に乗ったら、エンジンが『トック、トック』って変な音をたてて……」と、大変な勢いでとどまるところを知らない。

「何が気になっていますか?」の一言が、相手の尽きることのない気がかりを次から次へと引き出した。

あなたにとっては、どの問題も気がかりではある。気がかりではあるが、満足してもいる。こんなにたくさん問題があるのだ。いろいろ助言もできる。助けてあげられる。さて、どこから始めよう。最初のプロジェクトの件かな、それとも一番よいアドバイスができそうな件かな。

いやいや、ここはあなたの新しい習慣が登場する場面だ。

助言をしたり解決策を教えたりせずに、フォーカスする質問、「あなたにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何でしょうか?」と尋ねるのだ。

*増殖する課題の症状
ポップコーンを作ったことはあるだろうか。最初は1つポン!もう1つポン!そしてもう1つポン!あとはポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン……。課題もこんなふうに増殖していく。

*増殖する課題への対応
手始めに多くの中から1つ課題を取り上げてすぐに取り組みたい衝動を抑え、こんなふうに尋ねてみよう。

「まず1つの課題に焦点を絞るとしたら、あなたにとってここで取り組むべき本当の課題はどれだと思いますか?」

■(2)幽霊コーチング
「何が気になっていますか?」と、あなたは相手への心からの関心をもって尋ねる。

「ジョンです」 「ジョン?」

「ジョンです。あいつは最悪です。シャイニー・オブジェクト症候群っていうんですかね、目新しいものにすぐ飛びついて落ち着きがないんです。チャラチャラしていて紙吹雪と仕事しているみたいな気になります」

「えっ、なんですって。ええ、続けてください」

あなたは続けるよう促す。

「それだけじゃありません。本当のことを言っているのか信用できないところがあって。嘘をついているというわけではないんです。事実と事実でないことの境が1つじゃないんですね」

「なんてことだ。あと、ほかには何がありますか?」

「この話、しましたか? あいつが……」

こんなふうに延々と続く。まるまる45分、ジョンの話で終わってしまうのだ。面白い会話ではある。あなたも相手も、自分たちがジョンより優れていることやジョンの欠点を確認して、気分よく会話を終わらせる。

あなたはよいコーチングができたような気がする。アクティブ・リスニングを実践しただけでなく、相手との結束も強まったからだ。

しかし、これはコーチングではない。マネジャーの仕事でもない。ただの噂話である。もっとはっきり言うと、愚痴と不平にすぎないのだ。

大事なことは、あなたがコーチできるのは目の前にいる人だけ、ということだ。第三者(通常は人だが、プロジェクトや状況の場合もある)について話すのは心をそそられるが、あなたは話をしている相手の課題を明らかにしなければならない。

先の例でいえば、ジョンについての会話ではなく、ジョンにどう対応するかという会話になって初めてコーチングの会話といえる。

そこでフォーカスする質問、「では、あなたにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何でしょうか?」と尋ねて、相手の課題に焦点を合わせよう。

*幽霊コーチングの症状
相手はほかの人について話し続ける(それは、たとえば上司への不満だったり、顧客とのやり取りだったり、チームの誰かについての心配だったりする)。

プロジェクトや会社の状況についての話の場合もある(たとえば、新しいプロセスについての苦情、プロジェクトの予定外の機能追加、ビジネスユニット再編の影響への懸念など)。

*幽霊コーチングへの対応
話をしている相手に焦点を合わせ直す。相手の主張を認めたうえで、フォーカスする質問をする。このような具合にだ。

「○○○○(人の名前、プロジェクト、または状況)について何が起こっているかは理解しました。では、あなたにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何でしょうか?」

■(3)抽象化と一般化
「何が気になっていますか?」とあなたは切り出す。

「お尋ねいただきありがとうございます。お読みになったかどうか知りませんが、最新のハーバード・ビジネス・レビューのブログに興味深い記事がありました。戦略と文化の相克に関するものなんですが、これはプロジェクトの一部で私たちが考えていたことだと思うんです。シニア・チームが検討しているのは……」

あなたは頷く。もうすぐ本題に入るだろうと期待しながら。

「一般的に言って、文化変容に伴う困難というのは、リーダーの経験と、ほかの者たちの経験との間に違いがあるということです。『マラソン効果』と呼ぶそうですが、リーダーたちはほかの者たちより先にフィニッシュラインを越えて『レースを終わらせ』ます。エドガー・シャインがそのことについて著作の中で興味深いことを言っているんです……」

あなたはがっかりする。いつまで待っても本題に入りそうにない。この種の会話が面白くないわけではない。実際、面白い場合も多々ある。学問的な討論や論文の要旨のような感じである。しかし、これが解決すべき課題にどうつながっていくのか、まったく見えないのである。

ここは、フォーカスする質問を繰り出すべきときである。

「なるほど。では、あなたにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何だと思いますか?」

*抽象化と一般化の症状
相手は大局的かつ高い次元で状況を語る。まるでその状況の当事者ではなく評論家のような口ぶりだ。「私たち」について語るばかりで、「私」を語ることはない。

*抽象化と一般化への対応
抽象化と一般化の方向に流されていると感じたら、相手に関わる課題へと会話を軌道修正する必要がある。幽霊コーチングの場合と同じく、相手に焦点を合わせ直すときである。こんなふうに問いかけてみてはどうだろう。

「全般的な課題はよくわかりました。では、あなたにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何でしょうか?」


マイケル・バンゲイ・スタニエ Michael Bungay Stanier


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【プロフィール マイケル・バンゲイ・スタニエ Michael Bungay Stanier】
独自メソッドで組織の活性化をサポートするカナダのコーチング会社「ボックス・オブ・クレヨン社」の創業者。同社はこれまでマイクロソフト、セールスフォースをはじめとする企業を含む50万人以上の人々にトレーニングを提供している。2006年に「カナディアン・コーチ・オブ・ザ・イヤー」を受賞、2019年にはコーチング部門のNo.1ソートリーダーに任命される。
邦訳書に 『アドバイスしてはいけない』(ディスカヴァー、2024)、『極上の仕事』(サンクチュアリ出版、2011)がある。
オーストラリア出身、イギリス、カナダ、アメリカ在住。オックスフォード大学哲学修士号取得。

訳:吉村明子
滋賀県出身。関西大学法学部、ミシガン大学ビジネススクール(MBA)卒業。外資系企業でコントローラー、財務部長などを務める。訳書に『アンマーケティング』『ダイレクト・ブランディング』(ダイレクト出版)。

1万人のマネジャーを指導したコーチングのプロが教える 質問力で人を動かす
マイケル・バンゲイ・スタニエ
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2025-10-24



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