unnamed
宇宙で手術はできるのか? 宇宙で新薬研究を行うのはなぜなのか? 実は、ISSは着々と“軌道上総合病院”へと姿を変えつつあります。宇宙での医療は、もはやSFではなく、次のビジネス領域として現実味を帯び始めていると、理学博士の佐々木亮氏は言います。最先端の「宇宙×考古学」「宇宙×医療」の現状を、イメージしやすいよう漫画、アニメで大人気の『ONE PIECE』(尾田栄一郎・集英社)になぞらえながら、著書『「稼げる仕組み」が1時間でわかる 宇宙ビジネス超入門』(佐々木亮・PHP研究所)から再編集してお届けします。



■「宇宙×考古学」天文学者は宇宙の考古学者?
麦わらの一味には、ロビンという考古学者がいます。ワンピースのストーリーでは、古代文字を読み解いてその世界の歴史を解明することが大きな役割を担っています。

海×考古学なわけですが、これは「歴史を紐解いていく」という目線で見ると、宇宙では「天文学」に該当します。

天文学では「望遠鏡はタイムマシン」とよく言われます。これは遠い銀河の光が地球へ届くまでに膨大な時間がかかるから。1万光年先を覗けば、1万年前の宇宙を見ていることになる、という概算からです。

まさに、宇宙の歴史を紐解いている天文学者が、私が目指していた宇宙の仕事です。

宇宙の考古学プロジェクトといえば、銀河系の“発掘現場”として注目を集めているESA(ヨーロッパ宇宙機関)の人工衛星ガイアです。ガイアは2013年12月に打ち上がって2025年1月まで活躍していた衛星です。

約20億個超の星の位置と動きを精密測定し、銀河を形づくった古い星流(スター・ストリーム)をあぶり出しました。これは、地層から土器を掘り出して文明の流れを復元するのに匹敵する大規模調査のようなものです。

私はこのガイアによって、研究中の星の詳細な結果が出てきて、論文の中の計算を大きく変えなければいけなくなりました。てんやわんやさせられた記憶があるので、すごいけど嫌な存在として記憶に残っています(でも、ガイアのおかげでより精度の高い論文になったので感謝はしています)。

*地球の歴史のヒントは、地球の外にある
月面探査も“現地発掘”の最前線です。まるで考古学者が土を掘って遺跡を発掘するかのように、月面でも地下に眠るお宝を探り上げる時代に入っていきます。

NASAのアルテミス計画は、アポロ時代に手が届かなかった南極を中心に岩石を採取し、月の起源と地球との相互作用を解明することを主要目的の一つに掲げています。

さらにJAXAの小型月着陸機SLIMは「10m級のピンポイント着陸」を世界で初めて達成しました。着陸点周辺の岩塊を搭載したカメラで観測し、狙った土地の地質の推定に成功したことで、局所的な天体衝突やマグマ活動の履歴を“年表化”する道が開かれたのも、興味深いポイントでした。

*宇宙ビジネスの戦場は月にある
今は、月面開発の中でどういう存在感を見せるかが“宇宙ビジネスのヒエラルキー”の立ち位置を左右する鍵になっているとも言えます。

天文学者でなくても、月ひいては地球の歴史を紐解くことに貢献できるのであり、その取り組みは考古学の分野にも通じるものがあると言えるのです。

また、人類が持つ宇宙の“目”である望遠鏡は、考えられないほどの進歩を遂げました。最も古い宇宙を見ようとしているのは、NASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡です。作るのが遅れに遅れたことで、別名“宇宙界のサグラダファミリア”とも呼ばれています。

この望遠鏡で、宇宙の最も古い歴史の一部を紐解こうとしているのです。宇宙の歴史を紐解く「宇宙の考古学」は、これからもどんどん新しい一面と可能性を明らかにしていくことでしょう。

■「宇宙×医療」高純度の薬材と自律ロボが命を救う
麦わらの一味で“船医”を務めるチョッパーは、仲間の軽い擦り傷から未知の病まで相手取る縁の下の力持ちです。宇宙でも、チョッパーさながらにクルーを支える医療革新が進んでいます。

宇宙に出れば物資はどれも貴重になります。必然的に限られた道具で“予防→診断→応急処置→記録と判断”までを自分たちで回すことを求められます。

*宇宙初の総合病院?
ISSでは、医師ではない宇宙飛行士が、地上の専門医に指示を受けながら心臓・肺・お腹などの超音波検査を正しく行えるようにする実験が行われました。

これは「微小重力下における最新型超音波診断:ADU(Advanced Diagnostic Ultrasound in Microgravity)」という実験で、深宇宙のようにすぐに病院へ戻れない状況でも、その場で診断の目を持てることを示した例です。医療行為が誰でも行える安心感は重要ですね。

また、2024年にはネブラスカ大学のチームが作った小型の外科ロボットがISSで手術を模した作業をこなしました。

人に実際の手術をしたわけではありませんが、無重量や通信の制約がある環境でも、切開や切離に相当するタスクを遠隔で安定して進められることを大学が公表しています。宇宙での“ロボ支援の処置”が現実味を帯びてきた出来事です。

*微小重力が高める薬の可能性
「宇宙を使って新しい薬のタネを見つける」というのもあります。

例えばアルツハイマー病。この病気の特徴の一つは、アミロイドβというタンパク質が脳内に蓄積し、アミロイド線維という塊を形成することです。

ISSでこの線維ができる様子を比べた論文では、微小重力では地上よりも集積のスピードが遅く、形も違ってくることが初めて示されました。

重力が無いと対流や沈降が起きにくく、現象そのものを“きれいに”観察できるため、薬の効き目を測る試験で余計なノイズを減らせる、という実務的な利点につながったといわれています。

薬の設計に欠かせないのが“狙うべき分子の立体構造”です。JAXAの「きぼう」ではタンパク質結晶生成を長年運用しており、微小重力では分子が整然と並んだ高品質の結晶が得られやすいことが多くの成果で示されています。

高分解能で立体構造が明らかになれば、薬がどこに、どの向きで結合するかを手がかりに、より当たりの良い分子設計(構造ベース創薬)に踏み出せます。

宇宙での創薬実験は、私にとってはまったく関係のない遠い話だと思っていましたが、自分の祖母がALSを疾患したことで、宇宙での創薬実験に対して一定の期待が出て、どの程度の可能性があるのかに興味を持つようになりました。

特に、アルツハイマー病とは共通のメカニズムもあるので、期待も強まっています。拙著『やっぱり宇宙はすごい』(SBクリエイティブ)では専門医へのヒアリングも行っているので、もし興味があればそちらも読んでみてください。

創薬に必要な情報整理のシーズを宇宙で育てるだけでなく、ロボット越しに遠隔手術を実現する――ISSは着々と“軌道上総合病院”へ姿を変えつつあります。月面基地や火星船内で乗員が倒れても、高純度の薬剤と自律ロボットが命をつなぎ、地球との知識ネットワークが治療をアップデートし続けています。

今後はISSが2030年以降に終了するタイミングあたりを目処に、民間が領域特化の宇宙ステーションを作っていく見込みです。医療専門の宇宙ステーションでは、さらにスピードアップした実験が進んでいく可能性があります。


佐々木亮 理学博士


【関連記事】
■無重力でサッカー・掃除はできる?「宇宙×○○」で無限に広がるビジネスの可能性 (佐々木亮 理学博士)
https://sharescafe.net/62964738-20260127.html
■未経験OK?「宇宙サラリーマン」という働き方――身近に広がる宇宙ビジネス (佐々木亮 理学博士)
https://sharescafe.net/62962385-20260126.html
■【3年冬で5割内定】就活の早期化が生んだ「内定者の長期フォロー」という新たな課題 (河本英之 人材コンサルタント)
https://sharescafe.net/62936434-20260116.html
■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/62674731-20250930.html
■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/61186482-20240125.html


■プロフィール 佐々木亮 理学博士
専門は、宇宙物理学・X線天文学。独立行政法人理化学研究所、アメリカ航空宇宙局(NASA)の研究員を経て、現在、サイエンスライター、株式会社ディー・エヌ・エー AI事業の事業責任者、中央大学非常勤講師など。Podcast「佐々木亮の宇宙ばなし」を2020年から毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回JAPAN PODCAST AWARDSで、Spotifyネクストクリエイター賞受賞、UJA科学広報賞2025大賞受賞。著書に『やっぱり宇宙はすごい』(SBクリエイティブ)やAI関連の書籍などがある。



この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。