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「これからはジョブ型だ」という掛け声のもと、多くの企業が人事制度の刷新に動いています。しかし、現場からは悲鳴が上がっているのをご存知でしょうか。

「制度が変わってから、職場の空気が冷え切った」
「優秀な若手から辞めていく」

そんな声が絶えません。その正体は、形だけを欧米流に似せた「なんちゃってジョブ型」です。

多くの経営者が、業績や人件費、さらには採用難や定着率の低さに頭を悩ませ、解決策を流行の制度に求めてしまいます。しかし、人事制度は本来、経営者が社員に送る「本音のメッセージ」であるべきです。経営者の想いと現場の体感に溝があるまま、建前で制度を作れば、組織は必ず歪みます。

本稿では、制度の波に飲まれて組織を壊さないために、経営者がいま直視すべき人事制度の本質について、具体的な事例を交えて紐解きます。

■あなたの会社も「なんちゃってジョブ型」? 現場に漂う違和感の正体
空前のジョブ型ブームの中、多くの現場で機能不全が起きています。ジョブ型を「単なる職務定義と査定の仕組み」と勘違いして導入すると、職場は一変します。

たとえば、隣の席の同僚が困っていても、「それは私の責任範囲、ミッションにはありません」と見て見ぬふりをする社員が現れます。また、これまで「縁の下の力持ち」としてチームを支えてきたベテラン社員が、数値化しにくい貢献を評価されずに意欲を失い、次々と職場を去っていく事態も珍しくありません。

ジョブ型人事制度は、もともとジョブディスクリプションの言葉から導かれる通り、誰がどんな仕事をするからいくら報酬を払われるかを明確にしたものです。それは、文化背景の価値観の異なる人材が集まる企業において、暗黙の了解では役割分担や報酬の納得性が生まれなかった社会背景があるからです。

日本企業、特に中小企業においてはそのようなコンフリクトは、基本的に起きません。報酬の納得性が薄いとすると、それはなぜそのような報酬制度になっているのか、なぜそのような評価になったのかの対話が薄いことによる理解不足が、これまで支援してきたケースにおけるほとんどの原因です。

人事制度は、単に従業員を縛るルールブックではありません。それは、企業の持続的な成長を支えるための投資戦略です。しかし、中身が伴わない「なんちゃってジョブ型」は、採用した社員がすぐ辞めてしまう「穴の空いたバケツ」のような組織を作り出してしまいます。

現場が求めているのは、小難しいカタカナ用語ではなく、「会社が誰に、いくら払いたいのか」という、経営者の血の通った本音の基準なのです。

■「欧米流」の真似では失敗する。ジョブ型導入に潜む「致命的な勘違い」
「ジョブ型=職務記述書(JD)を細かく作ること」だと思っていませんか? もしそうなら、その導入は失敗する可能性が高いでしょう。

ジョブ型人事の本質は、膨大な書類を作ることではありません。それは「誰に高い報酬を払うか」という、経営者の意思表示です。欧米の真似をして他社の制度を劣化コピーしても、自社の戦略と噛み合わなければ、それは単なる借り物の建前でしかありません。

成功している企業は、制度設計の前に以下の3つの検討の順序を間違えません。

・経営者自身による企業理念の明確化
・企業理念を実現するための経営戦略の策定
・これらを実現するための人事制度に求める要件の明確化と設計

この順序を飛ばしていきなりジョブ型という流行りの服を着ようとするから、サイズが合わずに組織が悲鳴を上げるのです。

■退職金を廃止してでも「専門人材」が欲しかった企業の覚悟
ここで、ある大手金融機関が断行した強烈な事例を見てみましょう。

その企業は、高度な専門スキルを持つDX人材を獲得するために、あえて「退職金制度の廃止」を含むジョブ型への移行を決めました。一見すると社員に厳しい改悪のように思えますが、実はこれこそが「戦略的な本音」の具現化です。

なぜ、退職金を廃止することが優秀な専門職にとってプラスになるのでしょうか。

・報酬の「今」への集中:優秀な層は、数十年後にもらえるか分からない退職金よりも、今の高いパフォーマンスに対する直接的な報酬(月給やインセンティブ)の確実さ

・市場価値への納得感:不確実な未来の安定ではなく、自分のスキルがいくらで評価されるのか、その明快さ

これらを重視するからです。

その企業は「特定の人材を確保しなければ生き残れない」という経営課題を解決するために、従来の慣習を捨てたのです。この「何かを捨ててでも、特定の行動に報いる」という経営陣の覚悟こそが、本物のジョブ型を支える背骨になります。

中小企業においても、自社にとって本当に必要な人材は誰なのかを経営陣が徹底的に議論し、その本気度を報酬に載せることが不可欠です。そして、これらは必ずしもジョブ型という手段をとらずとも、抜擢・昇格などでのチャンスの提供なども含めて様々な対応手段はあります。

■「ジョブ型で給料が下がる」という不安への回答と、これからの働き方
ジョブ型導入のニュースを聞くと、社員の間には「結局、会社が人件費を削りたいだけではないのか?」という不安や怒りが広がることがあります。確かに、一歩間違えれば単なるコストカットの道具になりかねません。

しかし、経営者の本音が「正当な貢献に報い、会社を強くすること」にあるならば、ジョブ型は社員にとっても強力な味方になります。

自社らしい人事制度を持つ企業では、何が評価され、どの成果に対してどのような報酬が得られるのかという「透明性と納得性」が確保されます。

これにより、社員は会社に依存するのではなく、自らの提供価値を磨き、自立的にキャリアを築けるようになります。

また、制度が整うことで組織には健全な「デトックス作用」が働きます。企業の価値観に合わない人は自然と去り、ビジョンに共感する人材が定着するようになります。

実際に、ベテランがポジションを独占していた企業が実力重視の制度に変えたところ、若手部長が誕生して売上が大幅にアップした例もあります。

これは一見すると離職という痛みですが、長期的には組織の実行力を高める、最強の組織改善なのです。

■まとめ
人事制度は、単に従業員の給料を決める計算式ではありません。それは、経営者が「私たちはこの道を進む。だから、この力を貸してほしい」と社員に呼びかける、経営戦略そのものです。

流行のジョブ型という言葉に踊らされ、建前だけのルールを作るのはもうやめましょう。大切なのは、以下の問いに経営者が本音で答えることです。

・なぜ変えるのか(Why):会社の未来のために、今のままではいけない理由は何か
・何を求めるのか(What):誰が、どのような行動をしたときに、心から報いたいと感じるか
・どう報いるのか(How):その納得感を、等級・評価・報酬の三位一体でどう担保するのか

適切な順序で設計された制度は、社員の不安を期待に変え、組織の質を劇的に向上させます。そして、その透明な仕組みこそが、社員が周囲に入社を勧める「リファラル採用」の土壌となり、優秀な人材を引き寄せる磁石となります。

人事制度の見直しは、経営者が自社のあり方を問い直す、最も創造的な仕事です。ブームに流されず、「自社らしい本音」を制度に宿すことで、企業の持続的な成長を実現しましょう。


村井庸介 株式会社番頭 代表取締役・人事制度コンサルタント


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■プロフィール 村井庸介 株式会社番頭 代表取締役・人事制度コンサルタント
murai
大学卒業後は株式会社野村総合研究所に入社し、通信業・製造業の経営コンサルティングに携わる。その後リクルート、グリー、日本IBMに転職。その中で、グリー株式会社にて人事制度設計に携わった。2015年に独立後は、社員30名のベンチャー企業から5,000名を超える大企業まで幅広く人事制度設計や導入伴走に携わる。顧客業種は製造業、サービス、IT企業が中心。経営理念・事業戦略から逆算した人事制度構築を得意とする。Xで情報を発信中。

X:https://x.com/shagaibanto @shagaibanto

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