![]() 臨床心理士・公認心理士の若山和樹氏は、こうした境界線には「迎合タイプ」や「支配タイプ」などさまざまなタイプがあると言い、なかでも特に望ましい境界線のことを「バウンダリー」と呼びます。それは、自分と他者の領域を区別しつつ、健全な人間関係を築くことができるようになる境界線です。 自他境界の問題はありとあらゆる対人関係に支障をきたします。この記事では、自他境界に問題のある人が仕事や職場で抱えやすいトラブルのパターンを、『振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界』(若山和樹、ディスカヴァー・トゥエンティワン)から再編集してお届けします。 ■バーンアウト まず、自他境界に関わる仕事の問題として挙げられるのは、バーンアウトです。 燃え尽き症候群ともいわれ、主に仕事上の対人関係のストレスによって生じる、心理的な消耗感や無力感を表す言葉です。バーンアウトが頂点に達すると、今まで普通に仕事をしていた人が突然「燃え尽きたように」意欲を失ってしまい、体調を崩してしまいます。 そこまででなくとも、バーンアウト予備軍として、周囲に気づかれずに慢性的な疲労感やおっくうさを抱えながらも働いている人は多くいます。 バーンアウトの研究者であるジョナサン・マレシックは、その著作『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか』(青土社)において、バーンアウトとは仕事に対する「期待」と「現実」のギャップに引きずり込まれることで生じると指摘しています。こうした仕事におけるギャップを引き起こす要因のひとつが、境界線の問題なのです。 境界線の問題がある人は、上司や同僚から頼まれた仕事を断ることも、同僚や部下に仕事を任せることもできずに過度の負担を抱えてしまったり、あるいは仕事のために他の生活のさまざまなものを犠牲にしたりします。 それにもかかわらず、思うような結果を得られないとき、「期待」と「現実」のギャップが生じて、バーンアウトしてしまうのです。「いや」を言えない迎合タイプや、自分のニーズを認めることができない回避タイプの境界線の持ち主は、「期待」と「現実」のギャップが生じやすく、バーンアウトしてしまうリスクが高いと考えられます。 バーンアウトを防ぐためにも、私たちはバウンダリーを設定していかなくてはなりません。ただし、バーンアウトを招きやすい境界線の問題が職場で生じてしまうのは、個人の境界線の特性だけでなく産業構造に関わる問題でもあります。 他にも、境界線を侵害してくる同僚や、あるいはカスタマー・ハラスメントという言葉にあるように、顧客であることを理由に境界線を侵害してくる人にも消耗させられてしまいます。こうしたことによっても、しばしばバーンアウトは起こってしまうのです。 ■パワハラ 他に自他境界に関わる仕事の問題として挙げられるのが、パワハラです。職場においては、仕事を効率的に行うために上下関係が必要です。そのため、特定の人に地位や権力が与えられることになります。 しかし、パワハラの研究者である津野香奈美は『パワハラ上司を科学する』(筑摩書房)のなかで、地位や権力はそれを保持すること自体にその人を横柄にしてしまう傾向があると指摘しています。つまり、仕事を円滑に進めるために与えられたはずの地位や権力は、仕事という境界線を越え、その人を横柄にしてしまうのです。 そのため、私たちは地位や権限が与えられたとしても、境界線を自覚し、限定的に力を用いる必要があります。しかし、そこで境界線があいまいになってしまうと「職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題」、つまりパワハラが起きてしまうのです。 『パワハラ上司を科学する』において指摘されている、パワハラを起こしやすい上司のリーダーシップ形態の特徴からも、そこに境界線の問題があることが見てとれます。 まずは専制型リーダーシップと呼ばれるものであり、これは自分のやり方や考え方を押し付け、すべて自分の思い通りにさせるような行動のことです。まさに典型的なパワハラ上司ですが、これは支配タイプ(相手の「いや」を受け入れられず、境界線の侵害をしてしまうタイプ)の境界線の持ち主であるといえます。 他にも、放任型リーダーシップと呼ばれるものもパワハラと関連すると考えられており、これは管理職のポストにはついているものの、リーダーシップを発揮していない状態のことを指します。 放任型リーダーシップの上司の元では、部下同士のいじめやパワハラが放置されてしまうため、しばしばかなりひどいいじめやパワハラが生じることになるのです。この放任型リーダーシップは、無反応タイプ(相手の「ほしい」を受け入れられず、それを与えられないタイプ)の境界線の持ち主である場合が多いと考えられます。 パワハラを行う人は、しばしば仕事で大きな成果を出すため、見て見ぬふりをされることがあります。しかし、それは他人の境界線を侵害することで力を奪ったり、自己保身のためだけに力を尽くしたりすることで得られた成果なのです。それは他者の犠牲の上に成り立っているのであり、実際パワハラ上司の元では部下たちの仕事満足度の低下やメンタルヘルス不調が起こり、中長期的には組織を機能不全にしてしまうのです。 ハラスメントは明確な人権侵害であり、パワハラを防ぐために被害者がバウンダリーを構築しよう、という考え方は本書では一切論じません。 パワハラの問題は、バウンダリーを持たない加害者が力の使用を誤ってしまうときに境界線の問題が起きてしまうこと、そしてその結果は破壊的であることを示すものであり、あくまで加害者の事柄として捉えることが大切です。 若山和樹 臨床心理士・公認心理師 【関連記事】 ■親の面倒を見る子ども、秘密のない家族…距離が近すぎる家族が抱える「自他境界」という心の問題 (臨床心理士 若山和樹) https://sharescafe.net/63042160-20260228.html ■なぜ、急に人間関係をリセットしたくなる?その心理的メカニズムとは (臨床心理士 若山和樹) https://sharescafe.net/63042144-20260228.html ■NISA非課税枠拡大の裏に潜む「教育費の時限爆弾」。親が知るべき「評価損のまま売る」を避けるための出口戦略 (藤村哲也 投資助言代理業) https://sharescafe.net/62975699-20260201.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 若山和樹 臨床心理士・公認心理師 日本福祉大学非常勤講師。国際基督教大学博士前期課程修了(アーツ・サイエンス研究科比較文化)、愛知学院大学大学院博士前期課程修了(心身科学研究科心理学)。 医療機関でカウンセリングや心理検査などを行うほか、大学・専門学校での講師も務める。2020年からはカウンセリングルーム9Bにも所属し、対面・オンラインでのカウンセリングを実施。主な専門は、トラウマ関連疾患や解離性障害、発達障害の心理療法など。著書に『子どものトラウマ治療』(分担執筆:診断と治療社)、『トラウマと解離の文脈』(共訳:金剛出版)などがある。 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


