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家族や恋人、職場などの人間関係で、「いや」と言えなかったり、相手に合わせすぎたりして疲れ果ててしまう。それは、自分と他者のこころと身体を隔てる境界線「自他境界」があいまいだからかもしれません。

臨床心理士・公認心理士の若山和樹氏は、なかでも特に望ましい境界線のことを「バウンダリー」と呼びます。それは、自分と他者の領域を区別しつつ、健全な人間関係を築くことができるようになる境界線です。

バウンダリーは、単に相手を拒絶するものではなく、自分の心身の安全を守り、限られたエネルギーを効率的に使うための重要なツールですが、目に見えないものもあり、具体的にイメージしづらいものでもあります。

この記事では、実際にどのようなものがバウンダリーで、何がバウンダリーではないかについて、『振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界』(若山和樹、ディスカヴァー・トゥエンティワン)から再編集してお届けします。

振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界
若山和樹
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2025-07-25


■何がバウンダリーになるのか
境界線が自分と他者をはっきり区別し、自分の力を効率よく使えるようにするのであれば、それはバウンダリーとなります。それがあいまいすぎたり、逆にかたくなすぎるときには、問題のある境界線となってしまいます。

私たちが「どこから始まり、どこで終わるのか」を示すものは、すべて境界線とすることができるのです。実際にバウンダリーを設定するにあたっては、これらを適切に扱ったり、調整したりすることが必要となります。

こうした境界線は大きく次の3つに分けて整理できます。

・物理的な境界線:皮膚、物理的な距離、時間など
・精神的な境界線:言葉、感情的な距離など
・外的な境界線:法律、文化、第三者の存在など

それぞれについて、詳しく見ていきましょう。

■物理的な境界線
物理的な境界線は、現実の世界にある身体や所有物、財産といった私たちの力の源を守るものですが、同時に実際に距離をとることによってこころの世界を守るものにもなります。この物理的な境界線としては皮膚、物理的な距離、時間などがあります。皮膚は、最初に登場する重要な境界線です。

皮膚によって守られる身体は私たちの力の源であり、万が一傷つくと、こころも一緒に力を失ってしまいます。身体的・性的な虐待などによって皮膚の下に侵入されることは、精神的に大きく傷つけられてしまいます。ありとあらゆる明確な同意のない性的な接触や言動は、境界線の侵害であるということを、決して忘れてはいけません。

また、物理的な距離も境界線です。私たちには他人との間に保ちたいパーソナルスペースがあり、そこに踏み込まれると不快感を覚えます。近すぎる距離が続くと心身の力が徐々に奪われてしまいます。ただし、適切な対人関係を育むためには、状況に応じて距離を縮めることも必要になる場合があることを覚えておいてください。

そして、時間も境界線となります。私たちは、長い時間を一緒に過ごすほど自分と他者の境界線はあいまいになる一方で、離れて過ごす時間が長いほど境界線は明確になりやすくなります。

また、時間を区切ることによって、どこに力を注ぐべきかが明確になります。誰か(自分自身を含む)のために確保した時間は、他の人が入り込めない特別な空間です。

境界線の問題を抱えた人は、しばしば他者のために確保された時間に入り込もうとします。たとえば、相手が仕事や用事で連絡を返せない状況なのに、執拗に電話やメールを繰り返すのは、典型的な境界線の侵害とされる行為です。

■精神的な境界線
精神的な境界線は、こころの世界を守るために必要なものとなります。こころの世界には、感情や身体感覚、思考、価値観などさまざまなものが存在していますが、それらは一言で人格と表すことができます。この人格を守る精神的な境界線として、言葉と感情的な距離について取り上げます。

目に見えないこころの領域では、言葉こそが境界線を引く手段です。その代表が「いや」という拒否の言葉です。この言葉は、自分は他者とは分離した存在であり、自分のスペースを管理できるのは自分自身だという宣言です。

また、言葉によって私たちは、どのような人間関係を築きたいのか、何を望んでいるのかを相手に伝えることができます。これは、自己主張(アサーション)と呼ばれます。自己主張を通じて境界線を示すと、相手は私たちのことを正しく理解し、私たちの輪郭をつかめるようになります。

物理的な距離や時間と同様に、問題のある相手に対しては感情的な距離を保つことができます。その代表が、境界線の侵害を受けたときに相手を許さないことです。許さないことで、悪いものが自分の内面に入り込むことや、これ以上力を奪われることを防ぐことができます。安易に相手を許してしまうと、境界線の侵害が再び起きやすくなり、自分の力が失われる状態が続いてしまいかねません。

バウンダリーの観点から見ると、許しは相手や環境に何らかの変化が生じ、もう脅かされる心配がなくなったあとで、自分の力を取り戻すための最後の仕上げとして行われるべきなのです。

■外的な境界線
この他にも、外的な境界線ともいうべき、個人の外にある境界線が存在しています。その例として、法律や文化、そして他者の存在を挙げることができます。

法律は定められたルールとして、明確な境界線を示します。近年では、パワハラやモラハラ、ストーカー行為、あるいは性的な境界線の侵害などに対し、法的手段がとられることが増えてきました。法律が及ぼす影響は非常に大きく、社会的に弱い立場の人が自分の力を守る上で重要な役割を果たします。一方で、法律には夫婦や家族として果たすべき責任や義務も明記されています。

文化もまた、私たちにとっては重要な外的な境界線といえます。私たちの他者との距離感やそこでの適切な振る舞いは、文化の影響を強く受けています。

そしてもうひとつ重要なのが、他の人々の存在です。たとえば、パワハラやモラハラが起きているような場面において、一対一ではなかなか境界線の侵害を止められませんが、第三者が介入することで被害を防ぐ可能性が高まります。また、他の人との関わりがあること自体が、私たちの自他境界を明確化します。

だからこそ、境界線を侵害しようとする支配タイプ(相手の「いや」を受け入れられず、境界線の侵害をしてしまうタイプ)の人は、あらゆる手を使ってターゲットを第三者から引き離そうとするのです。

バウンダリーは、こうした3種類の境界線を有効活用することによって、設定されることになります。

■何がバウンダリーではないのか
バウンダリーでは「ないもの」の特徴として挙げることができるのは、脅迫や他者への攻撃、そして自己中心性があります。

*脅迫や他者への攻撃
自己主張を行うことはバウンダリーを設定する上で大切ですが、それが脅迫や他者への攻撃となることは避けなくてはなりません。

さまざまな著作で、バウンダリーはセルフケアや自己防衛の行為であって、他者をコントロールしたり攻撃したりするものではないことが強調されています。

相手が本当に「差し出したい」と思ったものだけを私たちが受け取れるのであって、たとえどんな事情があったとしても、支配や操作によって「いや」と言えない状況をつくり、要求を呑ませることは誤った境界線の設定なのです。

もちろん、自分の「ほしい」を相手に伝えることはバウンダリーを設定する上で大切ですが、それが要求や脅迫にならないよう注意を払う必要があります。

例として、バウンダリーの設定ではない伝え方(×)と、それをバウンダリーの設定とするような言い換え(◎)について挙げます(ただし、実際のバウンダリーの設定はこうした主張以外の方法もあります。)。

・自分が決めた境界線を、相手にも守るよう押し付ける
×私が夜8時以降に連絡をとらないと決めたんだから、あなたも絶対にそれを守って。夜にメッセージを送るのは境界線の侵害よ。
◎私は夜8時以降には連絡をとらないことに決めているの。だから、それ以降にメッセージをもらっても翌日に確認することになるからね。

・自分が境界線を侵害されたと感じたことを、相手がしないように強制する
×僕はネガティブなことを言われると境界線を侵害されたと感じるんだ。だから僕に対してネガティブな意見は言わないように気をつけてね。
◎僕は否定的な意見を言われると落ち込みやすいんだ。だから、そういう話題になるときは、自分の気持ちを守るために一旦会話を中断するね。

・自分が本来負わなくてはならないものまで、相手が自分の境界線を侵害したからだと責任転嫁する
×私は傷つきやすいから、あなたは言葉に気をつけないといけないわ。私が不安になったとしたら、それはあなたが私の境界線を守らないからよ。
◎私はちょっと敏感で、強い言葉に不安を感じやすいの。そういう話し方になったときには、少し距離をとったり、休憩を挟んだりするね。

・境界線を設定することで、相手を不安にさせたり、相手の愛情や注意を引き出そうと操作する
×僕の境界線として、あなたが他の異性の友達と食事をするのを禁じるね。これを破ったら別れるから。
◎僕はあなたが他の異性の友人と二人きりで食事をすることに不安を感じるんだ。あなたを束縛したり、行動を制限したりするつもりはないけど、お互いが安心できるように、どうすればいいか話し合いたい。

切実な思いから、つい相手に強く求めてしまうことはあるかもしれませんが、そうならないように努めることがバウンダリーの設定のためには大切です。

■自己中心性
また、自己中心性もバウンダリーの特徴とはいえないものです。バウンダリーは自分の力を守りつつ、相手の力も最大化するために設定しなくてはなりません。相手から明確に境界線を侵害されているときは、自分のことだけを考えることがそのままバウンダリーになります。

しかし、たとえば長年の友人からのちょっとしたお願いに対しても「いや!」と断ってしまうことは、バウンダリーとはいえません。友人に関する心理学的研究で知られるマリサ・G・フランコは、著書『FRIENDSHIP』(日経BP)のなかで、私たちが特定の親しい他者を自分の境界線の内側に迎え入れ、共同的な境界線を築くことも可能であると述べています。

この共同的な境界線がバウンダリーとして機能するとき、相手のニーズの緊急度や関係性によっては、一時的に自分より相手を優先したり、自分が少しの犠牲を払うことさえあり得ます。しかし、それでもそうした行為はお互いを強めることになり、全体の力はむしろ増えていくのです。

こうした共同的な境界線の性質からもわかる通り、バウンダリーは自己中心性とは無縁であり、むしろ愛や配慮、信頼、尊重、思いやりを土台にしているのです。


若山和樹 臨床心理士・公認心理師


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■プロフィール 若山和樹 臨床心理士・公認心理師
日本福祉大学非常勤講師。国際基督教大学博士前期課程修了(アーツ・サイエンス研究科比較文化)、愛知学院大学大学院博士前期課程修了(心身科学研究科心理学)。
医療機関でカウンセリングや心理検査などを行うほか、大学・専門学校での講師も務める。2020年からはカウンセリングルーム9Bにも所属し、対面・オンラインでのカウンセリングを実施。主な専門は、トラウマ関連疾患や解離性障害、発達障害の心理療法など。著書に『子どものトラウマ治療』(分担執筆:診断と治療社)、『トラウマと解離の文脈』(共訳:金剛出版)などがある。

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